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最後の恋は神さまとでしたR  作者: 明智 颯茄
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もっと自由に羽ばたけ/2

 千八百年近くの付き合いだ。相手の考えていることなどわかる。張飛の声色は優しさだけになった。


「できるようになれるから、この世界にいるんじゃないっすか?」

「そうだね。理論で考えれば、そうだ……」


 孔明の視界は少しだけ涙でにじんで、青空の美しさが世界の広さを実感させる。途切れてしまった会話。


 少しだけ立ち止まって、この男に甘えてもいいだろうか――。


 孔明のこめかみを一筋の涙がこぼれ落ちてゆく。板の間におはじきみたいな水溜りができた。


 遠くで女と子供の声がかすかに聞こえたあと、張飛が沈黙を破った。


「それじゃ、そろそろ切るっす。今日は家族で外食する約束っすから」

「うん。それじゃ」


 孔明が返事を返すと、電話は切れた。いつになれば、結婚へとたどり着く作戦を実行できるのだろうか。まだまだ遠い話だと、恋する軍師は夏の風に一人吹かれた。


    *


 時は過ぎて、秋がやってきた――。


 黄金色に輝くススキが秋風に揺れるのをふたりで――別の男と見ている。文机のそばに横座りして、膝の上に黄緑色の目をした男が頭を乗せていた。


 孔明に膝枕されている焉貴は、あらゆる矛盾を含んだマダラ模様の声で言った。


「お前、立ち上がって」

「何?」


 焉貴は起き上がって、山吹色のボブ髪を器用さが目立つ手でかき上げる。


「いいから」

「ん〜」


 白いモード系ファッションに身を包んだ孔明は言われるがまま、二百三十センチの背丈で立ち上がった。


 焉貴は横になって、立てた肘で手のひらに頭を乗せる。裸足に床の冷たさが広がり、青空とススキをバッグに孔明を仰ぎ見た。


 あの日、友達と飲みに出かけて、高級ホテルの入り口で見かけた、この男に一目惚れをして、今こうして、自宅に招待されて膝枕をするまでの仲になっていた。


 愛している気持ちは冷めることはなく、今も続いているからこそ、この男が何を悩んでいるのか言わなくてもよくわかった。


 教師という職業柄、焉貴は孔明に教えを説こうとする。


「俺のほうに真正面向けて、縁側の端に立って」

「うん、立ったよ」


 孔明は家に中を見渡す位置で、横に寝そべっている男を見下ろす。自身を綺麗だと言って声をかけてきた男と、いつもここで膝枕をするのに、今日は違っていた。


 板の間ギリギリで立つ孔明のすぐ後ろは地面より数十センチ離れて、大きな段差があった。


 宝石のように異様に輝く黄緑色の瞳は、聡明な瑠璃婚色のそれを見返す。その雰囲気は戦車で強引に引っ張っていくようなものだった。


「そのまま体曲げないで後ろに倒れて」


 地面の上に背中から落ちろ――。


 驚きはしなかったが、さすがの孔明も一瞬言葉をなくした。


「…………」

「やって」


 焉貴はどこまでも無機質な心と目で、一目惚れした男が後ろ向きで落ちてゆくのを待った。


 ミラクル風雲児は奇抜なことを言うが、冗談は一言も口にしない性格だ。真剣に指示を出してきたのだ。


 理論ではわかっている。縁側から落ちて、地面につぶかる。痛みはほとんどなく、怪我もしない。死ぬこともない。


 平気なのだ。ただ怖いのだ。後ろからまっすぐ落ちることが。だが、孔明はわかっている。恐怖心は自分でしか取り除けないのだ。


 ここで立ち止まっていては、前に進めないのだろう。目の前で寝転がっている男と同じところへ行ける可能性は低いままだろう。


 心地よい秋風が吹いたのを合図に、絶壁から谷底へ向かって落ちてゆくように、体重を後ろへかけた。


「えいっ!」


 焉貴が下へ消え去り、天井が見えたかと思うとすぐに青空が真正面に見えて、カサカサと草が擦れる音がした。


 そして、地面へぶつかったが、痛みも衝撃もほとんどなかった。重力十五分の一で生きている。この世界の人間はみんなこうやって生きている。


 孔明は取り越し苦労だった恐怖が霧のように消え去って、珍しく春風みたいな柔らかい笑い声を漏らした。


「ふふっ。ふふふっ」

「どう?」


 縁側にいたはずなのに、焉貴の声が真正面から降ってきた。瞬間移動ですぐそばへきたのだと思い、孔明はさっと目を開ける。


「楽しい!」

「でしょ?」


 そう言う焉貴は素足のままで、草の上に平気で立っている。汚れることも起きない神界でずっと育ってきた焉貴は、ナルシスト的に微笑みかけた。


「死なないんだよ。怪我しないの。だから、なんでもオッケーじゃん?」

「うん」


 焉貴は地面に立ったままの格好で、後ろへ倒れたが、紙がふんわり舞い落ちるような軽やかさだった。ふたりで庭に寝転んで、秋空を見上げる。

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