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最後の恋は神さまとでしたR  作者: 明智 颯茄
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空似は方向音痴だ/1

 男性教師は算数の教科書を片手に、窓から差し込む夏の日差しに目を細める。


「いい天気ね、今日も」


 地球十個分の広さのある長い廊下を進もうとすると、保護者であろう男がひとり行き止まりの廊下で左右に顔をやっている姿を見つけた。


「何やってんの? あいつ」


 最低限の筋肉しかついていないすらっとした体躯で、銀の髪が人目を引く。しばらくあたりを見渡していたが、教師に向かってくるように廊下を足早に歩き出した。視線が合うわけでもないどころか、気づいていないようだった。


「また戻ってきて……。声かけちゃう?」


 算数教師の男は、校内に入り込んでいる男に的確な言葉を投げかけた。


森羅万象むげん 焉貴と申します。失礼ですが、どなたのお父さんでいらっしゃいますか?」

「明智 隆醒りゅうせいの父、蓮と申します」


 呼び止められた父は、革靴を履く足のかかとをそろえて、深々と丁寧に頭を下げた。焉貴は頭をゆっくりと上げる蓮を見て、生まれて初めての体験をした。


(世の中こんなに似てるやつっているんだね。他人の空似ってやつ。運命感じるね)


 髪の色と形、そして、瞳の色は違う。背丈は若干焉貴のほうが大きかったが、鏡に映したみたいにそっくりだった。


 滅多に驚かない蓮も、山吹色のボブ髪と黄緑色の瞳を見つけて、思わず息を飲んだ。


「っ!」


 スラッと背の高い保護者と教師は、小学校の廊下でじっと見つめ合う。


(なぜこんなに似ている? どうなっている?)

(驚いてるみたい)


 蓮は当然だが、焉貴の面影は陛下に似ているというもっぱらの噂だった。姫ノ館に初めて赴任した時に、父兄がざわついていたのも無理がないほどだ。


 さわやかな夏風が窓から入り込み、ふたりの髪をそれぞれ揺らす。蓮の綺麗な手に握られた紙がパサパサと音を立てた。


「息子さんの教室でしたら、突き当たりを左ですよ」

「?」


 まるで以心伝心みたいな焉貴の前で、蓮がぎこちなく首を傾げると、銀の長い前髪がサラサラと落ちて、鋭利なスミレ色の瞳が両方現れた。


 焉貴は気にせず、戦車で引っ張ってゆくように話を続ける。


「入学後初めての学校への訪問ですよね?」

「なぜ……?」


 宝石のように異様に輝く黄緑の瞳が、蓮の手元に向けられた。


「手に訪問の紙を持っています。教室の場所がわからないみたいでしたから、そうかと思いまして……」

「お気遣い、ありがとうございます」


 蓮がきちんと礼儀正しく頭を下げると、焉貴の砕けた服装も同じように頭を下げた。


「いいえ、こちらこそ」


 忘れることが起きない焉貴の頭脳の中には、子供たちの名前とクラス名が生徒数を何兆を越すのに、きちんと記録されていた。


 蓮は行き止まりまで歩いて行き、左に曲がると、もう姿を現すことはなかった。


    *


 それから、数ヶ月後――。


 銀の長い髪を持つ蓮は、小学校の同じ廊下をまたうろうろとしていた。算数の教科書を小脇に抱えた焉貴が、廊下に佇んで様子をうかがう。


「また? 今度どこ行く気?」


 数ヶ月前と同じように、廊下の行き止まりで左右を見渡していたが、しばらくすると、焉貴が立っている廊下を進み出した。


「戻ってきた。こっち玄関……」


 用がないのに子供が心配でくるような、親バカな人物ではなく、また手に紙を持っているのを、焉貴は見つけた。


「失礼ですけど、今日はどのお子さんの訪問ですか?」


 イライラしているようで、声をかけられて、蓮は焉貴に初めて気づいた。立ち止まり、丁寧に頭を下げて、


「先日はありがとうございました。今日は、百叡びゃくえいです」


 臨月を迎えるのは翌日。早ければ、一人入学したら、翌日また別の子が入学するなんてことは起こり得ることだった。


 新入生のデータを追加してゆくだけですむ焉貴の頭脳から、明智 百叡のクラスを割り出した。


「息子さんの教室でしたら、突き当たりを右ですよ」

「ありがとうございます」


 蓮は頭を下げると、また行き止まりまで歩いて行き、右へ曲がったっきり、姿を表さなかった。


 無事に教室のドアを開け、中にいた同僚の月主命のマゼンダ色の髪が小さく揺れているのを見届けて、焉貴は自分が立っている長い廊下の両端を左右に眺める。


「あいつさ、『方向音痴』ってやつ? 正面玄関からまっすぐ入って、突き当たりに教室並んでんだけど……。どうやったら、迷うわけ?」


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