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最後の恋は神さまとでしたR  作者: 明智 颯茄
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ルナスマジック/5

「どうなってやがんだよ? てめえの人生は」

「僕もなぜこのようなことになっているのか知りたいんです〜。ですが、説明できる方はいらっしゃらないんです」


 そう言って、綺麗な花びらのような唇にカップをつけて、月主命はエスプレッソを味わった。紅茶から上がる湯気に混じって、立ち上るブランデーの香りを、明引呼は吸い込み、


「魔法じゃねえのか?」

「現実主義の僕とはかけ離れた発想……」


 頭がいいとの噂をもされている男は、曖昧なものや仮説の領域を出ない、つまりは事実ではないことには、まったく興味がなかった。


 それなのに、自分と違ってガタイのいい男の中の男が言ってくると、なぜか自身の内に招き入れたくなるのだ。


「僕に欠けているものを補えば、新しい道が開けるかもしれませんね」

「変える気もねえくせに、言いやがって」


 月主命がおどけたように肩をすくめると、マゼンダの髪が白いブラウスの背中でサラサラと揺れた。


「おや? バレてしましまいたか〜」

「ったくよ」


 まるで錠前と鍵。形が違うのに、ぴったりときて、どちらかひとつでは意味をなさないもの。


 自分にないものを相手が持っていて、相手が持っていないものを自分が持っている。その心地よさに、テーブルひとつを間に挟んで、男二人はしばらく身を委ねた。


 今は担任教師と保護者という関係から、一歩プライベートに踏み出ただけの男と男。カフェという公共の場で、他の人からはごくごくあり得る風景だった。


「今後も時々、このように一緒にお茶を飲みませんか?」


 飲み物が残りわずかになると、月主命が何気なく切り出した。明引呼のフィーリングがザワリと音を立てる。


「いいぜ」


 真っ白な雲の上に、青空しかなかったこの間までとは違い、建設中の高層ビルが夕暮れの光の中で頭角を現していた。時代の移り変わりは、人々の生活や心にも影響をもたらし続けてゆく。


    *


 歴史の教科書は月主命の胸に抱えられ、茶色のロングブーツは授業がすでに始っている、静かな廊下を進んでゆく。


 クラス数が増えるたびに、教師の応募がされ、同僚が増えてゆく。最近では、教室同士の距離が遠く、子供たちはワープゾーンを使って移動しなければいけないほどだ。


 新任の教師を、先生同士が把握していないということも起きている。世界の急成長に、学校という組織運営が追いつかないのだ。


 それでも改善されてゆくのは目に見えている。それはよくわかっている、慌てることでもない。三百億年生きてきた間、いつだったそうだった。みな向上心があるのだから。


 月主命はかぶっていたカエルを手で少し直し、廊下の角を曲がると、テンションの高い女の歌声が聞こえてきた。それは、ミュージカルみたいなものだった。


「♪数字〜 それは〜 みんなに幸せをもたらすもの〜♪」


 教室をのぞくと、童話から出てきたお姫様みたいなドレスを着た女が教卓の前に立っていた。


「一さん、こんにちは!」


 セリフみたいに言うと、1という数字が現実に形を持って本当に現れた。生徒たちは子供番組でも見ているように夢中で、教育された通り元気に挨拶をする。


「こんにちは!」

「三さん、こんにちは!」


 すると、今度は反対の手のひらの上に、3という数字が白い煙が小さく弾けるように出てきた。


「こんにちは!」

「♪ラララ〜 仲良く一緒に歌いましょう〜♪」


 女の両手に乗った1と3が生徒が見ている前で近づいていき、隣り合わせになった。


「それでは、二人が手をつないだら、どんな数字が生まれますか?」


 先生からの出題に、生徒たちは一斉に手を上げた。


「はいはい!」

「は〜い!」


 先生は優しく微笑み、


「それでは、みんなで答えましょう! さんはい!」

「四!」

「正解で〜す!」


 先生の手のひらの中で、1と3はハリケーンが起きたようにクルクルと激しく回り、ゆっくり止まると、4に変わっていた。


「幸せの魔法がかかりましたか〜?」


 教室中に妖精が突然飛び回り、生徒たちを光のリボンで優しく包んでゆく。子供たちの元気な返事が響き渡った。


「かかった〜!」

「算数楽しい〜!」

「それでは、次の問題が馬車に乗って、やってきま〜す」


 女が腕を横へ伸ばすと、手のひらに小さな馬車が今度は現れた。


 月主命のヴァイオレットの瞳はいつの間にか姿を現していて、夢中で生徒に教えている彼女を見つめる。


(人数は少ないと聞いたことがありますが、魔法を使える方……。メルヘンティック、ファンタジー、非現実的。僕と違う面を持っている……。可愛らしい女性ですね)


 マゼンダ色の長い髪は女性的なのに、男の色香が思いっきり漂っていた。


    *


 台所のシンクで、ディスポーザーが動いているのを、どこかずれているクルミ色の瞳は見つめていた。


「便利だ。生ゴミを処理して、排水溝に流せるなんて……。素晴らしい」


 カウンターキッチの上に、銀の長い髪を持つコウが霧が出るようにすうっと現れた。


「よし、今日もめでたい話だ」

「誰か結婚したの?」


 奇跡来は振り返って、置いておいたクランベリージュースを飲む。


「どんどん神界の出来事に慣れてきたな。そうだ。今度は月主命だ」

「めでたいね、本当に」


 メイプルクリームを挟んだクッキーを頬張って、呑気に噛み砕いていたが、前に聞いた話をふと思い出した。


「でも、ちょっと待って。結婚したいって言ってた女の人たちはどうしたの?」

「そんなの、すぐにあきらめたに決まってるだろう?」


 神さまのことをまだまだわかっていない奇跡来は、物質界という物差しで測ってしまった。


「え? 普通こうもっとさ……あんまり気持ちのいい出来事じゃないけど、ちょっと待ったとか言うことにならないの?」

「お前は本当に魂の濁った人間だな。本当に好きなやつが幸せになるなら、喜ぶことだろう? 運命の相手に出会ったんだからな。月主命は結婚した女と今後永遠に別れることはないんだ。冷静に考えて、あきらめるのが当前だろう?」


 悲しかったり、迷惑だったりの一方通行は神世にはない。しかも、他人優先で性格もよく、美男美女ばかりの人たちが暮らす世界。奇跡来は自然と笑顔になった。


「そうだね。他の人たちにも運命の人はそれぞれいるってことだ」

「そうだ」

「いいね。家族が増えて、幸せも増えて、笑顔も増えて」


 クッキーの粉がついた手をパンパンと払って、奇跡来は自室のパソコンへと向かってゆく。神さま名簿というファイルを開いて、新しい名前と関係を入力するために。

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