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最後の恋は神さまとでしたR  作者: 明智 颯茄
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王子の思考回路が好きで/2

 生まれてすぐに十八歳になった二人は今日で、生きた時間はやっと二ヶ月を迎えた。光命とは対照的に、節々のはっきりした手で、夕霧命のコマが予想した通りに動かされた。冷静な水色の瞳は脇に開いたまま置いてあった、懐中時計の数字盤を見る。


 十五時二十五分十九秒――


 あごに当てられていた手は勝利を祝うように、さっとスマートに解かれて、神経質な指先はルークを動かし、遊線が螺旋を描く芯のある声が、何十畳もある男二人きりの部屋に響いた。


「――チェックメイトです」

「また負けた。一度も勝てない」


 夕霧命は両手で深緑の短髪をかき上げた。誕生日が三日しか変わらない従兄弟同士。お互いの家は城のすぐ隣だが、陛下の家でさえも地球五個分の広さ。彼らの家も相当大きい。そういうわけで、瞬間移動でお互いの家をよく訪ねている。


 同じ世代の人間はあまりいない。だからこそ、一緒に過ごす時間が多い、光命と夕霧命は。


 光命の中性的な唇にティーカップがつけられると、紅茶の琥珀色が傾いた。綺麗に並べられてゆく駒を眺めながら、彼はこんなことを言う。


「あなたがキャスリングを使うのは、今ので七十七回中、七十六回目ですからね」

「書くのも大変だ」


 夕霧命のはしばみ色をした瞳の前で、駒が整列させられてゆく。当然の言葉だったが、光命にはおかしな話だった。


「なぜ、書くのですか?」

「どういう意味だ?」


 節々のはっきりした手は駒を並べるのをやめて、無感情、無動のはしばみ色の瞳は従兄弟の顔をじっと見つめた。しかし、氷河期のようなクールさで、光命は言い直してくる。


「質問しているのは私です――」


 聞かれたのに、聞き返してしまったと気づいて、夕霧命は一言「すまない」と謝り、光命の身の内で何が起きているかに、確信が持てないながらも口にした。


「覚えている?」

「えぇ、当然です。平均を出す計算は全てのデータを足し算して、回数で割ると父から教わりましたからね」


 まだ若く、従兄弟同士という間柄。他の誰かに言うことはないが、夕霧命ならば、光命は伝えてもいいと思っていた。


 あっという間に成長してしまった二人に物事を教えてくれるのは、学校ではなく基本的に両親。それは夕霧命も同じで、物事を順序立ててゆくと、次はこの質問になった。


「一回目はいつだ?」


 すると、光命の優雅な声で、こんな細かい話が出てくるのだ。


「先月、十一月十六日日曜日、十六時十七分十四秒です」

「二回目は?」

「同日の、十六時二十一分五十九秒です」


 光命のすぐ近くに置いてある懐中時計。いつも持っていたのは気に入っていたからではなく、このためだったのだと今初めて理解した。


「三回目――」


 夕霧命が最後まで言うよりも早く、光命は両膝に頬杖をつき、七十七回分のデータを流暢に話し出した。


「七日後の、十一月二十三日日曜日、十五時四十三分二十五秒。四回目は、同日の……」

「…………」


 聞かされている夕霧命は終始無言で、彼なりの記憶力でたどるが、確かにその日のその時間帯ぐらいに、この部屋でチェスをしていたと、思い出させられるが続いた。


 そして、二人で過去のゲームを追いかけるという時間は終わり、今へ戻ってきた。光命は犯人当てでもするように、夕霧命の瞳をじっと見つめたまま、結論を告げた。


「先ほどのゲームで七十七回目で、そのうち七十六回、あなたはキャスリングを使った。ですから、可能性の数値はその他のことを含めて、98.70%となります」


 その他のこと――キャスリングを予測できても、自身の手の内を考えなければ、勝利はやってこない。そうすると、ゲームの全てを覚えている。一手目はどっちがどう打って、それに対してどっちがどう打ったか。ゲームが始まって終わるまで、事細かに覚えている。


 落ち着き――物事を見極める力のある夕霧命は理論的に考えてそこへたどり着き、尋常ではない従兄弟の記憶力に、不思議そうな顔をした。


「お前の頭はどうなっている?」

「どのような意味ですか?」


 光命としては思ってもみなかったことを聞かれて、思わず聞き返した。さっき、夕霧命がしたことを、繰り返してきたのかと思ったが、どうも違うようだった。


 目の前にいる従兄弟の個性を前にして、夕霧命は珍しく彼なりの笑みを浮かべた――目を少しだけ細めた。


「……そうか。お前は他の人間と違って頭がかなりいい」

「普通ではありませんか?」


 光命は知らないのだ。本人は生まれてから覚えているのが当たり前だから。他の人には忘れるという現象が起きると。


 夕霧命はゆっくりと首を横に振るが、表情は微笑みだった。


「いいや、他のやつはそんなふうに全てを覚えていない」


 しかし、冷静な水色の瞳は陰りを見せて、レースのカーテンから降り注ぐ陽光を仰ぎ、落胆したようにうなずいた。


「そうですか。そちらの理由で、私が話すと、父と母は戸惑っていたのかもしれない……」


 忘れたくても忘れられない。過去を振り返る傾向の高い光命。彼とは違って、従兄弟の夕霧命は今は今と割り切って進める性格。だからこそ、森羅万象みたいな光命に夕霧命なりのエールを送った。


「それはお前の個性だ。だから、気にすることはない」

「気遣ってくださって、感謝します」


 人生という荒波をまだ知らない光命は、夕霧命へ顔を戻して優雅に微笑んだ。

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