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Case.10 収集家


「これを届けてほしいの」


 そう言ったのは我らがロゼッタ先輩だった。

 中等部ではヒルダ先輩ともどもテスト対策やその他諸々の件についてお世話になって来たし、恐らく高等部でもお世話になる気がしている。

 だから、という訳ではないが渡された何かを受け取りながらつい反射的に頷いてしまった。いや、別に断る理由もないし届けるだけならいくらでも受けるのだが。

 物腰はとても柔らかく美人なんだがこう有無を言わせぬ力強さがあるというかなんというか。商家の娘というだけあって頭の回転もいいし流行にも敏感なんだが色々逞しい性格をしていらっしゃる。


「なんですか? これ」


 受け取った何かに視線を落とせば古びた布に包まれた箱のような物があった。元は白く丈夫な布だっただろうそれは薄汚れており所々ほつれてしまっているが、これまた古びた組紐でしっかりと解けないようにまとめられている。

 正直言ってお上品な先輩の持ち物としては不釣り合いなそれに不信感しかない。家の方の取引品だろうか、完全に偏見だがもっとこうお上品なものを高額で売買しているイメージがあったので少し以外だ。


「頼まれていた物なんだけどね、少し外せない用事が出来てしまったのよ」

「はぁ、なんなんですか? これ」


 にこりと笑った先輩に頷きながら手の中で箱を握り込む。少し大きめだが片手で持てる程度の箱だ。重さもさほどない。

 粗末に扱うつもりはないが割れ物なら注意が必要になるから年のため聞いておく。


「ミイラよ」

「は?」


 ミイラ、ミイラ。……ってあのミイラだよなぁ?

 理解するのに一瞬時間を要したが何とか呑み込む。思っていた物とは全く別方向の物を取引していることに若干引きつつロゼッタ先輩を見つめ返す。

 相変わらず綺麗な人だ。


「そういう物を集めている人もいるの」


 俺の知らない世界に生きて居る人もいるんだなぁ。


「いつもの溜まり場を探しているんでしょう? 話は付けて置いてあげたから」

「それは有り難いんですが……」


 確かにそれは探していた。

 中等部とは違い高等部では自習室の数も多いがその分利用者もそれなりにいて、正しい方法で利用している生徒の前でだらだらとするのは流石に憚られる。自習室に入り浸ってはいたがまともに勉学に励んでいたのは試験前くらいなものだ。

 元々勉強自体あまり得意な方ではないし、可能な限り努力もしたくない自堕落な性格なのでその辺りは許してほしい。


「それじゃあ、よろしくね」


 必要なことだけ説明して颯爽と去っていく先輩を見送る。俺このミイラ運ぶのかぁ。大丈夫? 呪われたりしない?

 呪術系の授業は選択科目だったからとってねぇんだよな。身を守れるなら充分だしそこまで魔術についてそこまで興味もなかったし。

 というか学園に入ってから気が付いたんだが、幽霊って魔術聞かねぇんだな……。いや、幽霊を模した魔物だったりは魔術が通るというのは聞いたことがあるが、本物に対しては一部を除き悲しいかな効果がない。幸いにしてその一部の魔術をカザミが使えるわけだが。

 今一度掌に納まったブツに視線を落とす。……巻き込むか。





「それでそのミイラの入った箱というのがコレか」

「おう」


 はい。残念なお知らせです。学費関係の用事でカザミは教員に呼び出されていていませんでした。アイツいつもこういう時いないよな。

 まぁ特待生として成績を維持することで学費を免除してもらっているらしいので流石に仕方がないと今回は諦めた。

 巻き込もうとしていた俺が言えることじゃないんだが、ヒューバートとアンリエットは付き合ってくれるらしいのでこの際二人には俺の精神安定剤になってもらうことにする。


「誰に届ければいいの?」

「ミハイル教授って言ってたな」

「確か……選択科目の教授だったか、」


 高等部入学前に送られてきた選択科目の資料で名前だけ見た覚えがある。やたら長い名前の隣国から招かれた教師だったと思う。歴史文化系の授業で眠くなりそうだったから選択しなかったんだが、まさかこんなことで関わるとはおもわないだろ。

 ミイラが入っているらしい箱は揺れればからからと乾いた音がする。本当にこういう物を集めている人もいるんだなぁ。

 改めて知らない世界を実感しつつ、件の教授がいるという研究室へと向かう。


「ここ、だよなぁ……?」

「多分」


 別館塔の一番端の隅にあるその研究室はかろうじてプレートが出ているが、廊下側の窓は荷物が積まれ一見して物置の様にも思える。

 事前にロゼッタ先輩から聞いていた研究室は本校舎ではなく別館塔にあり、向かうには三階にある渡り廊下を利用した上で一回に降らなくてはならない。

 上がったり下がったりと面倒な位置にあるが、噂の教授とやらは一体どんな人物なのか。その辺りは全く話して貰えなかったが、ミイラをご所望なのだから充分変わった人物なんだろう。


「失礼します」


 あまり気は進まないが扉を数回ノックして声を掛ければ男の声で入室を促される。一度だけヒューバートとアンリエットを振り返ってから対して重く来ない扉を慎重に開け放つ。

 入り口側には背の高い棚がいくつか立ち並んでおり圧迫感がある。整理されているようではあるが、どことなく埃っぽく感じるのは骨董品に交じって古い書物も積まれているからだろうか。

 それなりに奥行きがあるらしく通路状に並べられた棚の隙間を抜けると少しだけ開けた一角に出た。おそらく応接用だろうか、革張りのソファに挟まれたローテーブルには何かの紙の束や本が乱雑に積まれている。その奥に置かれたデスクに男はいた。


「ああ、すまないね。今日はレポートの提出日だったかい? その辺りに適当に置いておいてくれ」

「いえ、そうではなくて……」


 手が離せないと言った男は、ローテーブルよりもはるかに物が散乱するデスクを前に本を読みながらこちらに向けてひらひらと手を振る。この男が、先輩の言っていたミハイル教授なんだろう。

 ちらりと紫の眼がこちらを見た。色素が薄いせいか少し不健康そうに見える男は俺たちを見つけると、ゆるゆると人好きのする表情を作って見せた。


「うん? おや。新入生かい?」

「ロゼッタ先輩から教授にこれを届けるようにと預かってきました」

「ああ、君たちが彼女の言っていた子たちか。お使いありがとう」


 手元から離れていった曰くありそうなアイテムにほっとしつつ簡単に事情を説明し、ミイラの箱を差し出せばいそいそと近寄ってきて嬉しそうに受け取った。そんなにミイラが欲しかったのか。いや、まぁ個人の趣味をとやかく言うつもりはないんだが。


「たまり場を探しているんだって? ここなんてどうだい? ちょっと物が多いが時々掃除とお使いを頼まれてくれるなら自由に出入りしてくれておーけー」


 へらりと笑った男を見つめ返す。申し出は有り難いがどうするか、ロゼッタ先輩の知り合いなら悪い人では無いと思うがミイラを欲しがった人なんだよなぁ。今のところこの人を判断できる要素がその二つしかないので何とも答えがたい。

 この研究室自体も圧迫感があるのは入り口側だけで部屋の奥に行けば採光のためか窓の周りには背の低い棚が並ぶだけで、いくつか毒々しい配色の花瓶や妙にデカい南京錠を掛けられたケースに入っている仮面があるくらいだ。

 ……本当にここ大丈夫か?


「もう一つ聞いてもいいですか?」


 一応挙手すれば、いかにも教員らしく掌をこちらに向けながら質問を促される。どうやら答えてはくれるらしい。


「その箱の中身、ミイラって聞いたんですけど」

「興味ある?」

「いや、興味って言うか……」

「でもダメ。見せてあげない」


 なんだコイツ。


「これはね六本指の腕のミイラなんだけどね。願いを六回まで叶えてくれる代わりに所有者を呪っちゃうらしいよ」


 箱をからから振りながら男は笑う。笑い事じゃないんだが。

 ミイラとは聞いていたが本当に曰くがあるなんて聞いてない。というか先輩も先輩でなんて物を運ばせるんだ、そういうの本当にやめて欲しい。

 大体何なんだ願いを叶えるミイラって。指折り数えて願いを叶えてくれるのか。セコいこというと五回までしか願ってないからセーフって言い始める奴とか出てこない?


「危なくないですか?それ」

「一応封印? されてるから大丈夫だよ、きっと。まぁそういう理由で見せては上げられないんだけどね」


 へらへらと楽しそうに受け取った箱を多方向から覗くように観察して教授は笑った。正直言って何が大丈夫なのか全くわからないが、実害はないようにはされているらしいのでミイラのことは保留にする。

 さてどこに飾ろうか、なんて機嫌良くレイアウトを考えているこの教授は可笑しな人種であっても、悪い人では無いのではなかろうか。

 最も、悪気がなくてもやらかす人種というのは一定数いるのでそこまで過信しすぎるのも良くないんだが。


「この研究室は自由に出入りしてくれてかまわないよ」


 レイアウトが決まったのか棚に並ぶあれやこれやを少しずつ移動させながら背中越しに教授が声を上げた。ここまで付き合わせたヒューバートとアンリエットを伺い見れば、二人共なんとも言い難い反応を示している。ロケーションは微妙だが、悪い条件でもない。

 交渉の真似事をして持ち帰って検討してもいいが、どうせ今は不在のカザミに話を振った所でアイツは面倒がって「いいんじゃないか」としか言わない気もする。

 しばらく見合ってから誰ともなく頷くと、改めて教授に向き直る。


「ようこそ。僕の研究室へ」


 振り返った男が自分の城に招待した城主のように誇らしげに笑った。

 こうして俺たちは学園生活における残り三年間の溜まり場を手に入れたのである。


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