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Case.02 坑道


 あれは確か、中等部の二年に進級してすぐのことだったと思う。

 先月の旧学生寮の一件の後必死にテスト対策をしたので、俺、リカルド・キスリングは無事そこそこの成績で学年を一つ上げることが出来た。

 いくつか不満点を挙げるとすれば。あの一件で俺たちのことが変な風に広がり心霊現象だったりなんだりの噂を振ってくる奴らが増えたことと、ユウコ・カザミが一年間主席を守り切ったことだ。

 アイツマジでいつ勉強してんだよ。俺らがなんやかんややってる時高確率で遭遇すんだぞ。


 入学当初もそれなりに騒がれたが、爵位を持たない市井の出の生徒が主席というのはやはり珍しく教員側も生徒連中も俺とは違う意味で注目している。

 クラスメイトの中には図書室で本を読んでいる姿がミステリアスで良いとか言ってる奴もいた。お前らは知らねぇかもだがアイツ幽霊にランタン投げつける女だぞ。絶対想像してるのと違うからな?


 で、なんで俺がわざわざあの女の話をしたかというと、今まさに同学年の奴らが知らないであろう顔をカザミが俺たちの前で晒しているからだ。


「随分と面白いことになっていたのね」


 何なのお前、俺の小心者っぷり知ってるだろ? なんでそうビビらせるようなことすんの? 本当にこの女無理だわ。

 ニヤニヤ含み笑いしやがって、いったい何だって言うんだ。


 事の起こりは先週末。

 アンリエットが女子寮の近くにある坑道について調べるのに付いて来てほしいと言いだしたのが発端だ。

 なんでも「近くに幽霊が出るだなんて、私恐ろしいですわ」と参加したサロンでご友人方から仰せつかったらしい。

 男同士でも大概面倒はあるが、令嬢同士のやり取りも中々大変そうだ。それにアイツの家は男爵家で、爵位持ちの貴族の中では一番低い位だし色々気苦労もあるんだろう。


 言外に何とかして来いと脅されて泣きついてきたアンリエットにまぁそれはしょうがないと、渋々俺とヒューバートの三人で噂の坑道に行ってきたのが三日前のこと。

 結論から言うと噂の坑道を何度か往復したものの何も起こらず、証明のため用意した映像記録装置をもって無事アンリエットは仰せつかった任務を遂行して見せた。

 無事ご友人方に納得してもらい一件落着。後日改めて件の映像記録装置を持ち主であったヒューバートに返却しているところカザミが表れ、先ほどの発言に至った。


「一緒に行けなくて残念だわ」

「何か変なものが映ってたの?」


 元は遠見の魔術を応用して作られたその装置にはめ込まれた水晶を見てカザミが笑う。

 水晶に映っていた映像に、特におかしなところはなかったはずだ。第一坑道内を歩いている時もないもなかったし、俺たちやアンリエットのご友人の方でも何回も見直しており、何か映っていたのなら誰かしらが気付くはずだろう。


「もう一度再生お願いできる?」

「ああ、それは構わないが」


 俺たちは何も気付かなかったんだからそこで終わらせてしまえばいいものの、どうしてこの女は目ざとく見たくない物を見つけてくるんだ。

 いっそのこと見るたびに映像の内容が変わっていれば、恐怖心を理由に早く映像を消してしまえと言い切れたのものを。


 ヒューバートが律儀に映像を最初から再生する。

 映像自体は本当に大したこともなく、俺たち三人があれやこれやと話をしつつ、時々反響した自分たちの足音や風の音に驚きながら坑道を通り抜けるという十分程度の短いもの。


 映像の中ではアンリエットとヒューバートが坑道の外観を映しながらどんな噂があるのかを話している。

 女子寮の裏口から市街地へ向かうための使用人の抜け道とされるこの坑道ではどこかの令嬢にいびられ世を儚んだメイドの霊が出るのだとか。

 嘘か真か。女のうめき声を聞いたとか、坑道の中腹で恨めしそうにこちらを睨む女を見た、という噂が後を絶たないという。


 よくある怪談話だ。実際こういった話はどこにでもあるし、そもそも学園都市で人死にが出たら色々問題になるんだから、根拠のない噂だろう。

 まぁ坑道自体が古くジメジメしてる上、近くに新しい道路が出来人通り少ないことから誰かが悪戯に根も葉もない噂を流したんだろう。何もなかったけど、確かに雰囲気だけは最高に何かありそうだった。


「ここ。止めてくれる?」


 カザミが静止を求めたのは映像が始まって二、三分といった所だった。

 坑道の噂を一通り説明し終わったばかりでまだ中にも入っていない。何回か見たが何もなかった。さっき見たのだって、変化があったわけでもなかったはずだ。


「ここに何かあるの?」

「ちょっと気になってね」


 おっかなびっくりした声でアンリエットが尋ねるがカザミは相変わらずだ。

 こういったことに興味はあるが恐怖心はきちんと備わっているらしく少し青い顔をしている。怖いなら首を突っ込まなければいのに、もうちょっと好奇心を押えなさいよ。


 ゴテゴテした機械の中央に鎮座する水晶には坑道の入り口横に設置されていた鉄製のプレートが映し出されている。

 この坑道の名称や全長、いつ出来たものなのかが記されているそれに特に変わった事は無いように思えた。


「何が気になるんだよ」

「映像の長さは十分だけど坑道の中を歩いてるのはその半分以下よね?」


 めちゃくちゃ楽しそうな顔に腹が立った。

 多分これが二つ目のヒントだ。坑道の中にいた時間は五分程度。そしてもう一つのヒントはこの水晶に移されている映像にあるということだろうか。


「あぁ、なるほど?」

「気が付いた?」

「おかしいな、これ。うん、これは間違いなくおかしい」


 水晶を見ていたヒューバートが納得したように渋い顔で呟く。

 どうやら本当に映像の中では、当日の俺たちが気付くことの出来なかった何かしらが起こっているらしい。


 正直俺には何がどうおかしいのかもわからない。

 水晶には別段変な物は映っていない。デカデカと映っている鉄製のプレートは長年の風雨に晒され青錆に覆われているが浮かし彫りで誂えられているおかげで文字はしっかりと読める。

 そこに大きく書かれているは坑道の名称と、その下に添えられた950mという数字。これは坑道の長さだろうか。

 未だに意味が分からず首を傾げる俺とアンリエットにヒューバートがその数字の方を指差した。


「速度計算の数式を覚えているか?」


 速度と時間と距離をそれぞれ乗法あるいは除法で求められる計算式だ。

 昔家庭教師に教わったが、正直普通に暮らしていく上ではあまり使わないので言われるまで存在すら忘れていた。

 しかしまぁなんで今そんな計算式が出てくるんだと思いながらも、大人しく次の言葉を待つ。


「人の歩く早さってね、1分で約80mと言われているの」


 カザミの補填した情報を元に単純に計算しても距離÷時間であの坑道を通り抜けるだけで大体十分近く時間を要する。動画の長さは十分、でも坑道の中にいた時間は四、五分程だ。すでに計算が合わない。

 確かにこれはおかしい。何もなかった筈の映像の中に通常ではちょっと説明出来ない事がしっかりと起こっていた。


「あの時俺たちはかなりゆっくり歩いてたよな」


 渋い顔をしたヒューバートに頷きながら映像を思い出す。主に俺が散々何か出るんじゃないかと騒ぎながら、恐る恐る進んでいた。

 つーか、今思ったけど一番ビビってる俺がなんで先陣切らされてるの? この映像。そっちもおかしくね? もしかしてこいつら鬼なの?


 一度は心霊現象もそれの元になるような事実もなかったと納得した後の巻き返しに思わずアンリエットと二人で渋い表情で顔を見合わせた。直接的にも関節的にも害はなく、妙な気持ち悪さだけが残る。

 これならいっその事何か幽霊でも出て来てくれた方がスッキリした。


「ね? 面白い事になってるって言ったでしょう?」


 ね? じゃねぇんだわ。全くもって面白くない。

 このなんとも言えないモヤモヤをどうしろって言うんだ。

 アンリエットの方もそうだが、この数日で各方面にあの坑道には何もなかったと触れ回った後だぞ。

 別に悪戯に噂を広げたい訳じゃないが、得体の知れない気持ち悪さをどこで発散すればいいんだよ。


 なんとも微妙な表情で映像記録装置にはめ込まれた水晶を見る俺たちを尻目に笑うカザミは相変わらずだ。

 そんな女を他所にこのなんとも言えない気味悪さだけを残した今回の一件は後に坑道事件と呼ばれ、俺たちの間で長く語り継がれることとなる。

 尚、この映像はしばらくヒューバートによって保存されていたが、あまりいい気のしない物だったので全員の同意の上で削除することにした。


 そしてアンリエットはというと。あの後学園の図書館を利用してもう一度あの坑道について調べたが、結局事件らしい事件もなく、噂の元となった様な出来事らしきものも見つけられず。坑道の真相は今も闇の中なのである。


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