王子の思考回路が好きで/5
神世のようにうまくいかない現実。コウは真剣な眼差しを、人間の女に送る。
「そうだ」と彼はうなずいて「お前のためにも理論は大切だ。決めつけるんじゃなくて、可能性を持ち続けるだ」
「よし、やってみよう!」
七転び八起き。超前向き女は両手でガッツポーズを取った。しかし、コウからピシャリと有無を言わせないように、
「まだ話は終わってない! 先走り!」
「おっとっと!」
慌てて両腕を下へ落とすが、奇跡来の腰は浮き足立ったままだった。そして、光命と彼女が水と油とたとえられた、最大の理由が掲示される。
「感情を交えないで物事を判断するから、光命が《《気まぐれ》》とか、《《勘だ》》とか言ってきた時は、それは何かの罠だぞ。気をつけろ」
彼は神であって、肉体の欲望に晒された人間ではない。だからこそ、平然と感情をデジタルに切り捨てられる強さがあるのだった。
「うん、わかった――」
いつもの癖で言ってしまった。何度言っても、屈託のない笑みで間違ってくる奇跡来の頭を、コウはぴしゃんと殴った。
「だから!」
ハッとして、彼女は覚えたての理論をひとつ、ゆっくりとやってみた。
「あ、あぁ! 言い直しで、ここは相づちだけだから、『そうか』」
「よし!」
コウはしっかりとうなずいて、クルクルっと竜巻を起こすように回転した。
*
奇跡来は外出するたび、知らないうちに月日が過ぎていることに驚くが、すぐに頭の中で、青の王子がしているであろう理論武装を追いかけるを繰り返していた。
「面白いなあ〜。この考え方。コウに教えてもらってよかった。もっとできるようになりたい!」
冬は夏へと変わり、床暖房はエアコンの冷たい風へと移ろった。奇跡来はゲーム画面の中に映る、紺の長い髪とカーキ色の冷静な瞳を持つ、恋のお相手を見つめる。
「ん〜、これの可能性とあれの可能性があるから……そっちもあるなあ〜。ん〜? ということは、この可能性が一番高いのかな? すると、光命のモデルのキャラは、三番を選ぶ!」
コントローラーをいつも通り、力一杯押し込むと、ピンクのハートが画面いっぱいに広がり、キャラクターが優雅に微笑んだ。奇跡来は思わず立ち上がって、ジャンプし始めた。
「よっしゃ! やった〜! 当たるようになってきた! いいぞいいぞ! さらに、次だ……」
ストンと床へ座ると、ミニスカートがふわっと風圧で持ち上がった。それが何かの境界線を壊したかのように、彼女の頬に触れた風が脳裏で革命を起こす。
124、758……。
「な、何? これ。風が吹いただけで、頭の中に数字が流れてく」
数学や家計簿でもつけているのなら別の話だが、感覚が数字に変換されてゆく。ゲームを一時停止してパソコンを開き、音楽再生メディアを再生すると、奇跡来は思わず大声を上げた。
「うわっ! 神威の効いた曲を聞いたら、頭の中に数字が氾濫してる!」
18093827265489181084726128470987667……。
右から、
85746725163901837746351619497586720……。
左から、
84978367155644100987652413098775868……。
縦方向へ、脳の中が全て数字で管理され始めた。文字がどこにもない。感覚がどこにもない。経験したことがなくて、奇跡来は音楽も一時停止にした。
「ど、どうなって?」
頭の中の数字嵐はとりあえず止まったが、飲みかけのカップへ手を伸ばそうとして、手を止めた。
「っ! カップと自分の距離が数字で、霊視できるようになってる!」
「――お前に質問だ。どこか変わったところはないか?」
コウの声が聞こえてきた。今まさに起こっていると思って、奇跡来は片手をパッと素早く上げた。
「あるある!」
取り乱している人間の女とは対照的に、コウは落ち着き払っている。
「どうなった?」
「全てが数字になった。昨日まで感覚だったのに……」
困惑している彼女の前で、コウは両腕を組んで、ふんぞり返りながら、右へ左へ行ったりきたりする。
「そうだろう、そうだろう。光命とは少し違うが、数字に強い魂を入れたからな。今日からお前の名前は、澄藍だ」
二度目の魂変更――
初めてならば驚くに値するが、理論の第一条件を覚えた、奇跡来はうんうんと何度もうなずく。
「澄藍さん。自分に《《さん》》はおかしいか。魂が入れ替わると、こんなに違うんだ」
彼女は目をキラキラ輝かせながら、まわりにあるものを見回す。鉛筆たてとの距離が独自の数字で計算される。静止しているゲーム画面の色がそれぞれの数字で表される。




