時代の最先端/4
結婚式が終わって数日後、おまけの倫礼はパチパチと今日も執筆活動に余念がなかった。ノリノリで文字を打ち込んでゆく。
「ふふ〜ん、この小説書きやすくなったなあ。光さんがモデルのキャラクター描く時に迷った時は、本人に聞けばいいんだもんね」
「調子はいかがですか?」
聞こえやすい右側から話しかけられて、しかもそれが愛する光命となれば、倫礼の手はピタリと止まるのだ。
「はい。今のところいいです。孔雀大明王さんのキャタクターと光さんのキャラクターが絡むところなんてなかなか面白いんですよ」
「そうですか」
パチパチと打ち込もうとしたが、倫礼はあることを思いついて、光命の横顔に問いかけた。
「そう言えば、孔雀大明王さん知ってますか?」
「いいえ」
「実際に会ってみたら、小説みたいな掛け合いが始まるのかなあ」
いい掛け合いで、それが現実のものになると想像するだけで、倫礼は胸踊らせた。光命も気になった。
「どのようなものか見せていただけますか?」
「はい、どうぞ」
倫礼はマウスを操作して、あっという間にその場面を画面に映し出した。しばらくすると、光命が同意した。
「会ってみたいですね」
コウに言われて、呼べばくると言われていたが、結局一度も呼ばずじまいで、あれから十年近くの月日が流れてしまった。それでも、倫礼は呼び出すの失礼だと思っていて、普通に出会える機会をうかがう。
「ん〜? 孔雀大明王さん、知ってるとしたら、子供つながりですよね。パパ友とかそういうの」
我が家の子供たちを思い浮かべてみるが、どうもクラスメイトではないようで、森羅万象にねじれが生じた。おまけの倫礼は一人ぶつぶつと言う。
「でもなあ、うちの子供たちは同じクラスじゃないからね。同じ五歳でも世代が違うんだよね。生まれたのうちは遅かったから」
六百八十七年で一年と数える神界では、数年の間で、クラスは完全に別れさせて、新しく生まれた子だけで新しくクラスを作るのが当たり前だった。
「どのようにしたら会えるでしょうか?」
「ん〜〜〜、子供子供……あ!」
倫礼の脳裏でピカンと電球がついたようにひらめいた。
「何か思いついたのですか?」
「帝河だったら、友達多いから、孔雀大明王さんちの子と仲良いかもしれないです」
あの弟ときたら、誰にでも声をかけるものだから、友達がたくさんいて、メールと電話が鳴り止まない日々を送っているのだった。
「それでは、少々行ってきます」
隣の敷地に立っている本家の玄関を目指して、光命はさっそく瞬間移動した。
*
その頃、本家の子供部屋では、子供らしいくりっとした瞳が、夏休みを満喫できずに、携帯電話をずっと見て操作し続けていた。
「お、メール……お、メール……お、メール……」
「帝河?」
遊線が螺旋を描く優雅で芯のある声が不意に聞こえて、呼ばれた帝河は振り返った。
「あぁ? 何だ? 光。俺の部屋にきて何か用か?」
「孔雀大明王さんを知っていますか?」
何の前置きもなしに言われたが、義理の弟は意気揚々と答えた。
「おう、知ってんぞ。明日ちょうど遊びにくんぞ」
「それでは、同席させてください」
「あぁ!?」
四百年も生きている五歳の弟だったが、さすがに驚き声を上げて、椅子の上で打ち上げ花火が上がるようにぴゅーっと飛び上がった。しかし、光命は気にせず、約束を取りつけようとする。
「何時に見えますか?」
「朝の九時にはくんぞ」
「それでは、その頃またきます」
いつも冷静な義兄なのに、ずいぶん浮き足立っているようで、帝河は不思議そうな顔で、消え去った畳の上をしばらく見ていた。
「どうなってんだ? 光のやつ」
親を差し置いて、義理の兄が義理の弟の遊びにつき添う。どうにもおかしな話だった。
そして翌日――。
子供の付き添いできた孔雀大明王が玄関に現れると、帝河とともに光命が出迎えた。
「初めまして、兄の光命と申します」
「どうも……」
孔雀大明王は少し驚いた顔をした。子供の付き添いできたというのに、義理の兄が顔を見せたのだから。
それから、数時間後――。倫礼の部屋に戻ってきた光命に彼女は問いかけた。
「ところで、光さん、孔雀大明王さんとはどうでしたか?」
「明日のパーティに誘われましたよ」
「よかったじゃないですか」
「えぇ」
光命の笑みは優雅ではあったが、氷雨降るほど冷たいものではなく、陽だまりみたいな温かみのあるものだった。結婚したことによって、別の大人の付き合いが広がる。それは子供を間に挟んだもので、穏やかな関係だった。
とても幸せそうな光命の横顔に、おまけの倫礼は嬉しそうに微笑みかける。
「小説の中みたいな掛け合いはしましたか?」
「えぇ、とても楽しかったですよ」
「やっぱり、モデルにしてるだけあって、現実でも息が合うんですね」
「そうかもしれませんね」
新しい友人ができたと喜んでいる明智家の人だったが、まさか身内になるとは誰も知る由もなかった。




