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Case.17 枯れ井戸の霊3


 結論から言えば、脱水症状と一時的な魔力の枯渇による昏迷と診断された。

 旧学生寮からカザミを連れ出して数日。慌ててカザミを医務室に放り込んだ俺たちは教員から取り調べのような状況説明をさせられた。

 最も、俺もヒューバートも靄の男と門のことを誰かに話すことはせず、意識を取り戻したカザミ自身からの証言で隠れて魔術の練習をしていただけということになった。


 あれは一体何だったのか。カザミはあそこで何をしていたのか。

 問いただす気にもなれず、ずるずると過ごしていたらそのままきっかけを失い今に至る。聞くべきか、そのままにしておくべきか。良くないとわかっていながら後回しにしてしまうのは悪い癖だ。


 あれは、あの門は。本当に以前兄が溢していた物だったのだろうか。

 この学園に入学してすぐの頃、ふらりとやって来た兄は意味深に門を抜けようとするなと俺に言いつけて去っていった。その時は見えている地雷に自分から突っ込んで行くわけがないと一蹴した。

 だが、思い返せば返す程かなり重要なことを教えてくれていたように思う。にもかかわらず実際に目の前に現れるまでそれについて俺が思い出すことはなく。

 改めて記憶の彼方へ追いやっていた『異界へ至る門』という存在を正しく理解するのは話を聞いてから約二年後のことだった。


 兄曰く、門はこの世界と異界を繋ぐ綻びの様なものであると言っていた。門の先に続く道は生きている者の行くべき場所ではないとも。

 そんな場所に、そんなものに一体何の用があったというんだ。

 確かにカザミはそういったオカルト染みたことに興味を持っていた。しかしだからと言ってわざと身を危険に晒すような破滅主義の気質ではなかったはずだ。


「あれ? 今帰り?」

「ああ。レポート出すの忘れててな」


 丁度階段を下りた先でアンリエットと合流する。本来なら数日前に提出するつもりだったレポートは、件の取り調べもどきのせいでタイミングを逃し今しがた提出してきたばかりだ。

 特にそれ以上の何かもなく、なんとなく並んで放課後の校舎を歩く。

 この廊下を使っていたということは、アンリエットはいつもの自習室に顔を出したのだろうか。そしてこの時間帯に帰宅するということは、彼女の会いたかった人物はそこにいなかったようだ。


「カザミさん、大丈夫かな……」


 アンリエットには、門のことは話していない。

 意識の無いカザミを保護したことを知らせた時の彼女の取り乱しようは、正直ちょっと見ていて苦しいものがあった。自分のせいだと、自分があの魚顔の男に付きまとわれたからだとずっと嘆いていた。

 そんな彼女に畳みかけるように理外の存在の話を俺がしたくはなかったというだけだ。


 思う所は色々とある魚顔の男を追い払う為に蓋を壊してまで呼び出した枯れ井戸に居た霊はどうなったのか。何故井戸のあった場所に門が現れたのか。どうして井戸の蓋を壊したと俺たちの前で行った時、諦めたように説明を放棄したのか。

 浮かんでは消える疑問を一つずつ拾い上げては呑み込んでいく。全部推測でしかないが、わからないまま放置するよりは幾分かマシだ。


 魚顔の男を追い払う為にカザミは枯れ井戸の霊を呼び出した。そして自分より強い物が来たから魚顔の男は逃げ出した。これと同じ理由で、門が表れたから井戸の霊もいなくなった。

 アイツがそうした理由なんて、きっと特に深いわけじゃないんだろう。そうすることで追い払うことが出来るとわかっていたから。それから。多分、相手がアンリエットだったから。

 アンリエットとカザミは仲が良い。同性ということもあるが、積極的にグループを作って固まろうとしないカザミにアンリエットが良く構っていたという構図ではあるが。そんな相手だから、カザミは門を自分で開けたのではないか。

 深刻そうな顔の友人の隣で俺自身も小さくため息を吐く。


「すぐに良くなるさ」


 旧学生寮で何があったのかを話していないにもかかわらず、白々しいことを言う。確かに意識を取り戻したカザミの顔色は随分と良くなっていたが、それにしてもだ。

 いつか何か取り返しのつかないことをするんじゃないかと思っていたが、まさか本当にやるとは思わなかった。確かにカザミなら大抵のことはどうにかしてしまうんじゃないかという油断もあった。だが実際には今回の様な顛末に。

 カザミは、きっと何度か門を開いている。今回は枯れ井戸の霊から逃れるためだったのかもしれない。でもそれ以前は、靄の男のことを。


 あちら側に迷い込んでしまった靄の男に会うためにカザミは門の向こうへ足繁く通っている。そんなような気がした。

 それはカザミの知らない一面を見たとか、「自分は俗世にはかかわりがありませんので」とでも言いそうな性格の女にもそんな執着があったのかとか。色々と情報が多く頭が痛くなってくる。


「そう、だよね。うん、きっと大丈夫」


 それ以降何を話すでもなく校舎から学生寮へと並んで歩く。いつもはあっという間につく筈の道のりが妙に遠い。

 靄の男はあちらとこちらの狭間の道に、少なくとも姿を保っていられなくなるほどの時間を過ごしていることになるのだ。おそらくもう、人ではないものになってしまっている。

 害意があったようには見えなかった。ただ、今後靄の男がどうなってしまうのかは正確にはわからない。あのまま裏道に存在し続けるのか。それとも、形さえ取れないようになり朽ちて行ってしまうのか。

 碌なものじゃない。言いたいことはわかる。アイツの中には靄の男の付けた傷が今も残っている。だからカザミは門の中にいる男を探し続けるんだ。どんなに止められようと、どんなに手掛かりがなかろうと。その為に知識を身に着けたんだ。


 その結果至ったのが門であり、アイツが魔術を使うのに使っている鍵だ。今になって思えば、兄さんは知っていたのかもしれない。

 そんなことがあるわけがないとは思うのだが、それでも門の話を俺にしたのは兄だ。

 何を知っていて何をしているのかも気になる所だが、考えたところで答えが出るでもないし兄さんのことは一先ず置いておこう。


 門は開いた。その結果どうなる、というのは話していなかったがあの人が中途半端な忠告をするとも思えない。なら中に入らなければ、引きずり込まれなければ大丈夫だと考えていいと思う。

 だったら、あれやこれやと決意を固めたりもしたが俺のやることは今まで通りだ。

 今まで通り危ないことを避けて、極力悪いことはしない。それでいてできる範囲で周りにいる奴らのことも気にかけてやる。

 命なんて一つしかないんだからもっと大事に、うっかりなくさないように取り扱うべきだ。


 大した答えではないものの、一応着地点に落ち着いた思考を仕舞い込んでアンリエットを女子寮まで送り届けてやる。

 きっと大丈夫。アンリエットの言葉を唱えて通いなれた道に一つ、暗い影を落とした。しばらくすれば、またいつもの様に自習室を溜まり場にして実の無い話に花を咲かせることが出来るさ。

 ふと見上げた空は遠くの方からじわじわと朱に染まり始めていて、なんとなくざわついたままの胸の内を宥めすかせるように帰路を急いだ。


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