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最後の恋は神さまとでしたR  作者: 明智 颯茄
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ルナスマジック/1

 世界が軌道に乗り始め、首都に作られた城は建築業についた神々によって、日々改築増築が繰り返さてゆく。謁見の間も地上には存在しない美しく高技術の素材が惜しげもなく使われている。


 真紅の絨毯が中央へ敷かれ、両脇には陛下が重鎮として選んだ人々が並ぶ。一番奥には立派な玉座。そこへ肩肘をつき、気怠そうに椅子にもたれかかる皇帝陛下がいた。


 その姿は怠惰でもおごりでもなく、威厳と尊重に満ちていた。陛下の御前にやってくるものは、全員 こうべを垂れ敬意を示していた。


 今も女が跪いている前で、陛下は堂々たる態度で話を聞いている。


「そうか。仕事は何につくのだ?」

「小学校の国語教師になろうと思っております」

「日々精進するがよい」


 待っている人が大勢訪れて多忙な陛下の脇に控えていた、お付きの者が名簿から次の人を呼ぼうとすると、女が綺麗な顔を上げて、戸惑い気味に引き止めた。


「あ、あの……」

「どうかしたか?」

「実はご相談がありまして……」

「何だ? 申せ」


 女は笑顔ではっきりと、陛下に取り立てていただけるよう伝えた。


「月主命さんと結婚したいと考えております」

「そうか」


 陛下は表情にも出さず、ただ相づちを打ったが、心の中ではこう思っていた。


(これで十人目だ。月主命と結婚をしたいと申した女は……)


 いくら皇帝陛下でも、個人の結婚にどうこう口出しをする立場ではない。月主命がどう考えているかも知らないし、聞くつもりもない。自由なのだから。


 女から視線を上げ、陛下はお付きの者に向けた。それは終わりの合図。次の名前が呼ばれ、女は礼儀正しく頭を下げ、謁見の間から出ていった。


 人々がより幸せになる統治をするためにも、できるだけ多くの者に出会い、話を聞くことが大切だとご判断されている陛下の日々は、自然と玉座に座っている時間を長くさせた。


    *


 そして、数日後。出身はどここなのか、どのような生活を送っていたのかなどを聞いた、赤い絨毯の上に跪いている女が綺麗な顔を上げて、真摯な眼差しを向けてきた。


「陛下、実はお話があります」

「どうした?」

「月主命さんと結婚したいと思っています」

「そうか」


 陛下は顔には出さなかったが、心の中でため息をつき、次は少しだけ微笑んだ。


(あれから、くる女が全員、月主命と結婚したいと申す。これで九十人目だ。おかしい。なぜだ?)


 誰一人としてもれず、女たちが陛下に願い申し上げるものだから、悪を一人で倒したお強い陛下でも、心に波紋がさすがに広がった。


    *


 ある日の城の廊下。マゼンダ色の長い髪は陛下に失礼がないよう、いつもよりも綺麗に縛られ、多くの人が行き交う絨毯の上を、ロングブーツで歩いていた。


「本日は苗字を白鳥すわんに決めましたから、陛下にご報告に上がりましょう」


 人当たりのよさそうなニコニコのまぶたに隠されたヴァイオレットの瞳が姿を現すことはなく、月のように美しい肌を持つ男――月主命が通り過ぎてゆく。


 しかし、彼の背後で突如、女の悲鳴が上がった。


「きゃあっ!」


 特に驚くわけでもなかったが、他の人たちが騒然とし、一気に廊下は慌ただしくなった。


「な、何だ?」

「どうした?」

「どうかされたんですか?」


 月主命の白いブラウスは振り返り、そこで見たものは、さっきすれ違った女が床に倒れているところだった。初めての出来事を前にして、彼が小首を傾げると、マゼンダ色の長い髪は肩からさらっと落ちた。


「おや? どうかしたんでしょうか?」


 女のそばにいた男が少しかがんで声をかける。


「これ、もしもし?」


 しばらく、まわりを取り囲んでいた男たちは待っていたが、女はぴくりとも動かなかった。


「目を閉じたまま動かない」

「どうしたことか?」

「気絶ではありませんか?」


 人間界では当たり前の言葉だったが、病気も怪我もない神界では、見知らぬ言葉だった。聞かされた人々は不思議そうな顔をする。


「キゼツとはどのようなものですか?」

「肉体を持つ人間ではよくあることで、自身の意思に関係なく、眠っているのと同じような状態になり、その間の記憶がなくなるものです」


 人々はのんびりとうなずき、未だに倒れたままの女に視線を落とし、心配する。


「どのようにしたら目を覚ますのでしょうか?」

「さぁ?」

「人間が飲んでいる薬というものが必要なのか?」

「ですが、そのようなものはこの世界にはありませんよ」

「確かにそうだ。病気というものも怪我もないからな」

「とにかくここでは何だから、どこかへ運んで寝かせておこう」


 起きたことは起きたこととして、月主命の頭脳にきちんと記録され、姿を現していたヴァイオレットの瞳に、人々によって運ばれてゆく女が映っていた。 

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