趣味はカエルではありません/2
奇跡来は合点がいって、ビルに四角く切り取られた空を見上げた。
「そうか。心が澄んでるから、美男美女ばかりなんだ。美しい世界だ、神世は」
「それで、これが火炎不動明王だ」
別のゲームを指差されて、慌てて視線を落とすとそこには、カーキ色のくせ毛が柔らかな印象を醸し出す、優男がいた。
紺の瞳も優しげで、ニッコリ微笑む神をモデルにしたキャラクター。甲冑を着ていた火炎不動明王とは似ても似つかないほど、イメージがかけ離れていて、奇跡来は不思議そうに首を傾げた。
「え? こんな優しい感じの人だった?」
「しかも、独特の価値観で、ちょっと天然ボケが入ってる」
「そうなの? じゃあ、邪神界があった時、大変だったんじゃ……」
あの油断すれば攻撃を受け、神でさえも消滅という運命をたどり、消え去ってしまう世の中を生き抜けたとは、今見ている絵からは想像できなかった。
コウはふわふわと回り飛び、あきれたため息をつく。
「真面目にやろうとしても、ボケでまわりを知らないうちに笑わせたりしてたらしいぞ」
奇跡来は親指を立てて、バッチリです的に渋く微笑んだ。
「いいね! 神さま、心に力が入ってなくて」
シリアスシーンが笑いに変わってしまう。彼女は思った。やはり笑いが世界を救うというのは本当なのだと。
「それはあくまでもイメージだ。実際とはちょっと違うからな」
コウは空中を右へ左へ、腰の後ろで両手を組んでウロウロする。奇跡来はうんうんとうなずいて、コントローラーに持ち替えた。
「わかった――。ゲームをプレイして、ひとまずはこれで、神さまみんなの雰囲気を覚えよう!」
今にもゲーム画面に突進していきそうな勢いだった人間の女に、コウが待ったをかける。
「そういう返事じゃ、お前、光命はおそらく理解できないぞ」
「え、どういうこと?」
何を指摘されたのかわからない奇跡来は、ひどく驚いた顔をした。ゲームの中のキャラクターが話しかける声が勝手に再生されてゆく。
「ひとまず、光命のキャラ落としてみろよ」
「うん、そうするよ……」
奇跡来はもう一度ゲームのパッケージを見た。上品に微笑む、青の王子と呼びたくなるほど、綺麗な男の絵を。
*
少しささくれだったウッドデッキに、木の軋む音がさっきからしていた。藤色をした長めの短髪が、ロッキングチェアを動かすたびに揺れる。
カウボウイハットは休憩というように顔にかぶせられていて、ジーパンの長い足は床を蹴り上げて離すを続けている。
そこへ、小さな人たちが元気に走り寄ってきた。
「パパ、これ見て!」
「あぁ?」
帽子をはずすと、鋭いアッシュグレーの瞳が姿を現した。そこに映ったのは、黄緑色で目が二つ上の方についている帽子をかぶった、我が子だった。
「何、カエルなんかかぶってんだよ?」
可愛らしいアマガエルハットが息子――白と甲の頭に乗っていた。子供たちは目をキラキラ輝かせながら、パパの大きく節々のはっきりした手を握る。
「先生が被って学校にきてたよ」
今目の前にある黄緑色のものが、大人の頭にある。しかも、あの学校の閑静な廊下と学びの厳格な教室で動いている。孔雀大明王こと明引呼の脳裏に容易に想像できて、訝しげな顔をした。
「あぁ? 被り物して学校にくるティーチャーなんて、ふざけすぎてんだろ。もしかすっと……」
教師は数いれど、頭の中で電球がピカンとついたようにはっきりと蘇った。マゼンダ色の長い髪を持ち、ニコニコと堪えることのない笑みを見せる、女性的な男が。
「どのティーチャーさんだよ?」
「月主先生!」
思った通りで、明引呼はあきれたように鼻でふっと笑い、
「あの女みてえな野郎、どういうつもりだよ?」
吐き捨てるようにうなるが、興味深い人――いや男との出会いに面白みを覚えた。かさかさと紙がすれる音が荒野を駆け抜けてくる風ににじんで、
「パパ、これ見て」
「あぁ? テレビゲームのチラシってか?」
この世界は猛スピードで発展していて、娯楽も増えてきた。邪神界がいた時では考えられない、人間と同じような遊びが急成長している。
子供は折りたたんでいた紙を開いて、パパにRPGゲームなどという物語を見せた。
「そう。これのキャラクターで――」
明引呼がのぞき込むと、マゼンダ色の長い髪はどこにもなかった。




