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最後の恋は神さまとでしたR  作者: 明智 颯茄
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愛していても/2

 月主命の意識は少し先へと進んで、明引呼の家のチャイムを鳴らした。農園を見渡せる部屋へと通されて、お茶を一口飲むと、明引呼は身を乗り出す。


「大事な話って何だよ?」

「こちらです」


 優しい色使いの四角いものを、月主命はテーブルの上を滑らした。


「あぁ? 手紙ってか?」

「開けてください」

「ふー」


 明引呼はミニシガリロ の青白い煙を口から吐き出して、手紙の封をビリビリと破いた。中には紙が一枚きりで、鋭い眼光は文字を追って、すぐに何のことか理解した。


「結婚式の招待状ってか?」

「えぇ、僕は明日、他の男性と結婚します」


 動揺するほど若くもないが、こんなことは人生初めてだ。明引呼と月主命は視線を交えず閉口した。


「…………」

「…………」


 陽が次第に西へ傾いてゆく。窓をカタカタと揺らす夏風だけが動くものだった。


「…………」

「…………」


 何て言ったらいいんだ。明引呼は考える。するなと引き止めるのか。そこで野郎どもの笑顔が蘇った。やはり自分は人の上に立つ人間だ。明引呼はふっと笑って、


「そうか。てめぇが幸せなら、いいんじゃねぇか?」


 月主命の両手は膝に乗ったまま、誰にも気づかれないようにため息をもらした。


(引き止めて欲しかった……)


 これが最後のチャンスになる。この野郎どもに慕われてやまない男の気持ちを変えさえることができるのは。配偶者が増えれば、結婚までこぎつけるのは難しくなってくる。全員を賛成にさせなければいけないのだから。月主命は愛する人との別れが、この世界にもあるのだと認めざるを負えなかった。


 コーヒーを飲みながら、明引呼は黄昏気味に農園を眺める。


(ガキじゃねえんだ。惚れてんなら、月主の望むようにしてやんのが大人だろ)


 本当は離したくない。いつまでも、あの喫茶店でお茶をして、話をしていたかった。しかし、この男が決めた道だ。明引呼が引き止める理由はなかった。


 手紙を裏と表に返しながら、明引呼が沈黙を破った。


「で、式に出席しろってか?」

「えぇ」

「明智って、光秀さんのとこってか?」

「おや、知っているんですか?」

「陛下がらみでよ、仲良くさせてもらってたぜ」


 悪が倒された後の混乱が続く中で、陛下から分身した男のことは、今でも鮮明に覚えている。ただあっちは国家公務員で、こっちの農場経営者となってからは、顔を合わせる機会がなくなったが。


「その三女の家に僕は婿に行くんです」

「三女は知らねえな」


 明引呼が光秀と関係があった頃には、まだ倫礼本体は霊界にいた。神界へと上がってきたのはその後のことだ。


「それでは、式に出席して、顔を知っておいてください。僕のお嫁さんの一人なるんですから」

「いいぜ」

「そうですか……」


 やはり兄貴は後ろ髪など惹かれなかった。月主命の作戦は失敗に終わった。二人の間に気まずい沈黙がしばらく流れる。


 しがらみは誰にでもある。そのしがらみを全て誰も傷つけずに守るなり壊すのが、大人のすることだ。自分勝手に動くことは、決して褒められたものではない。


 夏風が窓をカタカタと揺らす音だけが鳴っていたが、やがて明引呼が口を開いた。


「……先生っつうのはよ、生徒を守んのが仕事じゃねぇのか?」


「えぇ」うなずいた月主命は、明引呼が黄昏気味に窓の外を眺めているのを見つけた。「ですが、僕たち大人よりも、彼らはずっと柔軟な心で受け入れてくれました」


 小学校の教師ではなく、農場で働く野郎どもを仕切る社長業。オレに何ができるんだ――。明引呼はやるせなさをぐっと飲み込んで、珍しく微笑んで見せた。


「幸せにな」

「ありがとうございます。それでは、失礼――」


 月主命が頭を下げて、消え去ってゆくようなそぶりを見せられると、明引呼は思わず引き止めた。


「おう!」

「えぇ」

 

 月主命はほっとする。だがしかし、明引呼から出てきた言葉は別のことだった。


「家は引っ越すのか?」

「えぇ、そうです」

「ならよ、月主るなすなくせや。月に住まなくなんだから、あるじじゃねえだろ」

「えぇ、そうします」


 月命は珍しく素直にうなずいた。やけにつっかかってくる言い方だったが、言っていることはあっている。


 少しぐらいは取り乱すかと思っていたが、寂しいそぶりも見せない月命に、明引呼は内心舌打ちをする。


(素直にうなずきやがって……)

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