99.経営は問題だらけ
正直に言おう。
調子に乗って店を構えるんじゃなかった!
丸投げするには時期尚早だ。
サイエスに行く時間がない。
目が回る忙しさとは、この事を云うのだろう。
柚木をコールセンターの所長に抜擢し、篁姉弟をSVに昇格させ、雇った部下に十名つけて通販部門を回している。
経営を舐め切ってました、ごめんなさい。
色々と手を出したせいか、時間との格闘で現状を漢字二文字で表すなら『忙殺』がぴったりだ。
容子は、自分の人員確保出来たからとソファーに寝ころびスマートフォンをピコピコしながらゲームをしている。
「株式会社Cremaもオープンしたし、早いとこ落ち着いて欲しい……」
「それな! つか、ゲームしている暇があるならコールセンターの手伝いでもしてこい」
と言うと、嫌そうな顔をされた。
「アンナのスパルタ社員教育に耐えた彼らなら、一年程あれば手が離れると思いたい。コールセンターの増員は先送りと」
書類に目を通しながら仕事をしていると、容子はスマートフォンから顔を上げて聞いてきた。
「そう言えば、工場はどうなってるのさ?」
店舗運営が忙しくて、工場の視察に行けてない現状が歯がゆい。
「作業は、半分ほど進んでいます。問題がいくつかありますね」
アンナがスケジュール帳を捲りながら答えてくれた。
「マジか!? あぁ…会社運営すんの面倒臭いわぁ」
ブツブツと愚痴を零すと、
「馬車馬のように働いて下さいね♡」
と、アンナが黒い笑顔を浮かべて『脱走するなよゴルゥァア』と念を押されてしまった。
容子じゃあるまいし、脱走なんてしないよ。
したら、仕事が山積みになっているもん。
残業代付かないのに、安い役職手当だけしか貰えないのだ。
如何に残業せず効率よく働く事しか考えてません。
「宥子、居残り組はどうする? 結構日数経ってるし、放置プレイするのもどうかと思うんだけど。私、宥子に言われたノルマ達成したし、向こうへ行って居残り組連れてレベル上げしてきても良い? つか、あのウザイ奴等の対応は考えているんだよね? 宥子との繋がり欲しがって、私や居残り組に纏わりつかれるのも勘弁だよ」
嫌なことを思い出した!
あのクレイジークレクレ集団かぁ……。
相手にしたくないでござる。
かと言って、居残り組を放置するのは勿体ない。
化粧品・基礎化粧品セットのストックはある。
アンナに管理を任せて、一度サイエスに戻り基礎化粧品レシピの特許を出したい。
非正規のルートで各種上級ポーションのスクロールが手に入らないか調べたい。
「一度ちゃんと対策を考えないとな。……容子が厄介事を持って来なければ、こんなに悩まなくて済んだのにね!?」
「まさか、王都で再会するとは思わないじゃん。後ろ盾があれば、クレイジークレクレ集団を牽制出来るんだろうけど。宥子……頑張れ!」
と無責任なエールを送られ、条件反射でハリセンで容子の後頭部をしばいておいた。
頭を抱えて転がりまわっている。ざまあ!
「取り敢えず、容子はサイエスに行って居残り組を連れてレベリングしてきて。ただし、絶対に変なトラブルに巻き込まれないように! 頸を突っ込むのも無しだからね」
口を酸っぱくして念押しする私に対し、容子が何か言いたそうにしていたが無視をした。
「店は、アンナのお蔭でどうにか回ってるし。コールセンターも、人手が若干足りないけど当面は、手当上乗せで何とか乗り切って貰おう。ここは、パンジー経由で定期的にチェックするとして、暫く私がこっちを離れても問題なさそうだね。住み込みの人達から、何か要望や苦情は上がってる?」
「住民トラブル報告はありません。単身者用とはいえ、個室を三畳から六畳に変更したのが良かったと思われます。女性が多い職場なので退職は出来るだけ避けるように、宥子様が指示された手当や特別休暇を取り入れてます」
「仕事に慣れた頃に寿退社されたら、目も当てられないもんね。会社の売上が伸びたら、ビルの近くに保育所設置しようかなぁ」
残念なことに、現時点の社員寮は単身者のみしか入居出来ない。
必然的に既婚者は、通いになる。
新店舗は、男性社員が三人しかいないんだよなぁ……。
ビルのワンフロアを個室にリフォームした。
当初は、三十部屋に共有のリビングダイニングとトイレ・風呂の予定だった。
二十部屋に変更し、各個室を広くしリビングダイニングの広さを確保した。
各部屋には、机・椅子・ベッド・鍵付きロッカーが設置されている。
ベッドは、収納引き出し付きのタイプを採用している。
キッチンやトイレなどは共有だが、今のところ特に問題は起きていない。
男性社員は全員通いだが、住宅補助を出しているから文句は出てないようだ。
未婚の女性が多く働いているので、不倫などの倫理に触れるようなことはご法度。
勿論、問題が出たら即クビと入社前に説明してある。
家族で入れる寮兼保育所も欲しいところだが、今は設備を揃えるお金がない。
「それは、良いですね。新しい人材を雇うにしても、即戦力にはなりませんから。妊娠出産した後も働きたい方は多いでしょう。その辺りは、追々体制を作りましょう」
と、アンナは寿退社後の再雇用に乗り気だ。
「産休や育児休暇も取れるようにしたいなぁ。ただ、その間を埋める為だけの使い捨ての人材は雇いたくない。社員登用制度やインターンシップ制度を導入するのもありかも。気は早いけど、ビル周辺で手頃な中古マンションをピックアップしておいて。社員寮兼保育所の目星にする」
結婚・出産は、私には縁のないことだけどね。
アンナもこの先、結婚とかあり得るわけだ。
彼女を私の後釜に据えるのも良いかもしれない。
「そうですね。今直ぐの問題ではありませんが、店舗が軌道に乗ってから、実行するのも良いかと思います。一年くらいは、じっくり育てたいですしね」
鬼や。
ここに鬼がいた。
厳選した人材を磨いて、新店舗の店長とかに据えるつもりだ!
「経理や事務、それぞれ特化した人も欲しいしな。店舗は、今のところ大丈夫だろう。支店の工場は人数も多いし、新たに支店長を立てて仕事を丸投げしよう」
「キャロルの暗算は凄いですし、ルーシーの暗記力も抜群ですから、彼らに経理を叩き込めば良いのでは?」
「まだ、二人の戸籍が用意出来ていないからなぁ。日本に永住する可能性があれば考えるけど、現地で真面目に働いてくれる人に任せたい。今後の面接で良い人材がいたら、任せて良いのでは? アンナと同じくらいの人材が、最低でも二人は欲しいなぁ」
なんて最後は冗談で言ったら、アンナが真顔でとんでもない事を宣った。
「では、追加で奴隷を買いますか?」
何でそんな発想になるかね、アンナさん。
蟀谷をグリグリ押しながら、大きな溜息が漏れた。
「何でもかんでも、奴隷に結び付けるのは止めようか。アンナの後任になる人物は、今度採用する人の中から見繕ってアンナが育てること! 私の後任も、会社で一番優秀な奴に譲る。サイエス組も日本に永住する気があるなら、厳選対象になるからね。今から後任育てると考えると鬱だ……」
「一人で隠居を考えているんですか。働けるうちは馬車馬のように働いて貰いますよ」
私のボヤキに、アンナがピシャリと却下した。
ちょっとくらい夢見ても良いじゃんと思ったが、笑顔なのに全然目が笑っていないアンナを前に、私は口を噤んだ。