104.始まりの町へcome back
戻ってきました、はじまりの町に!
こちらは、本格的な冬になっていた。
雪がちらつき、地面は薄っすらと雪が積もっている。
長靴を履いてくれば良かった。
王都は、比較的暖かい方だったと気づいた。
空調完備搭載のコートじゃなかったら、自宅に引き籠っていたわ。
季節が進むにつれて王都の気温も下がるようなら、下僕達に防寒用品を容子に作らせて装備させなければならないな。
特に蛇達は、行動範囲が広くなった。
とはいえ、途中で寒さで動きが鈍くなったりしたら命とりだ。
善は急げということで、容子に電話してみたが出ない。
炊き出し忙しいのかな?
炊き出しするって張り切っていたし、メニュー考案や食材の買い出しで忙しいのかもしれない。
伝言メモに吹き込みして、メールでも一応用件を送っておく。
容子はずぼらだからメールチェックをしてくれるかるか心配だよ。
今回の目的である薬師ギルドに行くが、案の定、エントランスには誰も居なかった。
拡張空間ホームからスチャッと取り出したマイクのボリュームを最大にしながら、声を張り上げて来訪を告げた。
「すみませ~ん! 誰かいませんか~~」
「うるさいっ! 毎回毎回怒鳴るんじゃないよ」
バンッとドアが開いていきり立つ婆に、マイクを仕舞いながら手を振った。
「お久しぶりです」
「久しぶりだね。今日はどうしたんだい? セブールに行ったと聞いたが」
「いや~、巡り巡って王都まで行ってきました」
疲れた顔で大きな溜息を吐く私に、婆は何か察したのか応接室に通して茶を入れてくれた。
「セブールで何かあったのかい?」
「冒険者ギルドからCランクの昇級試験を受けるように言われて行ったんですが、そこのギルマスが最悪で……。不正の宝庫でしたよ。その報告に王都へ行く羽目になりました」
これまでの経緯を簡単に話したら、婆の顔が般若になった。
鬼婆降臨した!
「セブールの冒険者ギルドマスターは、ダリエラだったねぇ。レオンハルトに文句を言うか」
ドスの利いた声が、さらに凄みを増している。
一体何者なんだ、この婆さん。
「あー、そっちは私から報告済みです。というか、婆さんは冒険者ギルドマスターと親しいんですか?」
「今は辺鄙なところで仕事をしているが、昔は王宮薬師マーリンと名高かったのさね」
ふふん、と威張る婆さんは少し可愛かった。
面倒臭そうな顔で階段を降りて来る姿からは、そんなに偉い人に見えない。
「王宮薬師が、こんな辺境でギルドマスターしているなんて……左遷でもされたんですか?」
「誰が左遷じゃ! 老い先短い老後を有意義に過ごそうとした結果だよ」
くわっと目を見開き、全力で否定された。
恐らく図星だったんだろうなぁ。
このネタで弄ったら烈火のごとく怒りそうなので聞かなかったことにしよう。
「それで、今日はどうしてここに来たんだ?」
「前に基礎化粧品セットのレシピの特許を取らないか、って言ってたじゃないですか。それで来ました」
そう言うと、何か複雑な顔をされた。
解せぬ。
「それは嬉しいが、普通は王都の薬師ギルドで特許を取った方が実入りは良いと思うぞ」
「あそこのギルマスが、上から目線でレシピを寄越せって言ってきたんで断りました。そんな奴に渡すくらいなら、最初に約束したこのギルドで特許を取った方が千倍マシです」
実入りも大事だけど、ぶっちゃけ王都の薬師ギルドのギルマスが気に入らなかっただけである。
「あんたも言うねぇ。王都の薬師ギルドのギルドマスターは貴族の出だから、上から目線なのは仕方がないさ。ここでレシピの特許を取ってくれるなら、こちらとしても嬉しいが身辺には気を付けるんじゃぞ」
言葉にはしなかったが、報復をされるかもしれないと暗に示唆された。
「ご忠告ありがとう御座います。私に直接来てくれると叩きのめし甲斐があるんですがね。流石にSランク相手だと、私の周りを狙いますよね」
下僕達専用ブートキャンプを早々に組む必要がありそうだ。
これは、アンナと容子に要報告だな。
「どんな方法でそんな短期間でSランクになったんだい」
呆れを通り越した目で見るのは、止めてくれ。
心に刺さる。
「一人でゴブリンを大量虐殺したから? 後、高ランクのモンスターを狩りまくったりしていたからかなぁ。レベルとランクが合わないからって、ジョン・タイターって人と模擬戦して捥ぎ取りましたよ」
実際には、私と戦う前に容子達にに致命傷を負わされ、危うくあの世へ旅立ちそうになったジョンをサクラの治癒で助けた経緯がある。
(自称)パーティ最強の私を相手するのは分が悪いと思ったのか、戦わずSランクになったのだ。
これが、棚から牡丹餅ってやつだな!
「あんたが、出鱈目なのは分かったよ。それで、レシピの特許だが売上の五割があんたの取り分になるが良いかい?」
以外と取り分が多いのに驚いた。
それだと、基礎化粧品自体の値段が跳ね上がる。
「いえ、三割で良いです」
「太っ腹だね」
「その代わり、上級ポーションのスクロールがあるなら貰えませんか?」
元王宮薬師だったマーリンなら、上級ポーションのスクロールくらい持っているだろう。
「成程ね。そういう事かい」
「そういう事です。長い目をみたら悪い話じゃないと思うんですけど?」
利益は基礎化粧品セットで十分出ているし、競合が出てきても(良)や(極)を出せば良い。
化粧品セット・洗髪セットもあるしね。
マーリンは少し考えた後、その内容で是と了承した。
「スクロールを作るのに時間が掛る。ギルドランクも自動的にAランクになるぞ」
「この町でまだすることがあるので大丈夫ですよ。ランクに関しては問題なしです」
「本当は、こういう方法は避けたかったんだがねぇ。レシピの特許取得と特許料を考えると、おつりが来るくらいだ。スクロールを作るのに一週間はかかる。一週間後に、ここに来てくれ。その時に一緒にランクアップさせる」
「了解しました!」
ビシッと敬礼してみせると、ついでだからとポーション作りを強制させられました。
中級ポーションまで作れると知って、冒険者ギルドへ報告後どこから沸いたのか拉致されて延々とポーション作りをさせられた。
作業場に籠り、自宅でMPポーションを飲みながら上級ポーションを作成し続けた。
一週間後には、心身共にズタボロになっていたが、ポーション作りの傍らで作った毒薬や基礎化粧品などが沢山出来たので結果オーライである。
マーリンは鬼婆だと、再確認した出来事だった。
ランクアップの手数料やら特許申請の書類やらを揃えて、開放された私は宿を取って自宅に戻り爆睡したことである。
風呂に入るとか以前に、寝たかった!
日本でも蟻のように働いているが、始まりの町の薬師ギルドはブラック過ぎた。
「もう二度と寄りたくない……」
私の嘆きは、叶うことはなくマーリンとは何かと縁が出来るのだった。