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Case.12 異界へ至る門


 俺には兄がいる。

 昔から俺の眼に映るわけのわからないモノ達の話を笑うことなく聞いてくれた尊敬すべき兄だ。

 頭も良く学業においても先んじて課程を収め、本来六年かけて行う学士課程を二年短縮して学園を卒業していったその人は、平凡な俺の頭では理解できない「自分探しの旅に出てくる」という謎の呪文を唱えてキスリング家からも羽ばたいていってしまった。


 頼りにしていた兄の出奔に当時の俺は大層驚きはしたがそこから詰め込み式に家長になる為の教育が始まり、寂しいやらなにやらを感じる暇もなくエゲリア学園に入学する年になってしまった。

 突然時期当主として扱われるようになり待遇が変わったことに対して両親に思うことがないのかと言われればちょっと難しい所ではあるが、俺自身随分育てにくい子供だっただろうというのを自覚しているのでトントンということにして欲しい。

 欲を言うのなら、気ままな次男坊でいたかったぐらいだ。


 さて、なぜ突然こんな話をしたかというと。ここ二年程何の音沙汰もなく行方を眩ませていた兄、アーサー・キスリングが俺の寮室のベットの上でわが物顔で寝っ転がって本を読んでいるからだ。

 どういう状況だよこれ。


「……何やってんの兄さん」

「よぉ、久しぶりー」


 間延びした声を上げる兄さんはベットから起きるでもなく軽く手を挙げたまま笑った。

 昔はその人好きのする笑顔に何度も助けられてきたが、流石にもうそれで流されたりはしないぞ。これでも一応泣きみそからは成長したんです。

 突然行方を眩ませておいて何の前触れもなくやって来た兄に対し、不満やら心配やら、言いたいことは色々とあったはずなのだがすっかり気を削がれてしまった。元気そうにしているのだから、まぁいいか。


「久しぶり。どうやって入って来たの?」

「窓。閉めとけよ、不用心だぞ」

「ここ三階なんだけど」


 不用心だったことは認めるが普通に考えて三階の窓から不法侵入してくる身内がいるとは思わないんだよな。


「この前寮の門限破って怒られたところだからこれ以上悪目立ちしたくないんだけど」

「お前入学早々何やってんの」

「ジョンに言いつけるか?」

「早まるな、ジョンに知られると速攻で父上に知られるだろ」


 確かに入学早々やっちまったとは思ったが、のっぴきならない事情があったんだよ。妖精がひっくり返した本棚をそのまま放置して帰る訳にもいかないし四人でせっせと片付けた結果大目玉を食らったわけだ。

 無事復旧できたから良かったもののあの時はどうしようかと思った。本棚は倒れているし本は散乱しているし、案の定翌日は筋肉痛で一日へばっていたのは記憶に新しい。

 知り合いにちょっと入れてくれって頼んだなんて言いながらベットの上から体を起こした兄さんは、昔と変わらない顔で笑っている。髪は少し伸びたみたいで後ろで一つに纏めているが、俺の良く知る兄のままで妙に安心した。

 あまり意識してはいなかったが慣れない環境で緊張していたのかもしれない。すっかり抜けてしまった肩の力にため息を吐きつつ、自分も文机の隣に置いてある椅子に腰を下ろす。


「それで? 本当に何しに来たのさ」

「何って、お前の顔見に来ただけだけど?」


 そういえばこういう人だった。気が向けばどこへでも足を運び、誰かしらと仲良くなって帰ってくる。この人のこういう所が羨ましくもあり、好きなところでもあった。

 引きこもってびーびー泣いている俺の所へ来ては誰それに果実を貰った、どこそこの景色が綺麗だったと外の情報を教えてくれたのも兄さんだ。

 終ぞ俺が見ているモノをこの人が見ることはなかったが、俺の話を聞き、そんな世界もあるのかと寄り添ってくれたことが何よりの救いだった。


「入学おめでとう」

「どうもありがとう」


 少し恥ずかしい気もするが素直に受け取っておく。

 何を目的としているのかは聞いていないが、きっとまだ家に戻ってくるつもりはないんだろう。だったらまぁ、兄の好意を受け取ってやるのも弟としての務めというやつだ。


 普段は俺が呼んでもそっぽを向いていることの方が多いくせに、ポケットの石から勝手に出てきたるるーが尻尾を振りながら歩み寄って行く。お前兄さんに撫でられんの好きだったもんな。

 いや、それはそれとして俺が呼んだ時もちゃんと返事くらいしてくれ。


「お、るるーも元気にしてたかー?」


 ガシガシと強めに撫でられるのが好きなのか嬉しそうに兄に擦り寄っている犬のような何かになんとも言い難い感情を持て余す。飼い主俺なんだけどなぁ。

 というか兄さんも兄さんで慣れすぎだろう。一応このわんこ、妖精や精霊ともすこし違う何かなんだけど。見た目もちょっと万人受けするタイプではないし。


「兄さんはさ、るるーがなんだか知ってる?」

「うん? るるーはるるーだろう? お前の相棒でよく食べるわんこ」


 それはそうなんだが。今一納得いかないんだよな。契約してるはずの俺より懐いている人がいたり言うこと聞かなかったり。俺より兄さんの方がるるーのことわかってるみたいな言い方だし。

 後耳と尻尾と四足歩行だから推定犬って言ってるだけで、本当に犬ではないと思うよ兄さん。確かに俺もよくわんこって呼んでるけどさ。


「うんうん、そうかそうか。なるほどなー」


 通じているかどうかはわからないがるるーと話してる兄を眺めながら一息つく。なんか家にいた頃よりも適当になってるなぁ。

 なんていうかこう、もうちょっと常識というか規範というかの範疇であれこれやっていたと思うんだが、記憶の中よりも全体的に緩くなっている気がする。

 家を出たことで気負わなくて良くなったからと好意的に捉えるべきか、この人にとって家督を継ぐというのはそれ程息苦しい事だったのかと負い目を感じるべきなのか。どちらが正しいのかはわからないが、俺は俺で潰れない程度に緩くやらせてもらうことにしよう。


「なぁリカルド」

「何?」


 るるーの方へ向けていた視線を上げると俺と同じ碧色の目とかち合った。


「門を抜けようとするんじゃないぞ」

「は?」


 そう言った兄さんは真っ直ぐに俺を見ていて少し驚いた。

 というのも、口調こそ柔らかい物言いだったがどことなく有無を言わせない真剣さを感じたからだ。

 勿論。兄が不真面目な人間だなんて思ってもないのだが、あまりにも真剣なその表情にこの人もこんな表情をできるのかと妙に感心した。何せこの人がいつも俺に向ける表情と言えば、さっきるるーに向けていたような柔らかな物ばかりしか覚えがなかったからだ。


「るるーがいるから大丈夫だとは思うが、門を開くな。門を抜けようとするな」

「門って、なんの門だよ」

「んー。あの世とこの世を繋ぐ門、みたいな?」

「誰が開けるか」


 繰り返すように言う兄にため息を吐く。誰がそんな一発アウトな見えてる地雷を踏みたがるんだ。

 曰く、門とはこの世界と異界を繋ぐ世界の綻びの様なものである。曰く、門の奥には道があり誰が作ったかもわからないそれは今も増え続けている。曰く、あそこは生きている者の行くべき所ではない。

 そういったことを至極真面目な顔をして唱えた兄は口角を持ち上げて静かに笑う。諫められているようで居心地が悪いが舐めないでほしい。こちとら根っからのビビりですよ? そんな明らかにやばそうなものに理由もなく近付くわけがないだろう。


「入っても道があるだけですぐにあの世ってわけでもないし、鍵もかかってるはずだから心配ないとは思うけどな」


 二度と開かないようにしっかり南京錠でもかけておいてくれ。

 あそこに居るのはもう形も取れねぇような残留思念だけだ。なんて言いながら表情を崩した兄はさっきと同じ人好きのするような笑みを浮かべていた。


「ま。ヒノクニに行くにはまだ早いさ」


 それは、どういうことだろう。生きている者がいるべきではない場所にある国。死者の国がその先にあるということなのだろうか。

 何にせよ、碌なものじゃないのは分かりきっている。俺に出来るのは門やら道やら鍵やらに近付かないことくらいだ。


「そういうの調べるために家を出たの?」

「これはおまけ。今はある人に会えるように縁を作ってるとこ」


 いつの間にか妙な知識を仕入れているようだが、それがおまけになるって一体どんな人脈築こうとしてるんだよ。

 俺はるるーがいるからまだいいとして、注意している自分が踏み込んで行こうとするのはいかがなものか。知らなければ注意できないことも確かにあるんだろうが、それはそれとして人のことは言えないが兄が変な方向に進みだしたことに一抹の不安を感じるんですが。

 俺が訝しんでいるのがバレたのか兄さんが俺を見てにやりと笑った。


「ご先祖様の知り合い」


 だから誰だよそれ。


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