カエルの歌はママから/2
あの日から、澄藍の心は豊かさで埋め尽くされていっていた。自分を頼りにしてくれる存在がいるとは、こんなに素敵なものなのかと彼女は思った。
学校での話を聞いたり、遊びにきた子供の友達に、冷蔵庫や洗濯機を得意げに説明する我が子の後ろ姿を見て、微笑ましくなったり、充実した日々を送っていた。
そんなある日、洗濯物を畳んでいると、いつも通り子供が遠くから走ってきた。
「ママ〜!」
「は〜い!」
兄弟は多く、顔もよく似ていて見分けが難しいが、澄藍には雰囲気で誰だがよくわかっていた。お菓子を食べながら、話の続きを得意げに答える我が子。
「今日ね、学校で『カエルの歌』をみんなに教えたよ」
「え……?」
しかし、出てきた内容に、澄藍は手にしていたタオルを思わず畳の上に落とした。
*
時間は少し巻き戻って、その日の姫ノ館、初等部。
休み時間が終わると、待っていましたとばかりに、あちこちの教室から子供たちが出てきて、横一列に並び、最初の子が大きく息を吸って童謡を歌い出した。
「♪カエルの歌が……♪」
一小節遅れで、次の子供が歌う。
「♪カエルの歌が……♪」
知らない子が思わず立ち止まって、面白そうな遊びを眺める。そして、次の子供が歌う。
「♪カエルの歌が……♪」
自分の席に座っている他の子供たちが手招きされたり、歌を聞いて廊下へ出てきて、次の子がまた歌う。
「♪カエルの歌が……♪」
終わりそうになったが、一番最初に歌った子が、列の最後尾に並ぶを繰り返し始め、どこまでも童謡が校舎中に響いてゆく。
子供心をがっちりとキャッチした童謡は、たった一日で初等部の生徒全員に知れ渡り、今や授業中を省いて、カエルだらけとなっていた。
窓の外からも廊下からも、さざ波のように押し寄せてくる生徒たちの歌声を聞きながら、先生たちは頭を悩ませていた。
「どうしたんでしょうか?」
「困りましたね。生徒同士に広まってしまったみたいで……」
「何という歌なのでしょう?」
ヤギの女性が先生たちを見渡したが、全員首を横に振った。
「聞いたこともありませんね」
単純だからこそ脳にこびりつく印象的な曲を、音楽教師は専門的に説明をする。
「曲目はわかりませんが、このような曲調は輪唱というんです。初めの人が歌い、何拍か遅れで、次の人が歌い出せるように、曲が作られているんです」
「生徒数が兆を超える学校で生徒が歌うと大変なことになると、親御さんは気づかなかったのでしょうか?」
ここまでくるとさざ波ではなく、爆音と言っても過言ではなかった。
「生徒が気に入ってると思うと、禁止するわけにもいきませんし……」
生徒の自主性を重んじる姫ノ館。授業中に歌ったや、誰かが困るというのなら、何らかの対処をするのだが、子供が楽しんでいるものはどうすることもできない。
そこへ、凛とした澄んだ女性的でありながら男の声が響き渡った。
「出どころは先ほど突き止めましたよ」
「月主命先生、さすがです。どちらですか?」
誰に教わったのかを聞くことを繰り返していき、
「地球に分身を置く親御さんからだそうです」
先生たちは盛大なため息を職員室につもらせた。
「はぁ〜、別次元から歌を持ち込んできてしまった〜」
注意のしようがなかった。守護をしている神さまなら、人間界にも手の出しようがあったが、ここにいるのは全員、小学校教諭であって、守護神ではない。たとえ相手は人間であったとしても、親子関係がそこにある以上、家庭での会話とみなすしかなく、
「収まるまで待つしかありませんね」
「そうですね」
閉口した教師たちとは正反対に、神がかりな造りの校舎に、子供たちのカエルの歌がどこまでもどこまでも続いていた。




