思い出すたび増えてゆく/1
光命の守護神の資格は無事に取れ、キス事件や愛している事件が起きながらも、結婚生活は順調に進んでいた。
夕霧命たちと結婚してから一ヶ月が経ったある日、蓮は中心街にあるフルーツパーラーに来ていた。呼び出された焉貴は山吹色のボブ髪をかき上げて、マスカットを一粒頬張る。
「久しぶり」
「ん」
「もう五年ぶり?」
「だいたいそうだ」
蓮はまた瞬間移動で砂糖のスティックを手元へ出して、次々にコーヒーの中に入れていた。
「で、大事な話って何?」
傍に置いてあった小さな箱を大切そうに持ち出して、蓮は焉貴に見せた。
「結婚してほしい」
開けられた箱の中にはシルバーの細いリングが入っていた。男にプロポーズされた焉貴はあきれた顔をする。
「お前、今頃気づいたの?」
「?」
プロポーズをしにきたのに、そんな言い方をされて、蓮が不思議そうに首を傾げると、銀の長い前髪がサラッと落ちて両目があらわになった。
「まあ、いいけどさ。いいよ、結婚」
二つ返事で決まった。焉貴としては前から蓮の気持ちも自分の気持ちも知っていたのだ。別段驚くことじゃなかった。というより、遅いくらいだった。
「荷物まとめてすぐに引っ越せるから」
「なぜ、結婚すると知っていた?」
そして、焉貴の特徴である無意識の策略が出る。
「何となく? いつの間にかそうなってた?」
「ぷぷ……!」
自分のことが疑問形だなんて、蓮は吹き出して笑い始めた。
「ほら、笑ってないで、家に帰って報告でしょ」
焉貴は蓮の腕をトントンと軽く叩いて、指輪を受け取った。
*
そして、数日後。
「え……?」
おまけの倫礼は間の抜けた顔で、久しぶりに会った焉貴をまじまじと見つめていた。
「何、これ、こいつに結婚すること言ってないの?」
驚くことを通り越して、唖然とするしかなかった。明日結婚するでもなく、式が終わった今に挨拶にくるという、事後報告もいいところだった。
「いやいや、待ってください。その前に、焉貴さんって、私って言って、ですます口調でしたよね?」
勝手に結婚された妻はそっちが気になった。
「それは表向き。いいじゃん、もう結婚しちゃったんだから、普段通りでさ」
「そんな……。事後報告ですよ。今までは前日に結婚するって言ってたのに、結婚式の後に教えられるなんて」
おまけは結婚に翻弄されていた。しかし、本体が別にいるのなら、おまけにはどうこう言う権利はないのだ。みんな仲良く――という法律を律儀に守ることに必死にならなければいけない。
「お前、直感したんでしょ?」
おまけの倫礼は未だに、神の名簿の紙が本棚に入っているのは健在意識で忘れていたが、だいぶ後になってから以前会った焉貴のことはすぐに思い出せたのだ。
「まあ、何だか急に気になったんです。どうしてるのかなと思って」
「ならいいじゃん」
「はあ……」
何がよいのやら。倫礼はため息をつくしかなかった。
「じゃあ、よろしくね」
結婚指輪をした手で、馴れ馴れしく触られそうになって、おまけの倫礼は無駄な抵抗だとしても抵抗した。
「いやいや、よろしくですけど、蓮の友達だと思っていて、恋愛対象じゃないんです。だから、困るんです」
旦那の友達が夫。あり得ない人間関係に、人間の女はオーバーヒートを起こす寸前で、かろうじて意識をたもっていた。しかし、三百億年も生きてきて、街中で同性にナンパする男の価値観はぶっ飛んでいた。焉貴はナルシスト的に微笑んで、指先を斜め上へ向かって軽く上げる。
「じゃあ、俺と『しよう』?」
何もかもをすっ飛ばされて、夜の話にいきなり着手。おまけは慌てて意見した。
「何で、そこに話が飛ぶんですか?」
「ねえ、しよう?」
「いやいや」
「ね、しよう?」
「心がないのにできませんよ」
と、もっともらしいことを神に伝えたのに、当の本人は気にした様子もなく、めげずにナンパするようにベッドに誘う。
「だから、俺としよう?」
「いやいや。どんだけ繰り返すんですか?」
「しよう?」
「え〜〜!」
「お前としたいの」
「いやいや」
夏休みの数学教師は毎日こんな調子で、二週間を過ぎる頃にはおまけの倫礼が折れた。




