表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最後の恋は神さまとでしたR  作者: 明智 颯茄
74/244

死んでも治らないお互いに/4

 張飛がどんなレベルで物事を見ているのか、孔明の精巧な頭脳に記録されてゆく。


「何をやるか考えてるの?」

「いや、まだっす。ただ別の宇宙に行ってみたいっすよ」

「首都があるこの宇宙じゃなくて?」


 今見上げている夜空に浮かぶ、星たちよりももっと遠くの場所。自分たちが瞬間移動できる範囲を越した、まったく別の宇宙。


「そうっす。他の宇宙は価値観が違うって話を聞いたっすから、そこで自分に新しい何かを見つけられるんじゃないかって思ったっす」


 孔明は飲み終えた湯飲みをベンチに置いて、大雑把な親友に一言言ってやった。


「また闇雲な話だね」

「違うっす。前向きっす」


 張飛も負けていなかった。膝の上で頬杖をついた孔明の唇から、白い息が上がる。


「まっ、張飛の人生だからね、張飛が行きたい場所に行って、やりたいことをすればいいんだよ。それが張飛の幸せなんだからさ」

「まだ先の話っすけどね、別の宇宙に行くのは。霊界ではずっと会えなかったっすけど、これからはいつでも会えるっす」


 全てを覚えている精巧な頭脳だからこそ、忘れたくても忘れられない。数々の戦地で今そばにいる人が必死で戦っていた姿が、ひとつひとつ思い出される。


「あのあとどうしたかって、時々思い出してたよ」


 生者必滅しょうじゃひつめつの言葉通り、死を迎えて戻ってきた世界。霊層という壁で阻まれ、会うことも見ることも叶わなかった。お互いの姿に化けた邪神界の人間はそばにくれども、本物は一度もこなかった。これなかった。


「そうすか。孔明は優しいっすね」


 張飛は両手で膝を何度もさすって、照れた顔で星空を見上げていた。そこへ、孔明がもう一度ボソッと付け加える。


「張飛みたいにお人好しじゃないよ」


 この世界にいる誰よりも、お互いを知っている相手。それが新たな絆となって、彼らは他の神々に紛れてゆくのだ。


    *


 千切りにしたニンジンに衣をつけて、高温に熱した油の中にそうっと落とした。天ぷらの揚がる鈍い音が乱雑な台所に響く。


「張飛さん……?」


 コウから名前を聞いた澄藍は、揚げたそばから食べていってしまう彼が、もぐもぐと口を動かすだけで、何も返してこないものだから、彼女は冷たい視線を投げかけた。


「で?」


 澄藍に負けず劣らず、コウは吹雪いているような冷たい目線を送り返してくる。


「何だ? その目は」

「どのゲームソフトにモデルで出てるのかな?」


 イケメンばかりの神様たち。見た目も性格の説明も受けていない、乙女ゲーム三昧の三十路女に、コウはピシャリと言った。


「張飛が恋愛シミレーションゲームに出るわけがないだろう!」

「え? じゃあ、買わなかった、人をバッサバサ切るゲームにしか出てないってこと?」


 油の音が高くなり、澄藍は焦げないうちに、ニンジンの天ぷらをキッチンペーパーの上に移した。


 くりっとした赤と青の瞳はそれを鋭く捉えながら、珍しく憤慨した。


「当たり前だ! だから、買えって言ったんだ!」


 大人の神さまを見るという鍛錬をしているのに、情報源を逃してしまい、澄藍はナスに衣をつけながら、ため息をついた。


「はぁ〜。それは自業自得だから、名前だけでも控えておこう」


 揚げたてのニンジンの天ぷらをさくっと噛み砕いて、コウは偉そうにふんぞり返る。


「そんな反省したお前に朗報だ」

「何?」


 また油のパチパチという音が弾け出し、換気扇に煙とともに吸い込まれてゆく。


「今はまだ発売されてないが、張飛がモデルで出てる恋愛シミレーションゲームが後日発売される!」

「よし、それは買おう!」


 見た目や性格がわかっていたほうが、霊視するには断然有利なのだ。天からスポットライトが差して、祝福の鐘が鳴った気がして、澄藍は目をとろけさせた。しかし、コウがしっかり地へ下ろした。


「ただし、パソコンゲームだ」


 思わず動かした菜箸を伝って、衣がシンクの上にクリーム色の線を描いた。人間の女は頭に手を当てて、表情を曇らせる。


「いや〜! 私のパソコンは肩身が狭い、マッキントッシュなんですけど……。発売されない!」

「テレビゲーム版が出るまで待て」


 全部出るとは限らないが、神威が効いたものはどれも大ヒット作品ばかりだから、出るのは間違いない。いや、神さまのコウが言うのなら間違いない。しかし、全てを記憶していない女は、かき揚げの材料をボールに入れて混ぜながら、


「それまでには忘れてしまいそうだ」


 ボソッとつぶやいて、夕飯の支度はまだまだ続いてゆくのだった。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ