気づいたらバイセクシャル/1
「いやいや、違うよ」
おまけの倫礼は自身の中に浮かび上がった、ある神の名を打ち消しては、直感してをさっきから繰り返していた。
「本当に?」
パソコンのキーボードを打ち込んではすぐに手を止め、頭をプルプルと邪念を払うかのように振る。さっきから、同じ名前が浮かんでは消えるどころか、輪郭を強くして倫礼の脳裏にこびりつく。
「だって、全然、バイセクシャルな感じしないよ。あの人。さわやか好青年みたいなイメージだったと思うけど……」
頬杖をついて、文字を打ち込む手は完全に止まってしまった。
「まさか。あり得ない」
直感に気を取られ、霊視をしていなかった倫礼の背後に、いつの間にか貴増参が立っていた。
「君はさっきから独り言を言っています。何かあったんですか?」
「独健さんと知り合いですか?」
「ひらめいちゃったんですか?」
「はい。仲がいいのは何となくわかるんですけど、広域天さんを間に挟んだ知り合いなのかな?」
もう十四年も前の話で、記憶はあやふや。悪と戦った時には、いなかったはずの神だった。貴増参はにっこり微笑む。
「確かに、そのつながりもありますが、僕は前からの知り合いです」
「そうですか。それだけで、バイセクシャルになる?」
おまけの倫礼は首を傾げる、森羅万象にねじれが生じているから。貴増参はふむとうなずいて、
「君の直感はよくあたります」
「え?」
倫礼はまじまじと貴増参の顔を見つめた。
「ちょっと出かけてきます」
「はい」
貴増参は言ったとほぼ同時に、その場でスピンするようにくるくると回って、瞬間移動で消え去った。
*
ほんの少し遅れて、部屋のドアの内側に明引呼が立っていた。
「あぁ? 貴の野郎、どこ行きやがった?」
「独健さんのところだと思いますけど……」
あの夏休みのテーマパークへ、三家族で行ったことが鮮明に頭に浮かんだ。貴増参が最初に提案してきた。となると、必然的に、貴増参は独健も好きだったになる。と勘のいい兄貴はすぐにわかった。
「プロポーズしに行ったってか?」
そんなことを一言も聞かなかった倫礼は驚いた顔をした。
「えっ! 返事してもらえるのかな?」
「さあな」
倫礼は貴増参が消えた場所をぼんやり見つめていた。今まではうまく行っていたが、神世が万能なのではなく、物質界より失敗することが少ないだけで、決して完璧ではない。今回ばかりは、結婚にたどり着かないのではないだろうか。
*
西へ陽が傾いた官庁街へ、貴増参はやってきていた。庁舎から人がちらほらと出てくる。しばらく、人の流れを見ていたが、見慣れた人がやってきて、貴増参は瞬間移動でさっと近いた。
「独健、お仕事は終わりましたか?」
「よう、珍しいなお前がここにくるなんて」
はつらつとした若草色の瞳に貴増参が映り込むと、独健は少し驚いた。同じ隊だが部署はまるっきり違っていて、建物も違うから、わざわざこなければ会わないのだ。二人の脇を他の職員たちが通り過ぎてゆく。
「ちょっと話がしたくてきちゃいました」
「どうしたんだ?」
貴増参は胸に手をそっと当てて、少し前屈みになった。真摯な眼差しで言葉を紡ぐ。
「独健と僕は親友です」
「何を改まってるんだ?」
今日は平日で、素晴らしい冬空が仰げた一日だった。乾いた風がサラサラと頬を横切ってゆく。
「僕の頼みごとを聞いてくれますか?」
「それは、親友の頼み事なら何でも聞くぞ」
何かと思えば、いつものことではないか。貴増参が独健に願いを叶えてほしいと言うのは。独健の警戒心はまったくなかった。
「独健、よく言ってくれました」貴増参はにっこり微笑んで、一気に話を持っていく――罠の仕上げに入った。
「それでは、僕と結婚してください――」
「ああ、お前と結婚するな。」独健は両腕を組んで、うんうんと何度もうなずいていたが、「結婚する……結婚……うわっ!」言葉の意味が身にしみてきて、あたり中に響き渡る素っ頓狂な声を上げた。そして、慌て始める。
「なななな、何で、そんなことになったんだ?」
ジタバタしている独健を不思議そうな顔で見ては、人が追い越してゆく。貴増参は独健にチェックメイトをかけた。
「おや、約束は約束です。僕と独健は結婚しちゃいます」
「ちょちょちょっと待った!」
独健は貴増参の前に、結婚指輪をしている手のひらを突き出した。それを間近で見ながら、貴増参は腰で両手を組む。
「はい、待ちます」
「明智家に俺が婿に行くってことだろう? それって」




