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Case.04 るるー2


「よっ」


 その人はいつも突然現れる。

 へらりと笑って手を上げた男は、部屋主の許可など取りもせずいつの間にか入り込んで寛いでいた。いったいどこから入ったのやら、どうせ窓とか言うんだろうなぁ。


「久しぶり、兄さん」

「おう。久しぶり」


 前回会ったのは中等部に入学してすぐだから、かれこれ四年ぶりの再会になる。

 言いたいことや聞きたいことというのは山ほどあるはずなのだが、いざ顔を合わせたらあれこれ聞くのも野暮な気がして来た。

 家にいた頃も大雑把で適当な人ではあったが、誰かが傷つくようなことはしない人だった。だからこの人なりに考えて言わなかったのかもしれない。

 あの時から色々と心境の変化というやつも俺なりにあったわけだ。兄があの時言わなかったことは宿題として受け取っておこう。


 前回と同じく教授に手引きしてもらって学園都市に来たらしいが、出来れば手紙の一つでも家に送ってくれ。

 皆出ていったことに対して怒ってないし気が済んだら帰ってくればいいという感じだから。まぁそれはそれとして、俺は詰め込み式で家督を継ぐための勉強をさせられたんですが。

 別に今からでも帰って家を継いでもらって構わないんですけどね、俺は。気ままな次男坊生活に戻らせてくれるのなら。


「で? 今まで何してたの?」

「ああ、それな」


 のそのそとポケットに入れていた石から這い出してきたるるーは、相変わらず兄に懐いている。

 そんなに尻尾が振れるなら俺に対してももうちょっと俺に対しても愛想よくしてくれてもいいんじゃないですかねぇ。もしやコイツ俺のこと全自動餌やり機と見てるんじゃなかろうか。


「魔王に会って来た」


 何言ってんだこの人。

 悪戯っぽい笑いにからかわれているのかとも思ったが、この人も大概振り切れてきているみたいだしなぁ。魔王ってあれでしょ? 西の森に棲んでる魔族の王様。

 今は協定だかなんだかを結んでるからそんなことないけど昔はブイブイ言わせてた歴史の教科書にも載ってる人。

 前回会った時に先祖の知り合いがどうとか言ってた気がするけど、え? 何? 俺んちの先祖って魔王に関係あるの? 隠された力がどうこうとかそういう系?


「美人だったわ」

「魔王って女のなの?」

「今代は男」


 なんだ男か。いや、そうじゃなくて。

 聞けば俺らと縁があるのは先代の魔王らしい。まぁそれは別にどうだっていいんだよ。魔物従えるとか世界征服できる程の力がーとかは興味ないから。でも先代魔王に縁があるならもうちょっとくらい変な奴らとの遭遇率下げられないかな。

 小さい頃に比べれば頻度はマシでも、気軽にヤバイ奴が顔出してくるって可笑しいんだよ。普通に暮らしてれば体験するはずの無いことに遭遇しすぎな気がしてならない。


 ベットに腰掛けるるーを撫でる兄は以前あった時よりも髪が伸び、顔つきも少し大人びていた。縁を作るとか、先祖の知り合いに会いに行くとか、色々言っていたが兄なりに考えることがあったのだろう。

 そもそもこの人がなぜ突然家を飛び出したかの理由も俺は知らないわけなんだが。


「るるーが何なのか、知りたいか?」



 不意に兄と目が合った。

 いつかの様な真剣な声に思わずドキリとする。どうして、いきなりるるーの名前が出てくるのか。今代の魔王に会った話から続いたということは、るるーは魔族に関係する何かのだろうか。

 精霊ではない何かだとは思っていたが、まさかあちら側の関係とは。道理で家や学園都市の蔵書を漁ってもわからないわけだ。


 ちらりと兄の腕にじゃれついているるるーを見やる。

 久しぶりに会えてテンションが上がったのか兄の手のひらに頭を押し付けたり、前足を膝の上に乗せたりとやりたい放題だ。


 これのどこが魔族のあれやこれやに関係するものなんだろう。もう行動が犬だぞ? それ以外の何だって言うんだ。

 確かに見た目はちょっと一般向けはしないさ。目らしきものはないし口は大きく裂けて鋭利な牙やだらりと長い舌が垂れ下がっている。やせ細った体はぬめぬめしていて黒やら緑やら金やらと形容しがたい色に光っている。

 それでも俺にとってこいつはただの気紛れなわんこにしか見えないんだ。呼んでも返事はしないし、しても欠伸くらいだし。細くて長ければ幽霊の腕だって噛み千切って持って帰ろうとするし。

 ……最後のはちょっと凶暴だったかもしれないが、俺にとってのるるーはやっぱり偏食なだけでちょっと変わったわんこに過ぎないんだ。


「なんだっていいよ」


 大きく息を吐きだす。

 そうだ、なんだっていい。魔族だろうが、魔王に類する何かだろうが、俺には関係ない。

 こいつがいつも俺の代わりに危ない物を退けてくれるのは事実だし、何より以前兄さんがるるーはるるーだって言ったんだろう。


「俺にとってはただの大食らいのわんこだよ」


 頭の上に付いた耳の様な小さな突起を震わせこちらを向いた。ぐるぐる鳴くからるるー。我ながら実に安直な名付け方である。

 そろそろと近寄って来たわんこを撫でてやりながら視線を上げる。少しだけ呆れたように笑った兄がいた。


 今までこいつの正体を知らずとも何も困ったことは起きなかった。なら、今まで通りでいいじゃないか。困ったことが起こったらその時に考えよう。

 食べて寝て、時々散歩してを繰り返し満足しているような模範的なわんこなんだ。偏食を極めてはいるが、生きている人間に危害を加えたことはない。いや、一度だけ、出会ってすぐの頃に噛まれたことがあるがそれだって甘噛みの範囲で問題ないはず。

 そりゃあ好き嫌いや機嫌の良し悪しもあるから唸ったりもするけど無駄吠えもしないし、普段は石の中にいるから居住スペースの問題もクリアだ。多少運動不足が気になるが太ってはいないし、むしろ痩せすぎだからもうちょっと食わした方がいいのか……?


 なんだか本当にペットの飼育問題について考えているような気がして来た。だがそれだけ俺がこいつを受け入れているというべきか。初めてるるーとあった時は俺の方が威嚇するために無駄吠えしていたような覚えがある。

 なんだコイツはとか、明らかに普通じゃないとか思っていたはずなのに、気付けばるるーのいない日常は多分もう考えられない。


「まぁ、なんだ。ちゃんとこいつと生きていくよ」


 喉を鳴らす相棒を撫でる。るるーが何で、何を考えて俺の所に来たかなんて正直わからないが、これまでの日常を前にすればそんなこときっと大した問題にならない。今が問題ないなら、あれこれ考えるのは問題が起きた後でいいじゃないか。

 だから、多分大丈夫だ。


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