神が空から降りてきた/4
大きな噴水があるエントランスへやってきて問題に出会した。あの出入り口を出れば、普通の生活が待っている。いきなり神界へきてしまった孔明は家もなければ、家族もいない。知り合いがいたとしても、探す術がない。荷物が何もないのだから。
案内所へ行こうとすると、親切な女性の声が抜群のタイミングで背後からかかった。
「孔明さま?」
「はい?」
振り返ると、クジラの女性が空中に浮かんでいた。神さまが差別などおかしいと思うが、目の当たりにすると、やはり多少は驚くもので、海の生き物だった人たちは空気中でも泳いで移動するのだと、孔明は判断した。
クジラの女性は小型コンピュータを小脇に抱えて、そこで情報を管理しているようだった。
「どなたかご家族などを、今後迎えるご予定はございますか?」
「いいえ、一人です」
孔明は漆黒の長い髪を横へ揺らした。霊界は霊層ごとに住む世界が違う。死ぬ時は一人とよく言うが、本当に一人で暮らしてきたし、元に戻ることが自分も含め生前の親族の幸せにはならないと、客観的に思う。だから、家族はこの先もいない。
地上では人々に狩られたことがあるだろう、クジラの女性は気にした様子もなく、小型コンピュータを慣れた感じで操作した。
「そうですか。それでは、お一人の屋敷をこちらでご用意いたしますが、何かご希望はございますか?」
「そうですか。費用はいくらですか?」
人として当然の質問だったが、クジラの女性はこっちもこっちで当たり前に返した。
「このような状況ですから、当面は城のほうで費用は負担します」
「そうですか」
時間を稼ぐための相づちをついて、神をも唸らせる聡明な頭脳を素早く回転させる。
(それではいつか国も傾く……。それとも、人々の忠誠心を得るため、もしくは、人々の幸せを心から望んでいるため? それでも、勝算がないと……)
城で働いているものである以上、クジラであろうが仕事はテキパキと早く、話がまだ途中の孔明に戸惑い気味に聞いてきた。
「あ、あの……?」
「えぇ」
霊界から神界へやってきて人の世話はもうずいぶん前からしていて、クジラの女性は孔明の心配事をすぐに解決した。
「地上とは違ってですね、経済はお金ではないんです。物々交換が当たり前ですから、費用はあまり気になさらなくても大丈夫ですよ」
「そうですか」
孔明は表情に出さずうなずいたが、彼の心の中では革命が起きた。
(ボクの概念が通じない世界……みたいだ。勉強しがいがある)
クジラの女性がコンピュータの画面をタッチすると、
「こちらの物件はいかがですか?」
ふたりのそばの空中にホログラム式の画像が表示された。しかしそれは、クジラと孔明の両脇を通り過ぎてゆく人々には見えない、高度技術の為せる技だった。
*
綺麗な秋空の下に、孔明が突如現れた。都心から瞬間移動をして、今まさにこれから自宅となる建物の上に浮かんでいた。
「ボクは人が多いところがあまり得意じゃないんだよなあ〜」
地上での古いつくりを再現したのが売りの物件で、木のような素材でできた引き戸を開け、死んでから気づいた薄暗くてもよく見える目で、まっすぐ縁側へ向かって歩いてゆく。
そして、ガラス窓を開け、雨戸を全開にすると、黄金色の尻尾のように揺れるススキ畑が目の前に広がった。
「自然がいっぱいあって、とても住みやすそうだ。遠くに山も見える」
たとえ首都であっても、町全体の景観を崩さないにように、建築業者もデザイナーも国家の部隊も最善を尽くすため、自然を十分楽しめるように、隣の家との感覚が広く取られていた。
街へ買い物に行くにも、交通の便を気にする必要もない。瞬間移動ができるのだから、所要時間ゼロ分でこの宇宙ならどこへでも行ける。
生きていた時のように、両腕で頭の後ろを包み込み、孔明は縁側に仰向けに寝転んだ。足を組んで、浮いているほうをぐるぐると弄ぶ。
「ん〜〜? どうしよう? ボク、仕事何しようかな?」
自然がたくさんなのに、首都らしく別の宇宙へ飛んでゆく飛行船が銀の線を斜め上に向かって引いてゆく。
「やっぱり、理論立てて考えることは好きなんだよね。城で陛下に仕える?」
貴族服を着て、あの城の大きな廊下や謁見の間で忙しく働く人々を思い出した。
「でも、みんな政治手腕に長けてる。何より、陛下が一番長けてて……」
孔明はサッと起き上がって片膝を立てて、城からプレゼントされた扇子で顔を仰いだ。
「統治者が変わると、前の統治者や制度から変わりたくない人も出てくるんだよね。それって不穏分子。それを放置すると、政治がひっくり返されちゃうかも」
神界にも邪神界はあり、五千年も続いたあとの、三年後となると、まだまだ世の中は不安定で、いくら神さまsでも人々の暮らしは混乱することも多少は起きている。
「そうなると、たくさんの人が迷走してしまう可能性が上がる。何の罪もない人が幸せでいられなくなる。ボクはそれが一番起きてほしくない」




