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最後の恋は神さまとでしたR  作者: 明智 颯茄
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従兄弟と仕事/1

 夜空から流れ落ちる光る滝のように、摩天楼がそびえ立っている。ルーフバルコニーでは、よく冷やされたシャンパンが細長いグラスの中で、小さな泡を打ち上げ花火のようにシュワシュワと弾けさせる。


 庭の奥では地平線がはるか遠くで半円を描いていた。ライトアップされた下で、青々とした生命の息吹を強く感じる草原が、風が吹くたびザワザワと揺れる。新しい手で打たれてゆくチェス盤に、冷静な瞳は落とされていた。


 可能性の数値を測りながら、何手先までも読み切り、神経質な指先は駒をひとつ前のマスへ進ませた。


「夕霧、地球という場所を知っていますか?」

「知っている」


 地鳴りのように低い声は簡潔に答えて、彼の前で駒がひとつ弾かれた。


「そうですか」

「なぜそんなことを聞く?」


 はしばみ色の無感情、無動の瞳は不思議そうに、水色の冷静なそれに上げられた。光命は優雅に微笑みながら――ポーカフェースでこう言った。


「《《気まぐれ》》ですよ」


 生まれてやっと半年が経とうとしている夕霧命は、従兄弟の手口が日に日に巧妙になっていくため、おかしいと気づかず、ただ相づちをし、


「そうか。光は興味があるのか?」


 同じ質問をしたが、光命は曖昧な答えを言って、聞き返した――疑問形を投げかけた。


「そうかもしれませんね。あなたはあるのですか?」

「ある」


 相手の番を待っている間、夕霧命はシャンパングラスに手を伸ばし、一口飲んだ。


「なぜですか?」

「人生という修業を、俺もしてみたい」


 ビショップは白いマスへ落とされ、光命はまた疑問形。


「地球へ生まれ出るのですか?」

「それはまだわからんが、守護神の資格は取ろうと思っている」


 そんな話は初耳だったが、光命は素知らぬふりで、まだ疑問形。


「資格とは具体的に、どのようものですか?」

「地上に生まれて死ぬか、それと同等の経験をこの世界でするかが必要だ」


 陛下が決めた新しいルールのひとつ。神々と人々の暮らす世界は違いが多すぎる。それなのに、人の人生を守護し、導くのには無理がある。だから、身をもって体験した者しかなれない。


 未だ気づかず、真っ直ぐ答えてくる従兄弟に、光命は疑問形――罠を仕掛け続ける。


「夕霧はどちらで資格を取るのですか?」

「この世界からいなくなることはできない。だから、後者の方だ」


 光命の冷静な瞳はついっと細められた。


(おかしい――。私たちは十八歳です。十分大人です。ですから、地球へ行かない理由としてはこちらでは少々おかしいです。従って、別の理由がある可能性が99.99%)


 ここまでの思考時間は0.1秒。夕霧命が手を考えている前で、光命の細い足は優雅に組み替えられ、疑問形――これに答えたら、夕霧命の情報が光命に渡る。


「なぜ、いなくなることができないのですか?」

「好きな女ができた――」


 答えてしまった。シャンパングラスを神経質な指先でそっと取り上げ、光命は心の中で密かに祝杯を上げる。


 最近、従兄弟の様子がおかしいと思っていたが、罠を仕掛けた通り情報が出てきた。恋に落ちていたのだった。


    *


 国家機関の中でも、環境整備を担当する組織。その制服は秀美。芸術の才能に富んだ神がデザインしたものだからだ。


 高貴の意味を表す紫。そのマントが初夏の風に威風堂々と翻る。襟元にアクセントとしてつけられた鮮やかな水色――ターコイズブルーのリボンが揺れる。


 上下白の服に、膝までの黒いロングブーツ。腰元には所持義務の細身の剣――レイピアが威厳を持っていた。


 背が高くキリッとしたイケメンの隊長が、ダンディーに微笑む。


紀花きのはな 夕霧命」

「はい」


 呼ばれて、深緑の短髪は前へ進み出た。


「躾隊少将に任命する」

「ありがとうございます」


 夕霧命は丁寧に頭を下げて、自分が元いた場所へ戻った。上官は背丈が百九十センチを超えた、イケメンの隊長だったが、いきなり背が縮んだ。


 五十センチぐらいの小さなバーコード頭の親父に変身して、マイクに自分の背が届かず、ぴょんぴょんと跳ねたり、まわりを落ち着きなく見渡して、助けを求める仕草をし始めた。


「くくく……」


 夕霧命は噛み締めるように笑った。まったく、この世界の大人――いや男どもときたら、率先して笑いを取りにくるのだ。


 どのような状況になろうとも力が抜けていて、明るく前向きに進んでいってしまう。それは、いろいろな経験をしてきた年長者だからできることだと、夕霧命は改めて思った。自分が気にかけている地球では、年齢を重ねると硬くなってしまう人が多いと聞く。なぜそんなことが起きるのかと首を傾げてしまうが。

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