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Case.03 花の精


 そういえばこんな話をした。

 あれは確か中等部三年の十二月のこと。その日は良く晴れていて、自習室の窓からも気持ちのいい日差しがさしこんでいた。大した用事もなくだらだらと時間を潰していると手慰みにと、ヒューバートが自身の婚約者殿の話をしてくれたのがことの始まりである。

 放課後の自習室、男二人で始めるのが恋バナかと言われれば些か気恥ずかしいが、女性陣二人は用事があると早々に帰宅しているので気にしないことにする。


「リズの家の庭に古い木があるんだが」


 ふと思い出したように呟かれたそれに深く考えず相槌を返す。

 半年ほど前縁あってヒューの婚約者殿の家にお邪魔する機会があったが、確かにあの立派な屋敷ならば樹齢を重ねた木の一本ぐらいあったって可笑しくない。あの時は生憎の雨だったが、天気が良ければ庭園の方も案内したかったと言ってくれていた。

 以前招いてもらった時に女性陣が庭園の話でも盛り上がっていたし、きっといい庭師がいるに違いない。特に花や造園に関しての知識があるわけではないが、変なモノに追い立てられて育っても人並みの感性は持っているつもりだ。

 それに庭園に関しては茶会などを仕切る女主人に任せておけば、大体間違いない。下手な口出しをして家庭内不和とか以ての外だ。


「その木には美女が宿っているんだ」

「ほー。お前がそういう話をするのは珍しいな」

「俺の好みはリズだがな」

「それはさっきも聞いた」


 ヒューバートが婚約者殿を非常に好ましく思っていることは先ほどから何度も自慢されているので今は木の話をしてくれ。美女だから気になるとかそういうのではない。むしろ俺としては生きている美女にお目通り願いたい。

 というかだ。木に宿っているという言い方をする時点でそういうことだろ。

 平和な日常を謳歌していたはずなのに、突然オカルトをぶち込んでくるな。お前からそういう話を振られたことにも驚いたが、今まで惚気話だっただろう。どういう流れでそうなったんだ。

 一先ず話の続きを促しつつ居住まいを正す。別にきちんとした姿勢で聞くような話ではないんだろうが、なんとなくというやつだ。


「昔、リズの家に挨拶に通っていたら木の上にいるのを見かけてな。明らかに人では無いものだとわかったが、その美しさに思わず見惚れてしまったよ」


 るるーやアンリエットの所にいる妖精と同じ類だろうか。害がなくそこにいるだけなら放置しても問題はない。

 たまたま波長が合い見えただけ、事実それに遭遇してから何かあったわけでもないなら、美人を見かけてラッキーだった、程度の認識でいいのかもしれない。


 好意的な言い方をすれば、そういう物を見たことがあったから、古井戸の幽霊や例の坑道みたいな不思議体験を前にしてもそこまで取り乱すことがなかったのだと納得するべきか。

 いや、そう解釈すると俺がいつまで経っても慣れないチキン野郎みたいになるから却下だ。あんなもんなれるべきじゃないし、そもそもなれるくらい遭遇したくもない。

 るるーに対してだってなれるまでかなり時間がかかったのにこれ以上変なモノに慣れたくないというのが本音だが、なんとなく手後れになっている気がするのは気のせいだろうか。気のせいだといいな。


「なんで人じゃないってわかったんだよ」

「なんでって……、流石に向こうが透けて見える人間はいないしなぁ」

「そりゃごもっともで」


 幽霊か精霊か。わざわざ確かめるつもりもないが、そういうものは意外と身近にいる。あまり気付きたくもないことだが、事実そうなのだから嫌気がさす。

 人の多い所にはそういうものも自然と集まるとは言えごく自然に紛れ込んでいたりする。何ならふと視線を反らした隙に消えていて、困惑する様をカザミにからかわれたりするのだから勘弁してほしい。


「どことなくリズに似てた気がするよ」


 どうせだったら俺もそんな穏やかな出会いが良かったよ。そしたらまぁ、今ほどビビりにはならなかったと思われる。からりと笑った友人とままならない自分の人生にため息を一つ。

 別に後悔とか、そんなたいそうなものを抱えたことはないが、もう少し生きやすくなればいいのにとは常日頃願って生きている。具体的には変なモノやオカルト染みた事象との遭遇率を下げるとか。

 可能な限り身の危険を感じず慎ましく生きていきたいんだが、ここ数年どうにも俺の理想からは反れていってしまっているからなぁ。

 あれこれ悩んだところで、納得のいく答えが得られるとは限らないものだができる限り平穏無事な人生とやらを歩みたいものだ。この学園にいる限り無理そうなのがとても悲しいが。


 ヒューバートの話に相槌を打ちつつ伸びを一つ。

 相変わらず外は穏やかな日差しが差し込んでいる。願うならこんな毎日を無為に過ごしたいんだが、定期的に変なことに巻き込まれるのは俺が呪われているのか、この学園自体が何かおかしいのか。

 困ったことに可笑しなことが起こる非日常が日常になりかかっていることに俺含めヒューバートたちも危機感を持った方がいいと思う。


 特にこれといった用事もなくだらだらと過ごす放課後は、おおよそ日が傾くまで続く。何事もなければ今日もこのまま男二人で管を巻きながら過ごすことになるだろう。

 まだ日は高い。開け放った窓から風が入り込み、カーテンが揺れた。

 見たこともない美女に思いをはせていたわけではないのだが、どこで咲き誇っているのか、柔らかな花の匂いがした。


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