98.プレオープン
ネットショップの顧客ユーザー宛てに、『店舗構えます』といった内容のEメールを一斉送信した。
プレオープンを抽選で行うので、混雑はある程度抑えられるだろう。
百名様限定でいち早く新作コスメが買えるという特権は、倍率が高く一時サーバーがダウンしてプロバイダーからお叱りを受けた。
因みに譲渡不可とし、当選者のみチケットとは別にメールで送ったQRコードを提示した上で入店する事となる。
アンナのスパルタ教育を受けた社員は、予想以上に喰いついて全員残っていた。
根性があるね!
住込み希望の人が、意外と多かったのには驚いたが。
何はともあれ、店舗を構えられるまでに会社が成長して良かった。
プレオープン前日の朝礼に顔を出したら、社員全員『誰?』って顔をされた。
社長の顔くらい覚えておこうよ……。
気を取り直して挨拶をした。
「株式会社Cremaの社長をしています。琴陵宥子です。研修お疲れさまでした。明日はプレオープンとなりますが、アンナから報告は受けています。よく耐えましたね。明日は、百名のお客様がご来場される予定です。今までと同じように接客して下さい。お客様は、神様ではありません。対等であることを肝に銘じて下さい! 客商売である以上、ホスピタリティや高品質のサービスを求められます。その対価が、お給料に反映すると思って下さい。後、癖のあるお客様も中にはいるでしょうが、一切妥協はしません。無理難題を言われた場合は、丁寧に無理であると説明した上でお断りして下さい。後、押し売りは絶対ダメです。売上ノルマはありません。原則、残業もありません。定時帰宅を徹底しましょう」
お客様=神様という常識を覆すような挨拶に、スタッフは騒めいた。
お客様は神様だからサービスをもっとしろ、と言ってくる輩は絶対に居る!
それをハイハイ聞いていたらキリがないないし、そもそもお金を払ってサービスを受けるのだから対等であって然るべきだ。
不満があるなら他所に行けば良いと私は思っている。
損して得取れは実行しているので、後は最高のおもてなしでお客様を迎えてサービスを提供していけば良い。
「現場のトラブルは、随時店長に報告し解決して下さい。個人に采配を任せます。臨機応変な対応を期待します。対応が間に合わない場合は、直接電話をして下さい。私でも良いですし、アンナでも構いません。その都度指示を出します。これを持って挨拶とさせて頂きます」
社長らしかったかな? とチラリとアンナを見るとうんうんと頷いている。
スピーチは及第点らしい。
アンナが、社員と最終の打ち合わせを行っている間、私は化粧品の作成に戻った。
そして開店当日、事件が起きた。
S社の全国的な通信障害に陥ったのだ。
流石に、それは予想してなかった。
店長から連絡が入ったことで発覚した。
ダブルチェックのために用意したのに、S社の端末のお客様だけ入れなくなる事態にテンパったようだ。
「S社の携帯の方は、チケットと共に本人確認書類を提示して貰って名前に間違いがないか確認した上で受付して下さい」
「分かりました」
「対処が難しいものは、連絡して下さい」
と電話を切って一息つく。
プレオープンに、開店早々ケチが付いた。
思わずS社に文句を言いたくなったが、我慢だ。
トラブルがこれだけかと思ったら、チケットの名前と違う人が来ていたりして揉めたりとトラブルは続いた。
勿論ルール違反なので追い出すように指示したが、喚く喚くで収拾が付かず、結局私が店に出る羽目になった。
アンナでも良かったのだが、社長自ら出向いた方が早い。
お客様は神様なのよ精神のクレクレ婆に、
「ホームページにも、チケットにも記載してます。本人以外は、抽選券は無効となりますのでお帰り下さい」
「何よ! 態々来てあげたのに、何て言い草なの! 貴女みたいな人じゃあ話にならないわ!! 社長を呼びなさい」
キーキーと甲高い声で喚かれ、眉間にしわが寄る。
「何よ、その態度! 失礼じゃないの?」
「筋の通らない事を店先で喚かれて不愉快に思うのは、他のお客様だけでなく当店のスタッフも同じです。私が社長ですが何か? 迷惑ですのでお帰り下さい。次の方どうぞ」
婆をどかして次の人を呼ぶと、思いっきり鞄でどつかれた。
地味に痛いが、その程度の攻撃では傷一つ付かない。
「暴行罪と営業妨害で訴えます」
私が指示するよりも早く店長が、110通報していた。
最寄りの派出所から警察官がこちらに来ていた途中で、私が鞄で殴られる瞬間もバッチリ目撃されていたようだ。
「アンナ、後は任せるわ。私は、ちょっと、この人と警察に行ってくるわ」
「分かりました」
警官と婆を含めて計5人で派出所に向かった。
勿論、被害届は出したよ。
その後、プレオープンも終わり正式なオープンの前に婆の息子らしき人物が菓子折りを持って謝罪しに来たので、
「どちら様ですか?」
と聞いて追い返したら、翌日顔面を腫らした婆と息子、その夫らしき人の三人が謝罪しに来た。
どうやら婆は色々とやらかして訴えられているんだとか。
私の被害届は止めになったらしい。
「謝罪はいりませんよ。被害届は取り下げませんから」
と婆一家を追い返した。
その後どうなったかは知らないが、実刑でも食らって反省するが良いわと酒の席でアンナに愚痴ったのだった。