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Case.04 目が合わない人形


 中等部の最高学年の梅雨。

 この頃の俺たちといえばもうすぐ行われる夏季休暇前の試験と雨季特有のじめじめした空気に疲弊していた。

 学園都市のある大陸は一年を通し比較的気温変動の少ない温暖な気候だが、この時期だけは雨量も増え肌にまと割り付くような空気が非常に不愉快な季節である。

 そんな気だるい雨季のある休日の事だ。


「気分転換に出かけないか」


 週末、王都にいる婚約者に会いに行くのだが良ければ一緒にどうだとヒューバートが言った。

 珍しいこともあるもんだ。普段のヒューバートなら態々こんな試験前になんか予定を入れず、試験後の気晴らしにどうかと誘いそうなものを。そんなことを問いかければたまにはいいだろうと奴は困ったように笑った。

 なるほど? 夏季休暇は社交界の季節でもあるからその前に自分が羽を伸ばしたかったんだろう。俺は優しいので気が付いても言わないでやる。

 子爵家の俺でもそれなりに忙しくなるんだから伯爵家はもっと大変なはずだ。ならちょっとくらい友人殿のわがままに付き合ってやるのもいいだろう。


 それに今年は中等部の最終学年ということもあって妙に学年全体が浮ついていたし、春先にごたごたしたせいで妙にお互いに引っ掛かりがあった。

 少し時間が経ってしまったが長期休暇までにそういうわだかまりを解決したいという意図もあったんだろう。

 そんなわけで雨が降る中ヒューバートが手配してくれた馬車に乗り王都にある屋敷へと向かった。


「ようこそお待ちしておりました」

「押しかけてしまってすまないな、リズ」


 にこやかに迎えてくれたかわいらしいお嬢さんに挨拶する。

 リーゼロッテ嬢はヒューバートの婚約者であり俺たちより三つ下のツヴァイク家の末娘さんだ。

 直接会うのは今回が初めてだが彼女のお姉さんで俺たちの一学年上のヒルダ先輩には色々とお世話になっている。それはもう色々と。

 一足先に高等部へ行ってしまったので最近は中々会うことは出来ないが会えば俺たちのことを気にかけてくれる良い先輩だ。


 そんな先輩や、婚約者であるヒューバートから聞いていた通りの感じのいいお嬢さんはふわふわした少女らしい笑顔で立派な屋敷のサロンまで案内してくれた。

 俺の家は男兄弟だが妹がいればこんな感じなんだろうか、家の中が華やかなのはいいことだ。ああ、勿論。うちの母上に華がないなどとは一度も思ったことはないが。


「悪いな、俺まで呼んでもらって」

「気にするな。俺が呼びたかったんだ」


 年が近いということもあって早速仲良くなったらしい女性陣を眺めながら出された紅茶に口を付ける。

 思えばああしてアンリエットとカザミが笑いあっているのを見るのも久しぶりな気がする。

 ヒューバートは、これが見たかったんだよな。情に厚いというか、単純に人が好きというか。兎に角ありがたいことにヒューバートにとって俺たちは友人という枠組に入っているらしく、このまま友人たちがぎくしゃくして疎遠になるのを防ぎたかったんだろう。


「あれから少し考えたんだ」

「うん?」


 あれから。なんて、ぼかさなくたって考えていることは皆同じだった。

 春先に起きたあの一件の事だ。どうすればよかったかなんて正直二ヶ月経った今でもわかっていない。

 あれはたまたま運が悪かった。そうするしか方法を知らなかった。大丈夫だと過信した。そういうものが積み重なって起きたことだ。

 誰が悪かったかなんていうものはない。けれどそれでも、直ぐに助けてやれなかったとか、傷つけてしまったとか、そういう出来なかったという感情は今でもずっしりと俺の中にのしかかっている。

 それが原因でこの二ヶ月、誰ともなくお互いに距離を置いてしまっていた。


「もっと知らなきゃいけないことがあるんだなって」

「うん」

「知っていればもっと早く助けてやれたかもしれないだろ?」

「そうだな」


 会えば話はするし避けるようなことはしてない。けれどどうしても、一枚、お互いの間に壁があった。

 それを取っ払うきっかけを探しながら、あと一歩踏み出せずにいた


「色々、学ばなきゃな」

「騎士としての鍛錬は休憩?」

「まさか。同時進行だ」


 本当にいい奴だと思う。バラバラになりかけた俺たちを繋ぎとめようと立ち回ってくれたのだから。

 コイツが望む限り、俺はコイツにとっていい友人であり続けたいと。気安く肩を叩いて笑い合える、そんな関係でありたいと柄にもなくそんな風に思うのだ。


「だからこれからも色んな事に首を突っ込んでいこうと思ってな」

「はは。ほどほどにしてくれよ、ヒュー」

「諦めて巻き込まれてくれ、リカ」


 そうだ。確かにこの学園に入学してから、コイツらに会ってからというもの妙なものを見る機会も増えたし俺一人なら絶対に関わろうとしなかった存在とも関わるようになった。でもそれだけじゃなかった。

 そりゃあ何度だって怖い思いもさせられたし、ビビりもしたけど。全部が全部悪い想いでというわけじゃなかった。


 カザミだってそうだ。アイツはアイツなりに良かれと思って行動した。

 確かにアイツは俺とは違うタイプで大抵のことにビビったりしないしガンガン突っ込んで行く。でも苦手ではあるが嫌いではない。突き進んで行く奴ではあるが悪い奴じゃないし、一人で何かやっているなら心配くらいはする。


 目の前では何やら珍しい人形を見せてもらうことになったらしく楽しそうに談笑している。以前だったら当たり前だった光景に懐かしさを感じた。

 叶うならこんななんでもない日常が続いてほしいものだ。

 もともと俺はそういうものを望んでいたわけだし、その為の苦労というのなら……まぁ、無理のない範囲でならしてやらないでもない。


「ところでなんだが」


 カチャリと小さく音を立ててヒューバートがカップをソーサーに置く。

 目の前には女性陣が頬を染めた人形を抱えて話している。ヒューバートと二人少し離れて聞いていたが、虹彩に何か特殊な技法が使ってあるらしくどんな位置から見ても視線が合わないのだという。

 人形の目の部分に使われているガラスの曲率や、瞳に使われている色の光度の計算し、どこから覗き込んでも目線が反らされるように作られているのだとつい先ほどリーゼロッテ嬢に教えてもらったばかりだ。


「あの人形ユウコのこと見てないか?」


 早速心が折れそうなんだけどあれ何なの?

 夜中に部屋の人形がこちらを向いている、みたいなことがなくていい人形だと思ったとこだったのに。


「普通の人形の筈なんだがな」

「ガッツリ見てるじゃねぇか」


 ほら見ろヒューも困ってるじゃねぇか。

 気付いているのかいないのか、アンリエットたちが興味深そうに人形を傾ける様を上から覗き込むようにしている。

 そいつ隣にいる女のことガン見してますよ。伝えたら伝えたでひと悶着ありそうなので喉元まで出かけた言葉を無理やり呑み込む。


 別に酷い目にあってほしいわけじゃないんだよ。

 そりゃまぁこんな感じでカザミは危ないとわかっていてハチの巣をつつくタイプではあるが、だからと言って怪我や病気をしてほしいわけじゃない。アイツに何か望むとすれば大人しくしてくれということぐらいだ。

 だから……なんだ、あの人形が何か危害を加えるような行動をとるのなら、暫定異常に気が付いている俺たちがどうにかする必要があるのだが、……どうしろってんだ。


「人形って実体あるよなぁ、殴るか?」

「鍛えるなら付き合うぞ?」

「騎士様の鍛錬に俺が付いていけるわけないだろ」


 誰とも目が合わないはずの人形が自分を覗き込む女の顔をじっと見ている。

 柔らかく持ち上げられた口角とふんわりと染められた頬は一般的には可愛らしい表情なのだろうが、この時ばかりは薄ら寒いものを感じた。

 元々得意でもなかったがもっと人形がダメになりそうだ。


 るるーに頼るというのも考えたが、いきなり現れた犬のような何かが自分の可愛がっている人形を噛み砕く様をお嬢さんに見せるのはいささかハードルが高い。

 ふとカザミと目が合った。おい、アイツこっち見て笑ったぞ。絶対人形のこと気付いてるだろ。


「ああクソ、俺本当にアイツ苦手」

「そうは言っても、最終的に手を貸すのがお前だろ」


 不満を零せば、こちらを向いたヒューバートが参ったというように眉を下げて笑った。

 アイツ本当にわかってるのかよ。これでも一応心配してやったんだぞ。俺だけじゃねぇし、そもそもあの一件につてはアンリエットが一番自分のせいだって言ってずっと泣いてたんだ。

 一応反省はしているみたいだが、ああいうタイプは言っても聞かねぇし絶対繰り返す。これに関しては賭けてもいい。それで結局、俺やヒューがやきもきする羽目になるんだろう。想像しただけでため息が出る。


 楽しそうな声を上げる女性陣の方を見れば、あの人形はいつの間にかユウコから視線を反らしていた。興味をなくしたのか、それともユウコを見ていたというのは俺たちの勘違いだったのか。

 まるで狐に摘まれたみたいだ。


 隣に座るヒューバートを見上げれば奴も理解できないというような顔でこちらへ視線を投げかけてきた。

 雨季特有の肌にまとわりつくような空気が不快だ。こんなじっとりとした空気だからこそ妙なものが日常の中にこっそり顔を覗かせたりするのだ。

 年頃の娘たちのくすくすというささやかな笑い声と、窓ガラスを打つ水の音が静かに響く。

 どうやらまだ、雨はやまないらしい。


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