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最後の恋は神さまとでしたR  作者: 明智 颯茄
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王子の思考回路が好きで/4

 今のままでは、光命が見えるようになったとしても、会話さえ成立しないだろうと、コウは思い、神さまとして厳しい優しさを示した。


「お前、国語の勉強をし直せ。読解力がまるでない。こんな簡単な言葉を聞き返してくるのが何よりの証拠だ」

「わかった――」


 素直にうなずいたつもりの奇跡来に、コウの容赦ない指導の鞭が放たれた。


「その言葉は可能性なのか?」

「え……?」


 間の抜けた顔をして、奇跡来はまぶたを激しくパチパチ瞬かせた。未来が見えない人間のはずなのに。


    *


 黒塗りのリムジンは大きな門を抜け、陛下がいらっしゃる城の前の大通りを、滑るように走り抜けてゆく。


 ここ神界では重力はもうすでに克服されていて、浮いたまま移動する車中に、光命の姿があった。


 クリーム色のリアシートに身を沈め、細い足を優雅に組み、窓から通り過ぎてゆく景色を眺める。その瞳は冷静な水色。


 紺の長い髪を細い指先で耳にかけながら、彼の頭脳は活動し続けている。


 ――朝の天気予報では、雨の降水確率は0%でした。私は傘を持って行きます。

 なぜ、こちらの選択にしたかの明確な理由が必要です。そちらが、理論で物事を考えることになります。

 雨に濡れたくないのであれば、そちらをさける方法を探さなくてはいけません。

 朝の天気予報から読み取れる事実は以下の通りです。

 天気予報ははずれる可能性がある。

 雨の降水確率が0%は、事実ではない。あくまでも、予測です。

 従って、雨が降る可能性は0%ではありません。

 予報がはずれ、雨が降ってきてからでは対応が間に合わないかもしれません。傘を買うという選択肢が出てきますが、売り切れという可能性も同時に出てきます。

 ですから、自宅を出る時に傘は持ってゆくのです。

 こちらは雨に濡れる話ですが、現実ではどのようなことでも、大きな物事につながっていないとは言い切れません。ですから、細心の注意を払うべきです。

 つまり、成功する可能性が高いものを選び続けなければいけません――


 重力が十五分の一では、ブレーキをかけた衝撃をほとんど体に感じることはなかったが、運転手の声がふとかけられた。


「――ぼっちゃま、デーパートへ到着いたしました」

「ありがとうございます」


 光命が優雅に言うと、運転手は急いで車から降りてドアを開け、中心街の歩道に黒い細身のロングブーツが下された。


 すると、あたりを歩いていた人々が老若男女関係なく、紺の長い髪を揺らす、中性的な男に一斉に視線を集中させた。


 光命にしてみれば、生まれた時から、こんなことが当たり前に起きていて、彼はそれよりも空が気になり仰ぎ見た。


 銀色の線を引きながら、青い空を飛行船に似た乗り物が通り過ぎてゆく。それに照らし合わせるように、鈴色の懐中時計が並べられる。


(B宇宙へ行く宇宙船がこちらを通るのは、十五時八分十二秒。いつも通り)


 風に吹かれる紺の髪を、神経質な手で抑えながら、冷静な水色の瞳は反対――小さな従兄弟たちが通う小学校がある方向を見つめた。


(こちらは時刻通りとは限りません。可能性は89.27%。姫ノ館から陛下の屋敷へ、皇子おうじ皇女おうじょたちを送る龍が飛んでくるまで、あと三、二、一……きました)


 秒針が三の数字を過ぎると、金色に光る大きな龍が小さな影を大勢乗せて、城へと向かってゆく。


(平均の時刻――十五時八分十五秒であるという可能性は89.27%から上がり、91.77%)


 まるで芸術のような時刻の一致。光命は懐中時計のふたを閉じて、ポケットに忍ばせた。


(事実から導き出す可能性。私は成功する可能性が82.00%を越した時に、言動を起こします)


 彼をモデルにした、恋愛シミュレーションのキャラクターは、相手を好きになったほうがいいという可能性が八十二パーセントまでに上がらないと、他の人がわかるように動かないだけで、光命の中では最初からデジタルに記録されているのだった。


 デーパートの大きなガラス扉へ向かって、カツカツとエレガントにブーツのかかとを鳴らしてゆく。


「いらっしゃいませ」


 ドアマンが丁寧に頭を下げる、それさえも、光命にとってはいつものことで、彼は優雅に微笑み、中へと入っていった。


    *


 今日もコウから問題を出題されては、可能性で測れない奇跡来は、珍しく難しい顔をして、眉間にシワを寄せていた。


「いいか? だから、何か言われて、『わかった』と答えたら、まだ起きてない未来の出来事――未確定なのに確定してしまうってことだ。叶えられなかった時、お前は人に嘘をついたことになる。大したことがないと思ってても、相手はそうは思ってないこともある。そうなると、お前は嘘をつく人間だと思われて、知らず知らずのうちに人は離れてゆくぞ」

「直さないとだね」


 三十年間の人生を振り返って、立ち去っていった人々も中にいたのではないかと思うと、奇跡来は深いため息がもれてしまうのだった。

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