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最後の恋は神さまとでしたR  作者: 明智 颯茄
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遅れてきた花婿/4

 青の王子はもう妻帯者だ。倫礼もそうだ。感じることもできなくなったが、彼女の現実は神さまが住む世界だ。


 四十半ばの綺麗でもなく、精神障害者の女を誰が好き好んで愛する人がこの世界にるのだろう。いるとしたら、自身の心を見てくれる、あの世の存在だけだ。


 だからこそ、彼女は自分のダメさ加減に、絶望していましめるのだ。


「何を考えてるんだろう。もう自分は蓮と結婚してるし、光命さんだって結婚してる。きっと病気になったから寂しくなって、自分勝手になったんだ」


 違うと思いたかった。自分がとても惨めだった。時々考える。生きていなければ、もう悩むこともないのだと。自分はいつか消えてゆく運命で、何もかもが無になる。途中でやめてもいいのではと思う。


 ただひとつ、彼女を引き止めたのは子供たちだった。あの小さな人たちの純真な心に応えたい。途中であきらめずに、最後まで生きたと。


 現実はとても厳しく、彼らにも会うことはなくなってしまったが、それでも今もどこかで生きているのだと信じていた。


 倫礼はパチパチとキーボードを打ち始めながら、泣きそうになりながら無理やり微笑む。


「まだまだだな、自分は。自分の欲望で、人の幸せを歪めてしまうんだから。蓮に申し訳ないよね、聞こえてるんだから」


 話しかけなければ、いるのかいないのかわからないほど、口数が少ない、我が夫であり、守護神。そんな蓮が神界で人気絶頂のアーティストとなっていることさえ、倫礼は知らないのだった。


 彼女は神に与えられた今を懸命に生きようとする。物語に没頭して、高望みを消そうとした。


「忘れよう、忘れよう。思考回路だけが好き。自分に言い聞かせて、忘れよう。忘れる!」


 十四年間、憧れだけで、言動を起こさなかったおまけの倫礼。それなのに、結婚を急に望むようになった真意を、病状のよくない彼女は導き出せなかった。


 それからきっかり二週間後――


 じりじりと照らす太陽から逃げるように、今日もエアコンのよく効いた部屋で、倫礼はせっせと小説を書いていた。


 ふと手を止めて、視線を上げると、針のようなサラサラの銀髪と鋭利なスミレ色の瞳を持つ、すらっとした体躯の男が部屋へ入ってきた。


「蓮……。しばらくぶりに見た。もう三年以上も見てなかったかも」


 人の体は全て脳で管理されている。脳の病気である双極性障害によって、霊感に使える脳が疲れ切っていたのだ。しかし、それは療養して、見えるところまで回復したのだ。


 蓮が誰かの手を引いて部屋を横切ってくる。知らない人だ。


「誰か連れてきた。男の人? 誰?」


 顔を見るまでは回復していない。言葉を聞き取れるかもわからない。ふたりの神が部屋に入ってきていることに、倫礼は自分らしさを少し取り戻した。


 物理的法則を無視して、蓮に連れてこられた男は、パソコンのすぐ後ろに座り込んだ。そして、


明日あす、あなたと結婚します――」


 その声色は、遊線が螺旋を描く優雅で芯のある男のものだった。倫礼は今使える霊感を最大にして、その神をじっと見た。


 顔はよく見えないが、髪は少しゆるいカーブを描いて、肩の後ろへと落ちていた。そして、彼女のもうひとつの特技を使って探る。


 冷静な気の流れと激しい感情を持つ、男性神がすぐそばに座っていた。


(一度も会ったことないけど、話したこともないけど、この人は――)

「光命さんですか?」


 彼女の霊感が教える。ねじれがどこにもないと。森羅万象として、間違っていないと。


「えぇ」


 光命が短くうなずいた。倫礼の瞳はみるみる涙でにじみ、彼女はボロボロと涙をこぼし始めた。


 絶望の淵など世界のどこにもないのだ。ただの夜明け前だけで、必ず日は昇るのだ。十四年の月日の答えが今ようやく出た。


「私は何も間違ってなかった。結婚する運命だったから、許されなくても好きになって、今まで忘れることができなかったんだ……。ううん、運命だから、忘れちゃいけなかったんだ」


 優雅な笑みを絶やさない光命には、倫礼の心の声は全て届いていた。今目の前で書いている小説の中の人物とは、少し違うと倫礼は思う。


 あの刺すような、突き放すような冷たさはなく、優雅な笑みだけがそこにあった。それは他人の距離感ではなく、親しみの雰囲気をまとっているからだろう。


 しかし、理論派であることは間違いない。事実から可能性を導き出す人物。だからこそ、光命は一目惚れは絶対にしない。ということは――


「いつから私のことを見てたんですか?」

「今からちょうど三年前です」


 外では蝉時雨が意識を遠くへ飛ばすように、激しく降り注いでいた。

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