もっと自由に羽ばたけ/3
「お前の視野を狭くしてんのは、地球で生きてた時の記憶でしょ? 塗り替えちゃえばいいじゃん?」
「そうだね」
白いモード服だって、土汚れもつかない。汗をかいたとしても、それは乾いて、元どおりになる。
その中で、私塾をやってゆくためには、地球で生きていた時の記憶は変換をしないと、この世界では通用しない。
孔明と焉貴はススキの黄金色が風できらめくのをしばらく黙って眺めていた。
恋する軍師は感情を相手に悟られないようにしているだけで、波間に揺れる小さな舟のように、足元が救われそうになったり、ひっくり返りそうに本当はなっているのだ。
田舎育ちで、外を平気で素足で歩く焉貴が、草の合間から彫りの深い顔立ちで、陛下に似ている面影で空を見上げている。それはとても自然体で、飾り気がないからこそ絶美。
この男は確かに、自分を愛している。
こうやって、自分の求めている答えを与えてくれるのだから。
そして、自分もこの男を確かに愛している。
そう認めるところまで、時は過ぎたのだ。
全てを記憶する男同士。いつ誰が何と言って、自身が何と返してどうなったのかまで、何ひとつ順番を違えずに覚えている。何ひとつかけていけない思い出だった。
さわやかな秋風に、焉貴のマダラ模様の声がふと乗った。
「俺さ、来月から高校の教師になんの」
距離が縮まった気がした。焉貴が仕事の話など今までしたことがなかった。孔明は手のひらに頭を乗せて、横向きになった。
「何かあったの?」
「前々から、高等部に移動願い出してたの。やっと空きができてさ」
「どうして、初等部のままじゃないの?」
「俺さ。平気でこう言っちゃうじゃん?」
焉貴が何を言おうとしているのか気づいたが、孔明はこの目の前にいる男の綺麗な唇から聞いてみたかった。
「言ってみて?」
「俺のペニ○手コ○でボッ○させて? って」
せっかくのシリアスシーンが崩壊するほど、十七禁ワードの連発だった。生まれたての赤ん坊のような穢れのない心で純真無垢で言ってのけるのだ。
男同士の会話で、孔明は珍しくふんわり微笑んだ。
「焉貴、本当に下心なしで言うよね?」
「俺、少年の心持ちながら大人やっちゃってんの」
焉貴は至って真面目に話しているだけで、自画自賛しているわけでも、過小評価しているわけでもなかった。この男はいつもこうなのだ。堂々と生きている。
漆黒の長い髪をつうっと空へ向かって、孔明は伸ばしてゆく。
「それが転任とどう関係するの?」
「小さいガキよりも、大きいほうが俺に近いと思ってさ」
多少なりとも話が通じやすい高校生にしたと言うことだ。孔明の指先から髪がサラサラと頬へ落ちてきて、神界の絶対ルールが告げられた。
「今の言葉って、高校生にはどうやっても聞こえないでしょ?」
「そう。卒業する十七歳にならないと、目の前でマスター○ーションしても見えないの」
まるでこれからすると言わんばかりの、ずいぶんな高校教師だった。男女の営みの絵を実家で見せた時の、弟や妹と同じように別のものに見えるか、いないことになるという十七禁のルール。
大人の話が通用する生徒を教える先生の需要はある。孔明はそこをあえて突っ込んでみた。
「大学の教授はやらないの?」
「大学あんまり生徒が通わないじゃん?」
「そうだね」
大抵の人は高校で卒業し、あとは社会へと出て実戦で技術を磨く。学歴を重視する人は誰もいない。実力が問われる世界。
学者や音楽家などのエキスパートを目指す人間でないと、大学へは行かないのだ。十七歳以上の生徒を教える教師の需要はないに等しかった。
「で、専門的に必要な講義を受けるのが大学だからさ。数ヶ月で卒業するやつがほとんどでしょ? 募集かかってないんだよね。だから、高校生ってこと」
専攻科目を受講すれば、卒業というシステム。もしくは、一分野だけ秀でている小学生などが、飛び級で大学の授業に出るということぐらいだった。
「高等部でもよく空きが出たね?」
「そうね? 六千二百年生きてるガキの人口って少ないからね」
前の統治者の元では、子供を産むことを躊躇する人が多かった。仲むずまじしく過ごしていれば、左遷されて会えないようにされてしまうのだ。
子供は生まれれば、親の霊層によって、一気に十八歳まで大きくなることもしばしばだった。十代の子供の数が圧倒的に数ないのだ。
「ただ、教師もそれ以上生きてないとなれないからね」
小学校の教師は需要もあれば供給もある。六年生でも、生きている時間は四千年を超える。高校三年生ともなれば、七千五百年も生きてきているのだ。大抵のことは学んでいる。
二千年弱しか生きていない孔明ではなることは難しい。人生経験がやはり足りないのだから。五千年以上の時を埋めるのはかなりの技術がものを言うのだ。




