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最後の恋は神さまとでしたR  作者: 明智 颯茄
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カエルの歌はママから/1

 畳んだ洗濯物をタンスにしまいながら、今は澄藍と言っていいかわからない人間の女がボソボソとつぶやいていた。


「あぁ、最近、一日のうちに何度も魂が入れ替わる。サイクルが短すぎて、好きな食べ物も追いつかない」


 一人きりの悩み。人は見た目で判断しているからこそ、誰にも知られることなく、彼女は目まぐるしい日々を送っていた。最後の洗濯物をしまって、タンスの引き出しを勢いよく閉める。


「しかも、魂を磨くために入ってくるから、厄落としばかりだ」


 ぼうっとする時間がほしいと人間の女は思った。霊感を持つ前の、一日の終わりを味わいながら洗濯物を畳む幸せをひどく懐かしむ。


 冬の儚い西陽が入り込む部屋へ振り返ろうとした時、コウの声が突然響き渡った。


「よし! その厄落としが何か答えろ」


 専門用語が出てきたが、女は気にすることなく、今求められている定義をきちんと説明する。


「いいことがある前には、厄落としという辛いことや苦しいことが起きる。これが世の常である」

「そうだ。いいか? これは絶対にさけられない。神でもさけられないことだ」

「そうだよね。だから、受け止めるしかない」


 女はうんうんとうなずいた。しかし、人間というものは視野が狭く、大変なのはこの物質界にいる者だけで、霊界や神界は違うと信じて疑わなかった。ちょっとしたことで、あっという間に道が開ける。いわゆる理想郷。


 人生を甘く見ている者は、自分が一番大変だと思い込んで、現実から目を背ける傾向が強い。コウはそう思いながらタンスの上に腰掛け、人間に女に神の教えを説く。


「知ってるか? こんな話がある。幸せという山と悲しみという谷があった。悲しみはいらないから、谷を一生懸命埋めていた。気づいたら、幸せの山も悲しみの谷もなくなり、平らになっていた。悲しみがあるから、幸せだと感じるんだ」

「いいことばかりじゃ、いつかそれが普通になるよね。おいしいものを食べ続けるのと一緒だ」


 そうは言いつつも、女は心の奥底で、悲しみの谷はいらないと願ってやまない。幸せと普通だけでいい。


 室内で風もないのに、コウの銀色をした髪はさらさらと揺れた。


「それに耐えたお前に、朗報だ」

「え?」


 いつの間にか視線が畳に落ちていたことに気づいて、女はタンスを見上げた。


「また、澄藍に戻るぞ」

「そうか、よかった」


 肉体と魂が合っていない違和感からくる苦痛も、いつしか慣れてしまって、冷静な彼女を肉体も認め、帰還を感嘆するほどまでになっていた。


「それから、お前の子供もくるようになるからな。しっかり母親として話せよ」

「子供……?」


 ずいぶん現実離れした話をされて、人から見たら一人きりの部屋で、澄藍はコウがいる宙をじっと見つめた。


「じゃあな」


 赤と青のくりっとした瞳は珍しく笑みをもらして、すうっと消え去った。澄藍は急に力が抜けたように、西陽が入り込む畳の上に座り込む。誰もいない部屋で、現実の厳しさの前に心が立ち尽くす。


 ――この世界には自分の子供はいない。それは、配偶者にこう言われたからだ。


「あなたみたいな人に育てられたら、子供がかわいそうだ」


 確かにそうだと思う。


 自分はひどく落ち込んだり、ものすごくテンションが高くてスキップしてはしゃいだりする。もう三十歳も過ぎたのに。どこか子供っぽい。


 昔親からも、喜怒哀楽が激しいってよく言われていた。


 それを直そうと、本を読んだりして実行したけど、気づくと落ち込んでて、気づくと笑いが止まらなほど楽しくて……。


 それって、自分の性格が欠如してるんだと思う。だから、子供は作らないって決めてた。


「――ママ〜!」


 澄藍は幼い声で我に返り、いつの間にか服の裾を指先でいじっていたが、うつむいていた顔を上げ、


「は〜い!」


 自分へ向かって走ってくる小さな子供を珍しく微笑んで出迎える。涙があふれるほどの幸せに包まれ、霊界で両手を広げた。

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