たどり着いたのは閉鎖病棟/2
仕事をこなしながら、心の中で守護神に確認を取る。それはまるで、潜入捜査でもして、無線機でやり取りをするようなふたりだけの秘密みたいで、変わった恋愛の仕方を、倫礼はまたしていた。
「あの人は? 落ち着いてるところが、蓮に似てると思う」
「あれは違う」
だが、なかなか機会がめぐってこないと思っていたが、とうとうその日はやってきた。いつもどおり仕事をこなし、彼女の直感が刺激される。
(ん? あれ? あの人あんなにいい匂いしたかな? この前まで気にならなかったんだけど……!)
それは、二ヶ月ほど前に移動してきた男だった。特に何が気になるわけでもなかったが、とにかくリアクションは薄いのだ。
本人には知られないように、蓮に心の中で確認を取る。
「あっ、もしかして、あの人?」
「そうだ」
「よし、あとは告白する機会をうかがうだけ、と」
こうやって、おまけの倫礼は人とは違った方法で、また新しい恋に出会ったのだった。そして、二ヶ月も経たずに付き合うこととなる。
*
おまけの倫礼は夢のような毎日を過ごしていた。触れることのできない、神である蓮の波動を受けた、人間の男が恋人としている。
全てが満ち足りる人生などないが、鬱病はいつまで経っても症状はよくならず、薬の量も通院するスタンスも変わることはなかったが、倫礼はとても幸せで満たされていた。
しかし、神まで見える霊感を持った彼女は、人とは違った人生を歩むこととなったのである。
焉貴が直感していた通り、蓮が見ることのできない未来へと進み出したのだ。それは天国から地獄へと真っ逆さまに落ちてゆくようなものだった。
手始めにふたりを襲ったのは、倫礼が霊感をあまり使う暇がなくなったことだ。現実の恋人に意識を奪われ、神である蓮と直接話す機会が完全になくなった。
蓮の波動を今でも受けているかもしれない、恋人と付き合い始めて数ヶ月後には、中絶という選択肢を選んだ。倫礼はこれから起きる出来事にただただ耐えてゆく日々を送る。
恋人との付き合いは続いていたが、狭いアパート暮らしでふたりは不便だということで、広い部屋へ引っ越した。
彼女はよく知らなかったのだ。自身の病気についてを。それが何を招くのかさえも。
フルタイムで働くことはなくなったが、駅まで二十分以上歩いて、新しい職場へと働き始め、四十一歳の夏を迎えた。
休日に買い物へ行く。昼間の暑い時間帯は避けて、おまけの倫礼は一人でアスファルトの上を歩いてゆく。近所の慣れた道を。
「っ!」
ふと転びそうになる。段差があると知らずに、乗り上げたみたいにズーッと靴底を擦って、前につんめりそうになった。
倫礼は振り返り、首を不思議そうに傾げた。
(あれ? いつも歩いてる道なのに、段差なんあてあったかな? おかしいな)
最初は小さな違和感だった。だが、やはり外出をすると、何度か足を引きずる――いや自分の思い通りに足が動かないといったほうが正しかった。
姿勢のせいなのかとか、暑さのせいなのかとか、倫礼なりに考えてみたが、夏が過ぎでも回数は減ったにせよ、足を引きずることは起きていた。
転ぶかもしれない。そう思うと彼女は外出するのが億劫になっていった。それでも、働こうと彼女は考えた。
「家から出るのが苦痛だから……。そうだ! 家でできることを仕事にしよう!」
そうして、神さまと話すこと、神界を見ることが遠ざかっていた彼女は、コウの言いつけを破ってしまったのだ。
「霊感を使って占いをしよう――! 電話占いがある!」
そして、始めた占いだった。相談者の守護神にきていただいて、その話を聞く。だが、彼女は何を占えばいいのかわからなくなった。
「誰も魂の入ってる人がいない。過去世もないし、その人の意思はどこにもない。肉体が滅びたら、存在もなくなる。でも、それを伝えても耐えられないし、それどころか認めないと思う。そうすると、余計に霊層下がるよね? 世界の仕組みをきちんと理解することも霊層が上がる大きな条件なんだから。みんなの役に立てない。どうすれば……!」
他の守護神がそっと耳打ちしてくれた。
「私たちが作った話を伝えればよいのです」
倫礼はたくさんの神さまに出会いながら、仕事をこなしていったが、彼女はコウが忠告した通り、心を病んでしまった。
「不倫の相談ばっかりだ。しかも、自分を正当化して、どうやったら続くかの相談ばかり……。普通、どうしたらやめられるかを考えるんじゃないのかな? どうしたら、誠実に人を愛せるかではないのかな? きちんと離婚してから付き合うのが普通だよね? 家族の気持ちは考えてないのかな? あの真実の愛が永遠に続く、綺麗な神界はどこにいったんだろう? 自分の欲を満たすんじゃなくて、相手を思いやる気持ちはどこにもない……」




