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Case.18 出会い


 少しだけ昔の話をしよう。

 あれはいくつの時だったか、とにかく俺がるるーと初めて出会った頃。つまりはまだ誰の理解も得られない異形のモノたちに怯えてビービー泣いていた頃の話だ。


 それこそ物心ついた時から視界の端にはよくわからない物が映っていた。それは今にも崩れ落ちそうな黒い靄だったり、明らかに生命活動が不可能な状態で彷徨っている者だったり。兎に角、俺の周りにはそんな人でも魔物でもない存在に溢れていたんだ。

 初めて見えた時のことは全く覚えていないが、それでも日常的に見えている可笑しなモノに対し怯えている記憶で幼い頃の思い出とやらは埋め尽くされている。

 他の誰にも見えていないらしいそれら追い立てられただただ部屋の隅で震えていたことを思えば、随分と成長したように思う。

 そんな泣き虫だった俺を変えたのは、間違いなく四足歩行の犬みたいな何かだった。





 その日も部屋の隅で膝を抱えていた。

 隣には兄や母上が持ってきてくれた本がいくつか積んである。別に家族仲が悪いわけじゃない。けれど正直に話しても理解は得られなかった。すぐそこに何か可笑しなモノがいると言っても、困ったようにわらって「何もいないよ」と皆口をそろえて言う。

 どうやらそれらは俺にしか見えていないようだ。だから最初に外に出るのをやめた。次に古い調度品が飾ってある父の趣味部屋に近付かなくなった。そして最後に、自分の部屋から出れなくなった。


 窓はもうずっと開けていない。カーテンだって閉め切ったままだ。時折二階であるはずの部屋の窓を何かが覗こうとしたり、窓ガラスをノックする音が聞こえるから。

 幸い部屋の中には入って来れないようだから、いつも小さくなって息を潜めてやり過ごしていた。


 そうだ、部屋には入ってこないはずだった。なのに、それはそこにいる。

 その黒い何かはずるりと部屋の角から現れた。本来出入り口などではない何の変哲もない壁紙と壁紙の隙間から、小さな段差でも跨ぐかの様にして目の前に降り立ったのだ。

 意味が分からない。他の奴らは部屋の外からノックをしたり、覗いてきたりはしても部屋の中には入って来なかった。部屋の中にさえいれば安全だと思っていた。


「なんだよ、お前。出てけよ……!」


 せめてこれ以上近付いて来ないように息を詰まらせながら威嚇する。最も、それは精一杯の虚勢など歯牙にもかけず辺りを見回している。

 見たことのない奴だった。四足歩行で尻尾がある。体はすごくやせていて頭と思わしき部分に小さい耳みたいな尖った突起物が付いている。

 見かけは、多分犬に近い。ただ目らしいものがなくて口が裂けていて舌が異様に長く、絶対に犬じゃないと言い切れる。というかあんな犬いてたまるか。


 そいつは一通り部屋の様子を確認すると、ふんすと鼻を鳴らして部屋の中心で膝を折り寛ぎ始めたのだ。いや帰れよ。

 あろうことかその犬みたいなのはこの部屋に居座ることにしたらしい。こうなったらもう絶望である。ただでさえ定期的に部屋の外からわけのわからないものがこちらの様子を伺ってくるのに部屋の中までわけのわからないモノの住処にされるなんて。


 その日から奴は我が物顔で部屋に居座るようになり、あろうことか絶対に安全圏であるべきベッドの中にまで潜り込んでくるようになったのである。半ベソかいて威嚇するもどこ吹く風で、欠伸なんぞをする始末。これは由々しき事態だ。

 行動も犬に近いが、これが本物の犬ならどんなに良かったことか。なんだよ、あの体。黒と言えば黒なんだが見方によっては青や緑、金色にも見えるし、何だったらちょっとぬめぬめしている。

 その癖に犬もどきが触れたカーペットやシーツが汚れない辺り、普通じゃない存在だと思い知らされた。


 再三出ていくようにと訴えたが、理解しているのかいないのか。犬もどきとの攻防は何日にも渡り、相変わらずベッドの中央を奪われるという連敗を記録している。

 そんなある日のことだ。非常に恐ろしい事が起こった。正直今度こそ食われるかと思った。いつもの様にベッドを占領していた犬もどきが、人の腕らしきものを咥えているだなんて。

 しかもその腕には見覚えがあった。時々廊下から部屋の様子を覗いて来る奴の腕だ。黒いぶよぶよした質感の頭に枯れ枝みたいに細長い手足をしていたから多分見間違えではないと思う。

 幸いにして生きている人の腕でなかったことを喜べばいいのか、次は自分がこうなる番なのかと怖がればいいのか。兎に角ガリゴリ堅い音を立てながら腕を咀嚼するのをやめて欲しい。


「どうしたんだよそれ」


 恐る恐る犬もどきに問いかけてみれば、余程噛み応えが気に入ったのか咥えていた腕を「やらんぞ」というように隠しながらぐるぐると唸っている。そんなもんいらん。

 このしばらくの間で、少しは犬もどきの生態にも慣れてきて、以前よりも外から聞こえる物音にビビることも減って来たなんて思い始めてきたところだったのに。


 いや、まぁ、確かに? 腕の奴はいつも部屋の中に入りたそうにしていたから助かったと言えば助かったのかもしれない。それはそれとして目の前で食べないで欲しかったけど。

 こいつの意思はどうであれ、周りをうろうろする人ならざるものが一つ減ったことに少しだけ気持ちが軽くなる。今までは増えたら増えたままだったんだ。それをこの犬もどきが減らしてくれた。

 誰かに何かをしてもらったらお礼をしなさい。いささか貴族らしからぬ教えだと小さいながらに思うが、いつも心配ばかりかけている母上の教えだ。こういうところでもきちんと守っておきたい。


「ありがと──いっ」


 噛まれた噛まれた噛まれた! やっぱこいつに食われる!

 酷い奴だ。せっかくこっちから歩み寄ろうと知ったって言うのに。やっぱり人と犬とは分かり合えないんだ!

 噛まれた腕をさすりながら犬もどきを睨みつけると足元に何か堅い物を投げつけられた。こいつ噛んだ上に石まで投げつけやがったぞ。

 早く拾えとばかりに鼻を鳴らす犬もどきに倣いそれを拾う。黒い、変な形の石だ。犬の色と似ていて少しきらきらしている。持っていろと言うことなのか、それっきり犬もどきはこちらに興味をなくし腕をかじる作業に戻ってしまった。頼むから他所でやってくれ。





 後のになって思えばこの時犬もどきが噛むという行動こそが、所謂世界にひっそりと存在する精霊や妖精などが人と執り行う『契約』というやつだったのではと思い至った。

 いや、それにしたってもう少し説明や手心というやつを加えて欲しかった。ガチビビりしてる子供にいきなり噛みつくなどという泣きっ面に蜂な契約を取らないで欲しかった。もちろん今となっては良い思い出、などということにはならないからな。

 それ以来本格的に俺の部屋に居座るようになった犬もどき改め、ぐるぐる唸るからるるーと名付けた大食らいのわんこと俺の奇妙な生活が始まった。


 なんというか、色々あったのだ。

 俺の周りでうろうろしていた今にも崩れ落ちそうな黒い靄だったり、明らかに生命活動が不可能な状態で彷徨っている者だったりを片っ端から食い散らかしてくれた。それでいて食ってやったぞとばかりに見せびらかしてくるのだ。

 こうなってはもう本当に犬にしか見えない。るるーからすればたまたま勝手に餌が集まってくる都合のいい餌場を見つけただけに過ぎないのかもしれないが、それでもいつの間にかコイツに救われた俺がいる。

 だから、るるーは俺にとって最初の希望だ。


 部屋の隅で小さくなることしか出来なかった子供が、コイツが傍にいるのなら大丈夫だと安心できるようになった。他の立派な誰かの様にとはいかないかもしれないが、それでも外に出て、まともなふりをして生きていけるまでにはなったのだ。

 なんというか、回りくどくなってしまったが何が言いたいかというと。るるーが何であれ、俺はコイツを家族みたいなものだと思っている。



一先ずこれで一区切り。

まだ描き切ってない話のネタもあるので、またしばらくしたら第二部として続き書きます。

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