Case.03 妖精の悪戯
時間軸はバラバラです。
その内時系列表作ります。
昔から俺の人生はツいてないことの連続だった。
小さい頃から視界の端にはよくわからない物が映っていた。それは今にも崩れ落ちそうな黒い靄だったり、明らかに生命活動が不可能な状態で彷徨っている者だったり。兎に角、俺の周りにはそんな人でも魔物でもない存在に溢れていた。
他の誰にも見えていないらしいそれらに怯え泣き叫べば叫ぶほど、周りの目は可笑しなものを見る目に変わっていった。
唯一の救いといえば、五つ上の兄だけは見えていないながらも俺の話を真剣に聞いてくれたことだ。あの人がいなければ、今でも大概だと自覚している性格がもっと捻くれたものになっていたに違いない。
最も、あの人がある日突然「ちょっと自分探しの旅に出てくるわ」などと意味の分からない供述を残し出奔したせいで、繰り上がりで次男であったはずの俺が家督を継ぐことになってしまったわけなんだが。
できれば俺は気ままな次男坊でいたかったよ兄さん。
親の決定を子供の俺がどうこう出来るわけもなく、領地でのんびり成長してどこぞのお嬢さんの家に婿入りするという俺の人生設計は学園都市エゲリアに放り込まれることで破綻してしまった。
さほど大きくもないキスリング領にもわけのわからないものがそれなりにいたんだ。人の出入りが多い学園都市に行けばどうなるかなんてわかりきっている。
「父上は俺に死ねと?」
「お前に何がどう見えているかは知らんが、もうちっとばかし度胸を付けてこい」
この時初めて幽霊よりも人間の方が怖いと知ったね。
最近は父上も理解まではいかずとも俺の見えている物についてそういうこともあると知っていただけていたと思ったのに。これでもるるーのおかげで大分マシになったんですよ。アイツがいなければ俺は部屋から一歩も出たくありませんでしたからね。
俺個人の思いなどお家の事情には関係なく、出荷される子牛のごとく馬車に詰め込まれ学園都市の中にいくつかある生徒寮の一つに詰め込まれたのが数週間前。いやだいやだと呻いて一緒に来てくれた従者のジョンを困らせている内に入学式まで済ませてしまった。
可能なら寮室に引きこもっていたいが、そんなことをしていたらジョンを通じて父上から雷を受けることになるだろう。奴は確かに信頼できるが、それなりに口答えもしてくる。俺一応お前の雇い主の息子よ? ああそうだな、お前は父上に俺のビビりを直すように言い付けられてたな。
こうなったら寮ではなく学内に安全そうなセーフティルームを見繕ってそこに引きこもろう。そうと決まれば善は急げだ。
式典と教室での簡単なオリエンテーションの後、寮に帰らず校内をフラフラする。
適度に人の出入りがあって静かな所がいい。さっき覗いたサロンは日当たりもよくセンスのいい調度品も揃っていたが、利用者の大半が貴族ということを踏まえると魔窟になるのは自明の理なので近付かないことにする。
家督を継げば嫌でも腹の探り合いが待っているというのに、今からよくやるよ。それともあれか? 正しく顔繋ぎというやつか? 自分より爵位上だけど大きくなっても仲良くしてねというやつか? どっちにしろよくやるよ。
あてもなく校内をぶらぶらしていると鍵の開いている部屋を見つけた。
どうやら自習室のようだ。手前に机と椅子が並び奥には本棚がいくつか聳え立っている。なかなか、いいんじゃないだろうか?
試験期間などは多少騒がしくなりそうだが、それでも部屋自体かなり小さい造りだし入り浸っていても悪目立ちしなさそうだ。
隅の方の机を陣取り室内を見渡せば、今日は入学式しかないにも関わらず自習室には二、三人物好きな生徒がいた。
タイの色が赤だから、どうやら全員俺と同じ新入生らしい。ああ、今日は授業もないから学内に上級生はいないのか。
なんとなく見たことあるような、ないような後ろ姿を眺めながら伸びをする。
ふと、視界の端で何かが動いた。
何やら見た顔の女が本棚の前で苦戦してる。多分、クラスにいた奴だ。名前までは憶えていないが、他の令嬢相手に縮こまっていたのを見た気がする。
「失礼」
「え、あ。ごめんなさい」
引きこもりたいと言っても別に人とコミュニケーションを取れないとかそういうのではない。
一応今年の夏に社交界デビューも控えているのだし会話能力に問題はないさ。歴史のある伝統的な貴族程過去のあれやこれやで変なものを連れていることが多いから、積極的には関わり合いになりたくないだけで。
ただ、まぁ。ここで声を掛けずに後々あの場にいただろうと当てこすられるのが嫌なのでトラブルにならない程度には手を出さねばならんわけだが。
「この緑の装丁の?」
「はい、ありがとうございます」
背後から近寄って声を掛ければ少し驚かれたが気にせず彼女が取れずにいた本を指差す。
タイトルから察するに精霊魔術について書かれた本らしい。前に似たような本をいくつか読んだがどれも難解な言い回しで途中で投げ出した覚えがある。
「難しい本読むんだね」
「えっと、気になることがありまして」
そこまで背が高いつもりはないが、小柄な令嬢に威圧感を与えないよう言葉使いに気を付けておく。
「こっちより図書室の方が詳しい本あるだろうけど、まぁ今日は開いてないもんね」
さっき校内を歩き回って気が付いたんだが、今日は式典しかないということもあってか図書室や調合室といった別館に入っている施設は解放されていてないようだ。
そっちはそっちでいい環境があるかもしれないので後日別館の散策もしようと思う。
「明日辺り行ってみたら? その本よりわかりやすいやつも置いてあるだろうし」
「お詳しいんですか?」
「前にちょっとね」
本棚から引っ張り出した本を彼女に渡しながら世間話を一つ。
るるーと契約した後色々調べている時に実家の書斎にある精霊関係の蔵書をいくつか読んだんだが、結局読めば読むほどるるーが本当に精霊なのか怪しくなったので調べるのをやめたんだったか。
アイツ何なんだマジで。今の所俺のことを守ってくれる……否、俺に近付いて来る幽霊だったりを全部食ってくれてるからまぁ、悪いやつではないと思いたい。生きている人に襲い掛かったりっていうのはしていないし。
「あ、あの!今お時間大丈夫ですか?」
なくはない、何だったら時間を潰すためだけにこの自習室に来てるわけだし。今から隅の方で昼寝でもしようかと考えていたくらいだ。
「見てほしい物がありまして」
制服のポケットから取り出されたそれは白いハンカチに包まれた赤い宝石だった。ただし普通の装飾品の宝石ではない。石の中に羽の生えた小さな少女が眠っている。
多分、精霊だ。
精霊魔術の中にはこうやって自分が契約した精霊に宝石の中へ入ってもらう術があるし、るるーも普段は黒い正八面体の何だったかという宝石の中で昼寝している。
「その、何とかここから出してあげたくて」
「出して、どうするの? 契約したいとか?」
「いえ、そういうのじゃなくて。だってずっとこの中にいなきゃいけないとか、可愛そうじゃないですか」
気持ちはわからなくもない。
本来精霊は人前に姿を現さずどこかでひっそりと暮らしているようなもので、小さな石の中に閉じ込められ続けるのはさぞ窮屈だろう。
「あー。俺も詳しくないけど、読むなら一緒に見ようか」
「いいんですか!?」
るるーは勝手にやってきて、どっからか持ってきた石を俺に投げつけた上でその中に入っていったからな。
まるで参考にならないがそれでもいいのならと、本当にさわり程度しかわからないということを丁寧に説明しつつ引き受ける。
いないよりはマシだろうし、改めて読んでみればるるーについても何か新しい発見があるかもしれない。
「あ、すみません。私、フォード男爵家の娘、アンリエットと申します」
「ご丁寧にどうも。俺はキスリング子爵家次男、リカルドだ」
遅まきながら名乗りを上げるが、そうかあそこの家のお嬢さんか。
フォード男爵家の領地は緑が多く一次産業が盛んだと家庭教師に習った覚えがある。あそこで取れたリンゴを使って母上がパイを焼いてくれたのはいつのことだったか。
いくつかある内の並んで座れる机に移動し本を広げる。契約ならともかく、出すだけなら召喚陣を用意して魔力を注げばいいだけだから簡単だと思う。
その分素人が不相応の精霊に手を出して事故につながることもあるから注意が必要だ。可能なら明日以降教員にでも事情を話して立ち会ってもらうのが良いだろう。
「じゃあこの魔法陣の上で魔力を込めればいいんですね」
「ああ、でも今はまだ──」
「へ?」
こいつやりやがった。
「おま、バカ!話聞けって」
静止も空しく石の中に魔力が注がれる。
宝石の中の少女がパチリと目を開けた。精霊というのは基本的に人にはない力を持っている。それは魔術的な物だったりこの宝石の中の少女の様に背中に翅が生えていたりと様々だ。
「かわいい」
精霊の少女がゆっくりと石の中から這い出して伸びをした。それこそ比喩表現でなくそのままの意味で昆虫のそれによく似た翅を伸ばしている。
確かに見た目はかわいいが、得てして精霊の持っている力と見た目の可愛さは比例しない。るるーだって見た目はちょっと難ありだが慣れればかわいいわんこだ。
四肢を伸ばしていた精霊がアンリエット嬢の方を見た。
にこりと笑ったかと思うと背中の小さな翅で宙に浮く。くるくるとアンリエット嬢の周りを何回か飛んだ後自習室の中を飛び回り始めた。これ、まずくね?
「おっと」
手始めに男子生徒が読んでいた本を弾きついでとばかりに本棚の上を飛び回り薙ぎ倒していく。
正直あの小さな体のどこにそんな力があるのかと問いたくなるが、本格的にまずくなってきた。
「ご、ごめんなさい!」
「ああ、いや。大丈夫だが」
アンリエット嬢が謝っている横で男子生徒の手から落ちた本を拾って埃を払う。
なんてことない恋愛小説だ。体格のいい男子生徒が読むにはいささか一目を憚られるかもしれないが、そういうのが読みたいときだってあるだろう。俺だって母上おすすめの恋愛小説を読んだりするし。というかこのシリーズ読んだことあるわ。
「これ面白いよな。俺は二作目の話が好き」
「そうなのか? まだ読み始めたばかりなんだ」
困ったように笑う男子生徒に小説を返して振り返る。
こっちでやり取りをしている内にも精霊は次々と本棚を倒し自習室を散らかしている。さてどうした物か。
「アレ、君たちの?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
また増えた。いやまぁ、これだけ部屋を荒らされたら苦情も言いたくなるか。
片手で掲げた本で飛んでくる本をよけながらもう一人の自習室利用者であった女子生徒が呆れたような声でこちらにやって来た。
巻き込んですまんな。
「君たちは俺と同じ一年だな。勉強熱心なのはいい事だがいきなり召喚魔術に手を出すのは危険だと思うぞ」
「ごもっともです」
俺の監督不行き届きです。もうちょい先に説明できれば良かったんだが、とりあえずアンリエット嬢は涙目でかわいそうなぐらい謝っているから責めるのは俺にしておいてくれ。
こうして入学式当日に自習室を利用していた物好きな四人が一堂に会してしまったわけだが。
「俺はヒューバート・フォン・シュトライトだ。君は確か今年の新入生代表だったな」
「うん。ユウコ・カザミ、爵位も持たない一般人よ」
やべ、やっちまった。同じ一年男子だからってため口聞いたぞ俺。寄りにもよってシュトライト伯爵家の子息かよ。
名門貴族のご子息とこんなところで邂逅する予定なかったんですけど、できれば記憶消して最初からやり直しません? 失礼の無いようにちゃんとご挨拶し直しますんで。
女子生徒の方は……多分入学式の時に見た気がする。新入生代表の答辞とかその辺で。
折角の晴れ舞台だったのに悪いな、学長の話が長くて眠気度戦うので精一杯だったんだ。
「それより早く何とかした方がいいと思うけど」
新入生代表ということは入学試験でトップだったということか。いや、それでももうちょっと伯爵子息のこと敬った方がいいと思うぞ?
一応学園内では生徒の平等を歌ってはいるが、それは階級に囚われず平等に学ぶことが出来るという意味であってどうやっても確執というのは出来るんだから。
それ込みで試験結果という目に見える形で殴り伏せていくというのなら俺はそれとなく見守っていくことにするが。
まぁそんなことは今はいいんだ。
現実逃避していても始まらない。問題は新入生代表の言う通り本を散らかして遊んでる精霊をどうするかだ。
「精霊というのはもう少し厳格なものだと思ってたんだが」
「どちらかというと悪戯好きの妖精じゃない?」
「ああ、なるほど」
言いたいことはわかるが納得してる場合じゃない。
「窓開けて置いたら勝手に出ていくんじゃない?」
「そんな虫みたいに!?」
「確かにそうすればこれ以上自習室は荒らされずに済むが、それでは他の所で被害が出るだろう」
捕まえる、しかないよなぁ。
あの様子じゃ悪戯をしすぎて宝石の中に入れられたって所だろう。おおよそ反省目的で封印されたがあの子はただぐっすり宝石の中で眠ってただけとかそういう感じの気がする。
「わかった。少しでいいから動きを止めて、そしたら何とかするから」
そういって新入生代表のカザミが懐から古めかしい鍵を取り出した。
杖代わりだろうか。魔術を使う際の杖というのは、魔力が馴染みやすい木を使ったものが多いが実の所使用者の手に馴染むなら何でもいいらしい。実家のメイド長なんてかけていた眼鏡を杖代わりにシーツを乾かすために風の魔術を使っていたくらいだ。
きっとあの鍵が最もカザミの手に馴染む物なんだろう。
「待って、酷いことしないで」
「あー。一先ず、捕獲するだけよ。そうしないとあの子と話も出来ないでしょう?」
「俺たちで止めればいいんだな」
そうは言っても止められるのか? そこまで早いわけじゃなさそうだが的が小さいかかなり苦労しそうだ。
当然の様に俺一人がやるもんだと思っていたんだがどうやらシュトライト伯爵子息も手を貸してくれるらしい。多くの騎士を輩出してきた名門だからきっと彼も運動神経が良いんだろう。
残念ながら俺はほぼ引きこもって育ったので体力がないからるるーに頼むんだが。
「るるー、頼めるか?」
ポケットから黒い石を取り出して呼びかける。
相変わらず妙な石だ。手触りもちょっと普通石とは違うし、全体的に黒いはずなのに青緑赤金と様々な色の輝きを見せる。
そしてそこから、ズルリと四足歩行の何かが這い出して来るのだ。
見かけは、多分犬だ。四足歩行だし尻尾もあるし小さいが耳みたいな尖った突起物が頭に付いている。ただちょっとやせ型で目らしいものがなくて口が裂けてて舌が長いだけのわんこだ。……わんこ、だよなぁ?
隣で尻尾と舌を揺らす暫定犬を見下ろす。喋ったりはしないんだが、ご飯の時間か? と聞き返された気がした。
「え? え? 大丈夫だよね?」
「食べちゃ、だめ」
「待って、よだれ出てるよ!? 本当に大丈夫なの!?」
アンリエット嬢が不安になるのもわかるが、ダメと言えばちゃんとわかってくれる子だからたぶん大丈夫だと思うよ。あんまり責任は持てないんだけど。
「君も精霊使いだったのか」
「いや、るるーは精霊……なんですかね?」
「うん? わからないのか?」
「なんか、いつの間にか居つかれた、みたいな?」
「まぁそういうこともあるか」
大丈夫か? この伯爵子息。自分で言うのもアレだがもうちょい疑ってくれていいんだぞ。
一先ず伯爵子息と協力して一か所に追い立てよう。動きを止めさえすれば後はカザミが何とかしてくれるらしいから本棚を利用して挟み撃ちすることだけを考える。
「そっち行ったぞ!」
「ああ!るるー!」
体力がないとは言え伯爵子息に走り回らせて自分は棒立ちというわけにもいかず。渋々ではあるがるるーを含め三人で本の散乱した自習室を駆け回る。
資料用だとはわかってるがここ蔵書多くない? 自習室でこれなら図書室の蔵書量どうなってんの? 改めて図書室でアイツ出さなくてよかったわ。
何度目かの息切れの後やっとの思いで袋小路に追い込む。
後ろからカザミの声が聞こえた。どうやらようやく捕獲できるらしい。何かしらの魔術詠唱の後いくつかの黒い輪が現れ妖精を取り囲み動きを止める。
「突然ごめんね」
正直めっちゃ疲れた。
アンリエット嬢が妖精に話しかけているのを聞きながら床にへたり込む。もうちょい体力あると思ってた。
背中に乗っかかって来たるるーをガシガシと撫で一息つく。はいはいお前もお疲れさん、ありがとな。
「えっと、貴方はどうしてあの宝石の中にいたの?」
話せないのか、それとも言葉を理解していないのか。話しかけられた精霊だか妖精だかの少女はにこにこ笑ってアンリエット嬢を見ているだけだ。
多分るるーと俺も傍から見たらあんな感じなんだろう。
何故かるるーのことを見える奴と見えない奴がいるがどういう原理なんだ? ここにいる三人は見えているみたいだが、父上たちは見えてなかったし。
「知性は低いみたいだな」
悲しい事にこれが基礎体力の差か。俺よりもずっと動き回っていたはずの伯爵子息が早々に復活している。
いや騎士家系の出だから既にいくらか鍛えてはいるんだろうが、なんというかちょっと、悔しいものがある。体力付けよ……。
「どうする? 多分そいつ今みたいに悪戯したから宝石の中に閉じ込められてたんだと思うぞ?」
「そうなの?」
「その可能性が高いな」
このままに放り出したところで同じように悪戯をしてどこかの魔術師にまた宝石の中に封印されるだけだろう。
あんまり言葉も通じていないみたいだし言い聞かせても言うことを聞いてくれるかも怪しい。いっそまた封印しなおしてしまった方が悪戯の被害は少ないだろうが、きっとアンリエット嬢はそういう選択は嫌がるだろう。
「ねぇ。私と契約しない?」
しばらく何か考え込んでからアンリエット嬢がしっかりとした口調でそういった。
まぁ、そうなるよなぁ。
「悪戯するのはダメだけど、お話し相手にならなれるよ」
少しの間きょとんとした後悪戯好きの妖精は嬉しそうに笑った。
二人がそれでいいというのなら外野がどうこう言う必要もないだろう。幸いお家の太いシュトライト伯爵子息もいるし、単純な知識ならそこにいる新入生代表殿も助けになってくれるだろう。
と、いうことで俺はお払い箱だな。授業が始まれば友人も出来るだろうし是非他所へ行ってこの場所を俺の引きこもりスペースにさせてくれ。
「あの、契約ってどうしたらいいんでしょう?」
おずおずとこちらを見るアンリエット嬢にカザミが妖精にかけていた魔術を解いてやる。
妖精の方が乗り気なら態々半端な知識のこちらに効かずとも、妖精の方で勝手に契約してくれるだろう。
そうこうしている内に妖精の方からアンリエット嬢に近付いてその額に触れるようにキスをした。
「ああいった風に契約するのか」
「え、俺普通に噛まれて契約だったんですけど」
無事契約で来たらしいが解せぬ。
なんで俺の時は腕噛んだんだよ、るるー。噛まずに契約出来るなら俺の時もそうしてくれよ。噛まれ損じゃん。
抗議の為にるるーの頬をグニグニ揉んだら異様に鋭い牙が口から覗いた。……甘噛みにしてくれてありがとな。
それにしても、入学早々面倒なことに巻き込まれたもんだ。
なんとかなったからよかったものの、次がないことを願おう。俺は目的は大人しく慎ましくこの学園を卒業して安全な身の危険を感じることもないよう領地に引っ込みたい。
そのためにも可能な限り問題を起こさず、起きたとしても父上の耳に入れないようにしておきたいんだ。
「すっきりしているところ申し訳ないけど、周り見てもらえる?」
すっかり解散気分だったんだが水を差さないでくれ。
ちらりと辺りを見回せば引き倒された本棚がいくつかとこれでもかという程床に散乱した本。あー、これ直さなくちゃいけないのかぁ。
「マジかぁ」
落胆していても仕方がない。こればっかりはるるーの手も借りられないし、他の三人の顔を見てもどうやら現状を何とかする魔術は知らないらしい。ここからまた肉体労働かぁ。
誰となく仕方ない苦笑し本を拾い始める。結局自習室に散らばった本を片付け終わったのはすっかり日も落ちた頃で、入学早々寮の門限を大幅に破り四人そろって寮長に大目玉を食らい一躍有名人になってしまった。
後日俺とアンリエット嬢はともかく、本来怒られる必要のなかった二人に何故関わったのかと聞いた所「困っているなら放っておけなかった」という非常にありがたい言葉と「なんか面白そうだったから」というクソみたいな言葉をいただいた。
その瞬間から俺の中の二人への態度が決定したのだがまぁその話は別にいいだろう。
自習室での一件がきっかけで、どういうことかこの顔ぶれが腐れ縁として末永く付き合っていくことになるとはこの時には思いもしなかった。
そして何より、そのほとんどが俺の苦手なあれやこれやということも。
もし今からエゲリア学園中等部の入学式に戻れるとしたら、……否、やめておこう。もしそんなことが出来たとしても、結局俺は面倒だの嫌だの言いながらあの三人と関わり学園生活を送るだろう。
そう断言してしまえる程、その後の俺はあの三人と関わり過ぎてしまったというわけである。