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最後の恋は神さまとでしたR  作者: 明智 颯茄
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たどり着いたのは閉鎖病棟/4

 働けるだけの気力も体力もない倫礼は、生活保護を受けて生活することに決めたが、やはり今は一人で生きていけるだけの強さはなかった。


 チャットにのめり込むようになり、夜中の二時過ぎまで起きていて、朝は十時に目が覚める。昼夜逆転しそうな勢いだった。それが、自身の病気にどんな影響をもたらしているか気づく由はなかった。


 北向きのかび臭い一人きりのアパートで、神の元から離れた倫礼は絶望の淵へと落ちてしまった。


 動く気力も体力もない中で、脳裏に浮かぶ。


 お気に入りのスカーフを、クローゼットの取手に巻きつけて、そこへ首をかけて、自殺する。あの声がまた頭の中を占領する。


(死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい……)


 だが、倫礼が懸命に駆け抜けてきた、失踪の七年間は決して無駄ではなかった。彼女は以前より強くなっていたのだ。客観的に今の自分を見つめるのだ。


(おかしい。だって、聞いたよね? コウに。人は誰でも自分で産まれたいって望んで産まれてくるって。だから、それを放棄するのは無責任以外の何物でもない。確かに、自分は最初からこの肉体に入ってたわけじゃないから、違うかもしれないけど……。どんな状況でも、自分の責任だよ。だから、自殺するのはいけない)


 それでも、頭の中で呪いの呪文のように繰り返される。スカーフをクローゼットの取手に巻きつけて、首をつる自分の姿が容易に想像できる。


 それでも、倫礼は何度も振り払おうとする。そんな日々が数日続いたが、自殺願望は頭から消えなかった。


 倫礼は自分が世界で一番怖くなった。


「このままじゃ、自分で自分を殺してしまう。病院へ行こう……」


 翌日、診察予約を前倒しして、医者に助けを求め、彼女はそのまま入院となった。


    *

 

 土曜日の午後いうこともあり、病院は静かだった。何がどうなって今ここにたどり着いているのかの記憶がないが、大きな部屋にベッドがひとつの個室に通された。


 案内してくれた看護師が慣れた感じで言う。


「荷物はこちらで全て預かっています」

「はい」

「こちらに着替えてください。ブラジャーにワイヤーは入っていますか?」


 渡された病衣を受け取りながら、倫礼は変な質問だなと思った。


「はい……」

「それではそちらも、こちらで預からせていただきます」

「はい」


 しばらくすると、自分の手持ちの物は下の下着のみになった。脱いだ服を看護師に渡すと、こんなことを聞いてくる。


「コンタクトレンズは入っていますか?」

「はい……」

「それではそちらも、預からせていただきます」

「はい」


 手元の字も見えないほど視力が弱い倫礼は、ぼんやりとした視界の中で洗面所のようなところへ案内され、部屋の中に再び戻ってきた。


「一時間ごとに看護師が見回りできます」

「はい、ありがとうございます」


 倫礼が頭を下げると、扉は静かに閉まり、ガシャンと外からロックをかけられた。それをおかしいと思うこともしないほど、彼女は疲れ切っていた。


 もうすでに日が暮れた窓辺に寄って、サッシに手で触れる。


「カーテンがない……。窓が開かない……」


 鍵が開かないようにされているのではなく、ガラスが動くレールがないのだ。斜め後ろに振り向くと、


「トイレにドアがない……」


 部屋のドアから少しだけ見えるような位置で、壁があったがその縁を倫礼は手でなぞった。


「仕切りの角がなくて、丸い……」


 天井で赤い点滅を繰り返すものが視界に入った。


「あれって、監視カメラ?」


 異様な空気が漂う個室を見渡して、倫礼はここがどこかがたどり着いた。


「精神科の閉鎖病棟だ――」


 ベッドの上に腰掛けて、ほっと胸をなで下ろした。


「でもよかった。これで、自殺しそうになったら、誰かに助けを求めることができる。もう自分を殺しそうになることもない」


 きりきりとねじ上げられた布が引き裂けてしまいそうな毎日とは違っていた。物音は何もせず、明かりも優しく、薬を飲んで眠りにつく。


 やっと休めるような気がした。ぼやけた視界の中で、耳の感覚を研ぎ澄ますと、鍵は外にもうひとつかけられていて――二重になっていたが、何もかも失ってしまった、おまけの倫礼には束の間の休息だった。


    *


 そして、翌日。軽い診察のあと、医師からこんな質問をされた。


「今まで調子が良かった時や気分が爽快だった時はありましたか?」


 倫礼は少し記憶を巻き戻し、正直に告げた。


「はい、ありました」

「そうですか。それでは、何かあったらいつでも声をかけてください」

「ありがとうございました」


 ひとり残された病室で、倫礼はベッドに腰掛け、自分の手を落ち着きなく触る。さっきの医師の言葉は、まるで自分の過去を見てきたような言い方だった。


「気分がよくなったのって、病気がよくなってたからじゃないのかな? どうして、改めて聞くんだろう?」


 一抹の不安の覚えた――――

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