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最後の恋は神さまとでしたR  作者: 明智 颯茄
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愛していても/1

 月主命は自分たちが暮らす惑星とは別の場所へきていた。広大な敷地に肉の生る木がたくさん植えられている。吹き抜けてくる風は夏の湿った匂い。ポケットの中には指輪の入った箱があった。


 自宅では紅葉が色をつけ始めていたが、ここは季節が一年中夏だった。そこにポツンと建つ家の前で、月主命は遠い日のことを思い返していた。


 学校の帰りにいつもお茶を飲みにいっていた喫茶店。初めて一緒にきた頃はまだ、発展途上でビルの建築が進んでいたが、今は立派な高層ビル群になっている。


 いつもそこで見つめる瞳は鋭い眼光で、自分とは違って男らしくあった。出会った時から、素敵な人だと思っていた。手を伸ばせばすぐに届く距離にいたが、教師と保護者という関係は崩せないままでいた。


 月主命は自発的に何でもする性格ではなかったが、この男に触れるためならば、生まれて初めて何かをしてみたい衝動に駆られた。


 相手のコーヒーがなくなる前に手を打たなければ、先へ進めない。あと一口というところで、月主命は決心した。


「明引呼、映画でも見に行きませんか?」

「ここまでにしとけや」


 明引呼はソーサーにカップを置いて、両手を頭の後ろへ回して伸びをした。決めたからにはそうそう後には引かない。月主命は真剣な顔をして聞き返す。


「そうですか?」

「『そうですか?』じゃねえよ。何企んでんだよ?」


 邪悪なヴァイオレットの瞳は姿を現していて、明引呼のアッシュグレーの鋭い瞳は隙なく凝視した。


「僕は企んでなどいません。ただ君と映画を見たかっただけです」


 ただの教師と保護者だったら、それもありなのだろう。しかし、明引呼は後悔する。あの日学校の放課後で声をかけたばかりに、こんな日がやってくるとは思わなかった。


 好きは好きだが、人としてのそれではなく、性的に惹かれていくばかり。これが最後だと自身に言い聞かせても、また次を誘っている。この愛の引力はとても強く、お茶だけにしておくのが唯一一線を引いている意地だった。それが崩れる――許しておけるはずもなかった。


 明引呼は笑いもせずに、射殺すほど鋭い眼光で月主命を見た。


「まるでデートみてえじゃねえか」

「友達同士でも、映画は見に行きますよ」


 何がいけないのだ。同性同士が結婚をしても、愛し合ってもいいではないか。三百億年も生きてきた月主命にとっては、どうってことはなかった。しかし、野郎どもの上に立っている明引呼はそうはいかなかった。


「からって、オレたちが行く道理にはならねえだろ」


 時期尚早だったのか。月主命はニコニコの笑みに戻り、カップに指先を引っ掛けた。


「君を苦しめるために言ったわけではありません」

「責めてるわけじゃねえぜ」


 会えなくなるのだけはごめんだ。明引呼はミニシガリロの灰を灰皿にトントンと落とした。


「映画はあきらめます。ですから、これからもお茶につき合ってください」

「おう、いいぜ」


 オレンジ色に空がなるたびに、別れを惜しむ自分たちはいるのに、大人は平気な振りをする。こんな日々が終わってしまうとは、この時の二人は思っていなかった。


    *


 あれから何の進展もせず、二人でお茶だけをしてきた。月に住んでいる月主命は、明智の分家は呼ばれていた。応接間で少し話をすると、蓮がプロポーズしてきた。


「前から好きだった。結婚してほしい」


 結婚指輪を差し出されたが、月主命はすぐに返事を返せずにいた。真っ先に浮かんだのは子供たちの笑顔だった。そして、明引呼だった。


「返事は少し待っていただけませんか」


 明引呼のことは算段がある。今は後回しだ。大人のことより、子供たちのためならば、何でもすると言っていた月命は小さな人たちの心を何よりも大切にしようとした。


 帰り際、子供たちの一人ひとりに聞く。月命が玄関へしゃがみ込むと、マゼンダ色の長い髪は床にサラッとついた。


「先生がお父さんになったらどうですか?」

「えっ!」


 子供たちは驚いた顔をしたが、すぐにぴょんぴょんと跳ねながら喜んだ。


「嬉しい!」


 そして、月にある自宅へ瞬間移動で帰った。そして、同じことを我が子に尋ねると、


「兄弟が増えるってこと?」

「えぇ、そうです」

「やったあ!」


 子供たちは万歳をして喜んだ。妻がにっこり微笑んでその様子を見ているのを前にして、月主命は彼女はこうなることをどこかで知ったのかもしれないと思った。


 負けることが好きな月命は、明引呼を呼び寄せる――今回は勝とうとして、ある作戦を進めることにした。 

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