死んでも治らないお互いに/2
一瞬のブラックアウトのあと、中庭の立派な噴水のせせらぎが聞こえてきた。外のひんやりした空気が頬をなでる。人々から瞬間移動をしてきたふたりは、雪もやんだベンチに腰掛けていた。
「まぁ、そんなことより、あのあとどうしてたっすか?」
張飛が大量に取った料理が、所狭しと並べられていて、ふたりで星空と都会の摩天楼を眺めながら、昔話に花を咲かせる。
「張飛って、おかしなこと聞く。霊界にずっといたってことでしょ?」
「そうっすね! ここに孔明でいるってことは、俺っちと一緒で転生しなかったんすね」
生まれ変われば、その人は別の人になる。だからこそ、命というものは尊いのだ。食べ損ねていたラム肉を味わって、孔明は風で揺れた漆黒の髪をかき上げる。
「張飛は自分の力で、神界に上がったの?」
「いや違うっす。陛下に呼び出されたっす。皇帝陛下万歳っす!」
勇猛果敢な武者みたいな男は、綺麗にライトアップされている城を見上げながら、興奮気味に叫んだ。
「いつきたの?」
「ついさっきっす! パーティーがあるからぜひ出席するように言われたっす!」
家族づれやカップルが中庭を行き交い、飲み物を運ぶ人々が会話を壊さないように気を使いつつ、給仕をしている。
世界は穏やかで、木に少しだけ積もっている雪が、もうすぐくるクリスマスとかいう盛大なパーティーを予感させていた。
持ってきた料理は大量で食べても食べても減らず、ふたりのお腹は幸せをともなって満たされてゆく。こんなに静かでゆったりとした食事などしたことがなかった。
本当に世界は新しくなって、再会できたことは大きな歯車のひとつが噛み合ったのかもしれない。いやずっと前からここへとたどり着くようになっていたのかもしれない。悪の導入が神さまたちの実験だったのならなおさらだ。
パーティー会場から楽しげなはしゃぎ声が聞こえてきて、孔明が口を開いた。
「さっきの人誰?」
「山本 勘助っていう日本で軍師やってた人っす」
どっちもどっちだと思いながら、孔明は話を続ける。
「何の話してたの?」
「どっちの国がすごいか意見交換してたっす」
どうやってもそんな雰囲気ではなく、一触即発だった。孔明はため息をつきながら、カラのカクテルグラスを石畳の上に置いた。
「張飛、本当に相変わらず何でも前向きだね。さっきのは意見交換じゃなくて、我のぶつけ合いでしょ? 意見を言う時は、相手が聞くように仕向けてから言わないと、時間の無駄」
豪快に食べていた男は手を止めて、ゴクゴクとビールを煽った。
「孔明も相変わらずっすね。策略ばっかりして、悪戯坊主は死んでも治らなかったんすね」
肉体という器が邪魔をしていて気づかなかった、こんなに話が合うとは。いつも春風みたいな柔らかな雰囲気で、好青年なイメージの孔明は怒りで表情を歪めた。
「そのセリフそのままそっくり返すよ。張飛の我が強いところは、死んでも治らなかったんだね!」
ふたりとも吹き出して笑い、張飛は孔明の肩を力強く叩いた。
「いいっすね。平和ってのは」
「そうだね〜」
小首を傾げると、漆黒の長い髪がベンチからさらっと落ちた。
「こんなふうに話すことなんてなかったす」
「本当になかった……」
孔明が感慨深く言うと、言葉はふと途切れた。パーティー会場から聞こえてくる音楽が背中でひそかに響く。
「…………」
「…………」
孔明と張飛には生まれ変わろうという気持ちなかった。勝算が見出せない。下手をすれば、邪神界だと知らずに魂を売り飛ばして、たくさんの人の心を傷つけたのかもしれない。そう思うと、賢い人ほど、転生はしなかったのだ。
それでも、悪に絶対に負けないと果敢に向かっていって、二度と日の目を見ないことを覚悟で、人々の励みに少しでもなればと、捨身覚悟の人もいた。
転生すれば記憶はもう戻らない。自分のことを相手は忘れてゆく。その中で永遠を生きてきた日々だった。
神でさえも誰もが世界を変えられず、時は過ぎてゆき、人々の心は幸せになることもないのだと思った。
それなのに、今はここに一緒にいて、神様の世界に広がる夜空を見上げている。
「…………」
「…………」
降り出した雪に濡れてもいいのだ。風邪を引くなどと心配する必要もない。思う存分、白い綿を見上げていられる。綺麗だと思えることを、綺麗だと感嘆してもいい。
人の不幸を願う誰かが一人でもいる限り、足したり引いたり。そんなことばかりで、正直な気持ちで相手に心から身を任せたことなどなかった。
冷たいはずの雪さえも、暖かく感じる。聡明な瑠璃紺色の瞳は珍しく涙でにじむ。自分を覚えていてくれた人が、隣にいると思うと、冷静な頭脳も鈍るのだ。
そんな感動している孔明の隣で、張飛はさっきからガツガツと料理や酒を豪快に飲み食いして、まったくもってシリアスシーンが台なしなのだった。
「いや〜! 食べ物マジでうまいっすね! 神界にきてよかったっす!」
孔明は物に瞬間移動をかけて、お気に入りの扇子を手の中へ出し、張飛のおでこを引っ叩いた。
「もう!」
重力十五分の一だからこそ、衝撃がほとんどない神界。張飛はわざと孔明を見ずに、食べ物に夢中になっている振りをした。
「ふ〜ん!」
ゴクリと飲み込んで、張飛は手のひらで口のまわりについた食べ物を適当に拭いて、自分の服になすりつけた。それさえ、汚れにならない世界。
「孔明、仕事はどうするっすか?」




