Case.12 消えてくもの
よく晴れた午後、特に何か用事があったわけではないがなんとなく外へ出た。
学園中等部に入学して早一か月。クラスの連中の顔と名前も把握して打ち解けていた頃、ある程度学園での生活に慣れてきたのだから放課後都市部へ遊びに出ないかと声を掛けられたのが昨日のことだった。
集まったのは入学式後に自習室で会った顔ぶれ。伯爵子息と男爵令嬢、学年主席に俺というなんともちぐはぐな四人組だが、長時間自習室の本棚を整理するという共同作業を出会った当日に行ったため妙な連帯感で結ばれている。
あの後も四人揃って自習室に足を運んでいる辺り健全な仲良しグループというやつになりかけているのではないだろうか。
学園に来るまでは殆ど引き籠っていたから知り合いが極端に少ないので、今一同世代の遊びというモノがわからないが自習室では各々好きに過ごしているし時折こうして外に出る程度でいいなら付き合おう。
他のクラスの連中は親睦会と称して学内のサロンを借りて集まったりもしているし、俺自身も何度か呼ばれているがこうして目的と手段を混同した都市部の散歩も中々興味深いのもだと思う。
店先に並ぶものを見てはあれやこれやと話すのは意外と話題が尽きない。
これも何かの縁だから堅苦しい呼び方は不要だと言ったヒューバートは流石伯爵家と言うべき知識量だったし、アンリエットも家が一次産業が盛んな領地のためか旬の果実を使ったスイーツ類の話題で随分と盛り上がったものだ。
「アイスキャンディー食べない?」
「お、いいな」
公園に来ていた手押しのキッチンカーを見つけアンリエットとヒューバートが嬉々として声を上げる。
家に商人が来るか馬車に乗ってドア to ドアの買い物がメインな貴族としてはああいうのは珍しいんだろう。楽しんでいるようで何より。
先ほどまで見ていた店では市井の出であるカザミが先導することが多かったが、俺たちの分も買ってくると言ってと二人で先に行ってしまった。
仕方なしというようにカザミと顔を見合わせて公園の端に設置されたベンチへと目指す。気持ちばかりだが他の場所と比べ木陰になっているから一息付く程度なら申し分ないだろう。
天気がいい。眩しいくらいに日差しが強い。のんびりと地面をつついては二、三歩進む鳩を避けてベンチに腰を下ろした。
少し離れたとこから何やら楽しそうに話し込んでいるアンリエットとヒューバートを眺める。
あの二人は、なんというか人がいい。まだ一か月程度しか経っていないが断言出来るほどにお人好しだ。頼まれごとは率先して引き受けているしかと言って貴族らしく何か打算があるわけでもない。どちらかと言うと体よく丸め込まれてたり押し付けられていたりだ。
善性が強いのと気の弱いので見ていて多少大丈夫かと言いたくなる時がある。だからと言って俺が何かできるわけでもなし、本人のキャパを超えるようなことも起こっていないので静観に徹しているが。
まぁあの二人はわかりやすいからいいんだ。問題、という程ではないが隣で一緒に待ってるカザミは学年首位ということ以外よくわからん。自分から主張するタイプではなく割と素っ気ない物言いをする。わかっているのはそんなところだろうか。
「いいよな、鳩は。テストなんかなくて」
「うん? ああ、もうすぐ定期考査だもんね」
なんとなく地面をつついている鳩を見ながらため息をつく。
隣の同級生が入学試験の主席であることを思い出したら再来週から始まる定期考査を思い出した。嫌いと言う程ではないが出来ることなら怠けていたい俺としては勘弁してほしい行事である。
「鳩って小さな木の実や虫以外にも小石とかも飲み込んでいるらしいよ」
「へぇ」
カザミがそんなことを言った。特になんてことのない意味も中身もない雑談だ。遠くではキッチンカーの前でアイスキャンディーを選んでいる二人が見える。
当たり障りのない微妙な世間話になるのはお互いにまだ距離感を測りかねているからか。はたまた単純にお互い自分から進んで話をしたがる人柄ではないだけか。
そのどちらもという可能性も確かにあるがこの一か月自習室でよく本を読んでいる姿を見るに多分沈黙を苦には思わない方ではあると思う。
「他にも草や人が食べ溢したもの、もう形も保てないようになったものなんかも啄んでる」
風が木を揺らしガサガサと音が鳴る。目の前では鳩たちが何やら会話をしながら揃って同じ一角を執拗につついていた。そこに何か小さな虫でもいるのだろうか。
「なんだそれ」
「さぁ? でもそこに何かがいるんじゃない?」
はぐらかすように笑うカザミに、二人で話したのは初めてだが妙に雰囲気があるなと改めて思う。
形も保てないものとは何か、それをカザミが答えることはなかったが俺自身説明の難しい存在がそこかしこにいることを知っているためそういうモノだと受け取っておく。
「ああいったものにも寿命みたいなものがあるんだわ」
鳩に啄まれる何かを見ながら何かに言い聞かせるようにカザミが呟いた。
じっと目を凝らすがそこに何かが現れることはなかった。ああいったもの。あまり想像したくはないがコイツも何か見えているのかもしれない。
いつも視界の片隅に佇んでいる奴とか、追いかけてくる奴とか、そういうモノ。俺にはるるーがいたからどうにかなったが、コイツはあの妖精の時のように自分の魔術でどうにかしてきたのだろうか。
理解されない虚しさや未知への恐怖というのは身に染みて理解している。もし、カザミも見えないはずのものが見えてしまっている人間なのだとしたら。
なんとなく気まずいまま視線を彷徨わせる、無事買い終えたアンリとヒューバートがこちらへ向かってくるのが見える。
足元では相変わらず鳩たち気の抜ける鳴き声を上げていた。
「この子たちはきっと、自分でも何を啄んでいるかわかっていないんでしょうね」
コイツもそういったものに絡まれて来たのかもしれない。過去の自分を思い出して同情するが、かと言って俺自身は何かしてやれるわけでもなし。
形を保てなくなった何かを啄んでいるという鳩は小さく首を揺らしながら目の前を歩いていく。カザミには何が見えているんだろうか。俺には見えない何を見ているんだろうか。
にこにこと笑いながらやって来たアンリエットとヒューバートから礼を言ってアイスキャンディーを受け取る。渡された氷菓子はじんわりと汗をかいていた。
太陽に温められた生温い風が頬を撫でる。
暑いという程ではないが強い日差しに気が滅入る。一つ大きく息を吐いて、いやな気分を消化するために受け取ったばかりの氷菓に噛り付いた。