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最後の恋は神さまとでしたR  作者: 明智 颯茄
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気づいた時にはそばにいた/2

 屈託のない笑みをする従兄弟を、夕霧命は引っ張り上げた。神の世界で暮らす人々は小さな子供でも、困っているのなら助けるという精神だった。


「当たり前のことだ。何をしていた?」


 今回の従兄弟の失態は何なのか、単純に気になった。どんな回答を返してくるのか、ただ気になった。


 すると、光命はあっという間に乾いてゆく服の乱れを直しながら、まだ揺れている水面へ振り返った。


「この池のまわりを何歩で歩けるかの平均を取っていた」

「一学期に、学校で教わったやつか?」


 汚れるという概念も現象も起きない神世だからこそ、親にどこで遊んできたのかと叱られることもない。子供の探究心が何かに邪魔されることもなく、実現する世界。


 夕霧命とは違って、光命が勉強熱心なのは知っていたが、他の人と違っているようなのだ。


「そうだ。教わったんだから、僕も何かで試してみたくなったんだ。データが多いほうが正確さは増すだろう? 今で池のまわりを回るのは、百七十八回だったんだが……」

「紙に書くのも大変だ」


 晴れ渡る青空を見上げて、夕霧命はため息をついた。その幼い横顔に、光命は問いかける。


「なぜ、紙に書く必要があるんだい?」


 百七十八回分だ。夕霧命はまだ光命の精巧な頭脳の全てを理解していなかった。


「どういうことだ?」

「覚えているじゃないか」

「覚えている?」


 単純に自分が覚えていることを、光命は従兄弟に教えたかった。ただそれだけ。自慢するとかそういうことではなく、事実は事実だと伝えたかっただけ。


「だってそうだろう? 一回目は十歩で……」


 こうして、夕霧命は従兄弟の頭の中にある、百七十八回分の歩数を聞かされることとなった。その間鳥が空を飛ぼうが、宇宙船が離陸しようが、ふたりにとっては蚊帳の外だった。


「……百七十七回目は、十二歩。途中で池に落ちたから、百七十八回目のデータはまだない。だから、全ての歩数を足し算して、百七十七回で割ると、平均は11.4歩だ」


 長い説明は終わり、夏休みの暑い空気が再び色鮮やかにふたりの間に戻ってきた。夕霧命はたった一言で終わりにした。


「お前は頭がよすぎだ」

「どういうことだい?」


 あごに手を当て、思考時のポーズを取っていた光命は、しかめっ面を解いた。


「普通は覚えていない」


 小さい頃から光命は人と同じだと思っていた。しかし、まわりの人の反応がおかしいとも気づいていた。何か理由があるという可能性があると思っていたが、今日その可能性が八十二パーセントを超えた。


 だから、従兄弟の話も受け入れて、紺の長い髪を縦に揺らし納得した。


「そうか……僕は人と違っているんだな。だから、クラスの他の子たちが不思議そうな顔をしていたんだな」


 光命には感情がある。夕霧命にはないが、従兄弟にはある。小さい頃からを見ていたからわかる。冷静な頭脳で抑えているが、傷ついたりしていると。だから彼は落ち着き払った様子で言葉を添えた。


「それはお前の個性だ。気にすることではない。だが……」

「だが?」

「お前は平均に囚われすぎだ。そんな小さな池を何周も回ったら、目を回して池に落ちる」

「その可能性を導き出せなかったのが、今回の失敗だった」


 何を言っても、従兄弟はどこまでも冷静で、ただただデジタルに次の対策を取るために記録しているだけなのである。


「人は失敗しながら学ぶものだと、先生がいつか言っていた」

「それは、去年の六月一日土曜日、算数の授業の時だ」


 また人より細かく答えてきていた。光命は彼のスピードと方法で失敗を乗り越えてゆくのだろうと、夕霧命は思い、少しだけ目を細め、何も言わず珍しく微笑んだ。


 ひとまずの研究結果に満足して、光命は芝生の上を歩き出した。


「君の意見はいつも参考になる。僕が気づかないことを君は教えてくれる。君が従兄弟で本当によかったよ」


 いつだって従兄弟は他人に感謝をすることを忘れない。神さまを信じていて、その下で光命は生きていて、自分もいるとは思っているが、そこまで信仰しているわけではない。しかし、心地よい言葉だ。夕霧命はゆっくりとあとを追いかける。


「それはこっちのセリフだ。俺が思いもつかないことを、お前はする」

「教会で言ってたんだ」

「説教ってやつか?」


 一緒にいない時のことも、よくお互い話して、知らないことがないほど仲がいい、たった三日しか誕生日が変わらない従兄弟同士。


「そうだ。どんな人間関係にも運命というものあるし、相性というものはある。僕と夕霧に神さまがそれらを与えてくださったから、お互いのすることが相手のためになるのかもしれない」


 この世界は神の慈愛に満ちていて、光命には全てが輝いて見えた。ピアノが好きな音楽肌らしく、美的センスのルネサンスに包まれている従兄弟の紺色をした長い髪を、感情を一切交えない淡々とした生き方をしている、夕霧命はいつものように追いかける。


「お前は何でも難しく考えすぎだ」

「そうかい?」

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