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最後の恋は神さまとでしたR  作者: 明智 颯茄
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趣味はカエルではありません/3

 そして、翌日の放課後。


 下校時刻を過ぎた教室で、開けっ放しの窓を閉めた先生は、ロングブーツのかかとを鳴らしながら、静まりかえった廊下へ出た。


 頭には黄緑色のカエルをかぶり、マゼンダ色の長い髪を揺らし、歩き出そうとすると、しゃがれた声がふとかかった。


「よう、月主先生?」


 細身のパンツがねじられるように振り返ると、真正面で挑むようにガタイのいい男が立っていた。鋭いアッシュグレーの眼光は隙なく向かってきていたが、呼ばれた先生はニコニコの笑みのままだった。


「おや、空美さん、本日は親御さんがいらっしゃる日ではないんですが……。以前あなたにはご説明させていただ――」


 教師として注意しなくてはいけない。親バカが多くて、学校の敷地内に次々に瞬間移動してくる大人たちが多いのだから。毎日、いたちごっこである。


「カエルのキャラクターのモデルになったから、それ被ってるってか?」


 明引呼がチラシで見たのは、深緑のカエルが服を着て二本足で立っている姿――キャラクターだった。


「えぇ、そちらもありますが、本当の理由は違います」


 月主命が首を横に振ると、小さな足音が明引呼の背後で聞こえた。幼い声が男二人きりの廊下に元気に響く。


「カエル先生、さようなら!」

「はい、さようなら」


 ニコニコと微笑みながら、上品に手を振るふざけた野郎――いやカエルと呼ばれている教師に、明引呼はカウンターパンチを放つように鋭く迫った。


「教えろや」


 まぶたからヴァイオレットの瞳は解放され、「えぇ、構いませんよ」と貴族的にうなずいて、月に長い間足止めされていた男は、凛とした澄んだ女性的な声で答えた。


「私は子供たちが笑顔になるのなら何でもします。五千年間、小さな彼らが傷ついても、何もできませんでした。ですから、私は彼らの笑顔のためならば、何でもします」

「そうか」


 三百億年も生きてきた教師の心は慈愛に満ちていて、明引呼の心に重たいパンチのように深く響いた。


(ガキのため……。それで、犠牲になるってか? っつうことは、何言っても引かねぇな)


 女みたいに見える男。この男が人間として生きたとしても、子供のためなら、何も嘆きもせず、命乞いすることなく、力強く死んでゆくのだろう。明引呼はそう直感した。


(タフな野郎だ……)


 どことなく妻と似ている。それなのに、男であるからなのか違って見える子供の担任教師。不思議な感情に囚われ、明引呼は珍しくぼうっと立ち尽くした。


 話はこれで終わりというように、カエルを頭に被ったまま、月主命は軽く会釈をする。


「それでは失礼」


 夕陽が斜めに入り込んだ廊下で、男二人の距離は離れていきそうだったが、ふと明引呼が片手を大きく上げた。


「よう、先生? 放課後暇なら茶でも飲みにいかねえか?」


 誘い。仕事を終える間近の男への誘い。月主命は動じるわけでもなく、瞳はまたニコニコのまぶたに隠された。


「えぇ、構いませんよ」


 驚いたり何か反応するかと思えば、さっき直感した通り、絶対的な不動を見せる男を前にして、明引呼のフィーリングに別の波紋が広がった。


 マゼンダ色の髪の上に乗る黄緑色の大きな瞳に、アッシュグレーの鋭い眼光は向けられ、


「カエルは勘弁な」


 冗談で言ったのに、月主命はきっちりと意見してきたが、やけに策略的だった。


「《《僕》》は被り物が趣味でしているんではないんです。ですから、《《君》》が心配しなくても、学校の外では被りません」


 どんなパンチを放っても、仙人みたいに余裕でかわしてくる男を前にして、タフなボクサーのように、明引呼はニヤリとした。


「《《私》》は外面そとづらってか?」

「えぇ、心を許した人間にしか、《《僕》》は使いません」


 ニコニコしながら、平然と地獄に人を蹴落とすようなことをすると肌で痛いほど感じて、明引呼は口の端で笑った。


「ふっ! これでオレが理由――どうして急に言葉変えたのか聞きゃ、罠にはまっちまうってか?」

「おや? バレてしまいましたか〜」


 罠を張ってくるわりには、タネ明かしをする月主命。子供の心を傷つけるような人物が現れたら、どんな相手だろうとも、地の果てを越してまで追いかけてきて成敗するような、執念深さ――やはりタフな男だった。


 夕暮れにむ学校の廊下で、ただの担任教師と保護者の関係が崩れ始めた。ガタイのいいと男と髪の長い女性的な男は廊下を一緒に歩き出す。


「聞いたぜ、先生の《《ヤバい噂》》をよ」

「うふふふっ。僕は何も知りませんよ〜」


 上品な含み笑いは、凛とした澄んだ女性的な声色なのに、地をはうような低さを感じさせる響き。だからこそ、怖さが増すのだった。


 しかし、明引呼は疎遠にするどころか、新しい世界の誕生と祝して、会うはずもなかった男と個人的な付き合いを望みながら、しゃがれた声を夕闇に黄昏れさせた。


「てめえが知らねえでやってっから、マジでヤバいんだろ?」


 妻帯者と独身男は微妙な距離を空けて、子供たちのいなくなった小学校の廊下を歩いていたが、瞬間移動でふと消え去った。

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