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Case.14 魔王の肖像


 兄が家を出ていった理由をちゃんと考えたことはなかった。

 自分探しとかモラトリアムとか、兄自身がふざけたことを言って出ていったのもあるがあの人なら大丈夫だろうと特別心配していなかったというのが大きい。

 学園に入学してからは二度ほど教授のつてを使って会いに来てくれたというのもある。その時は先祖に縁のある人物に会ったと言っていたが。

 元々の明るい性格もあり領民とも友人のように接する人だった。家の当主となる勉強もしていたし頭も悪くはなかったはずだ。そんな人が故郷を離れ遠くへ行った理由は、この学園にあったのだと改めて認識した。


 じっと一点だけを見つめる。いつも溜まり場にしている研究室は空調が行き届いているはずなのに妙に体の芯が冷えた。

 息が詰まる。いつの間にか外に出ていたるるーががこちらを見上げながら体を足に擦り寄らせていた。悪いが、今は撫でてやるだけの余裕がない。


 教授の研究室は物が多い。定期的に片付けや掃除はしているがそれでも物の多さ故か埃っぽく、多くの骨董が劣化を避けるために箱に入れられていたり絵画には布がかけられていたりする。

 さっきも何か音がして何かが倒れたかと音のした方へ赴いた。背の高い棚がいくつも並ぶ殊更暗く埃っぽい。乱雑に壁にもたれかけられた肖像画の一角に落ちている布を見つけた。

 これが落ちた音だったかと布を掛けなおそうと近付いた先にあったのは、美しい女性の肖像画だった。その人は兄さんに、そして俺によく似ていた。


「リカルド?」


 戻るのが遅かったからか、後ろからヒューバートの声がする。

 ああ、今日は女性陣がいないんだったか。声を掛けられたのは自分なのに、その絵を見ているのは自分なのにどういうわけか他人事のような感覚がする。


 ヒューが隣で俺によく似た女性の肖像画と俺を見比べている。額縁と共に挟まれた薄いガラスには描かれた年代とその絵の名前を書いた紙が貼ってあった。その絵の名前は、魔王。

 自分や兄によく似たその人が描かれたのはもう随分と昔のことらしい。ただ漠然と兄はこの肖像画を見たんだろうなと思った。この絵を見たから、この絵に描かれた人が魔王だとであったから、それを確かめに行ったんだろうと。

 我が兄ながら行動力のある人だ。先祖に関係のある人に会いに行くと言っていたし、実際に魔王に会って来たとか言ってたわ。会ったのは今代の魔王で美人な男性らしいが、信じていないわけじゃなかったが半分与太話のように聞いていた。

 ということはなんとなく関係があるような言い方をされていたるるーも魔族に類する存在だったんだなぁ。今は俺の足に体を擦り寄らせて様子を伺っているが、本当にただの犬じゃなかったのか。いや、行動は犬みたいなもんなんだが。


「先代の魔王は、美しい女性だったと聞く」


 この絵の人物とそのタイトルを裏付けるような、兄さんが話していた先祖がこの人であるような、そんなような言葉に振り返る。

 真剣な、けど気まずそうな顔をしたヒューバートがそこにいた。


「まぁ、なんだ。話ならいくらでも聞くし何かあるなら言ってくれ」


 どうしたものか。小さく息を吐き出して考える。

 思う所は色々ある。突然現れた自分のルーツに関係ありそうな肖像画と、実は曰くありげな血筋だったかもしれない動揺。

 兄さんはそれに自分で辿り着き俺が必要とするならそれを教えようとしてくれていたこと。自分の相棒がもしかしたらとんでもない存在かもしれないということ。

 そういうのを全部察した上でそういうことを言えるのだから、ヒューバートという男は実は飛び切りいい男なのかもしれない。


「大丈夫、んな顔すんなって」


 なら、多分大丈夫。こういうやつが友人としていてくれるかなら、多分今まで通り俺は俺としてやっていける。

 兄にるるーのことを聞かれたときだって、るるーはるるーだとはっきり言えたのだ。それと同じ。るるーと俺がなんだかんだうまくやれてきたように、俺とヒューも今までの人生の三分の一くらいの時間をこの学園で一緒に過ごしてきたんだ。

 そういう存在が力になると言ってくれるなら、多分きっと俺は大丈夫。


「お人好しもほどほどにしとけよ。いつか騙されて酷い目に合うぞ」

「その時はお前が助けてくれ」


 色んなものがごちゃごちゃに混ざった感情を吐き出すように肺の中の息を押し出す。

 次いで研究室の少し埃っぽい空気を吸い込めば後はもう、大抵のことは何とかなるような気がした。


「へいへい。何? お前そんなに俺のこと好きなわけ?」

「そうだよ、知らなかったのか?」

「よし付き合ってやろう」

「世界で一番可愛い婚約者がいるのでそれは勘弁」


 互いに小突き合いながらくだらないやり取りをして笑う。いつだって続いてほしいと願っていたのはこんななんてことない日常で、不思議な力だとか出生の秘密だとか俺はノーサンキューなのだ。

 落ちていた布を肖像画に掛けなおせば、何かを成したかもしれないご先祖様もすっかりお隠れになる。彼女やこの絵の作者には悪いが、このまま研究室の隅で穏やかに眠っていてくれ。

 これ以上の不思議体験やかつての因縁なんてものは俺には荷が重い。


「お前、俺が恋愛小説読んでても笑わなかっただろ」


 ふと、ヒューバートが口を開いた。そんなこともあっただろうか。あまり意識をしていなかったがどうも初めて会った時のことを言っているようだ。

 婚約者に薦められた恋愛小説を読むヒューをからかわなかった。それだけのことで好感度が高かったらしい。

 そんなことで? とも思わなくもないが、初めて会った時と言えば中等部の入学式後のことだ。まだ十三の子供であれば恋愛小説など女の趣味だと揶揄する者もいたかもしれない。

 俺自身は学園に入るまでは引きこもり気味で、母に薦められるままに物語を読み漁っていて、その中に女性向けの恋愛小説もあったから抵抗がなかったというだけのこと。


「俺にとってはかなり大きなことだったよ、お前は信じていいやつだって思ったからな」

「恥ずかしい奴め」


 そんなことを言って、人がいいというか、この男は可能な限り人の善性を信じていたいんだ。

 もちろん綺麗なことばかりではないとも知っているんだろうが、未だ学生の身分の小さな世界でくらいはそういう考えるのも悪い事じゃないと思えるくらいには俺も毒されている自覚がある。

 危なっかしいとも思う、でも悪い奴じゃない。困っているなら力になってやろうとは思うし、同じように返してくれることがわかったのは友人として嬉しくも気恥ずかしい限りだ。


 布の下に隠した肖像画に俺は用はない。だから、さっさと背の高い棚の中を抜けていつもの様に応接用のソファーを陣取ってしまおう。

 いつだって不可思議な非日常はすぐ隣にあって、けれどそこから少しでも離れてしまえばいつもの日常が広がっているのだ。行儀よく隣に付いているるるーを撫でて一歩踏み出す。


「大切な友人だ」


 恥ずかし気もなくからから笑う友人を茶化す代わりに背中叩くことで返事をした。


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