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最後の恋は神さまとでしたR  作者: 明智 颯茄
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男はナンパでミラクル/8

 最後の一粒のマスカットが唇に運ばれたら、この男は代金をテーブルに置いて、瞬間移動でこの広い都会の海に消えていってしまうのだろう。だから、孔明は平常心を装って引き止める。


「ううん、キミの話は面白いから、次もある」


 あくまでも人として、性的な対象ではなく、違う価値観を持っている人として興味がある。


 恋する天才軍師は自分に言い聞かせる。この男とは今はまだ恋愛戦争は始まってもいないのだ。だから、冷静であれと。


 男はワインレッドの上着のポケットから、すっかり操作も慣れた携帯電話を取り出した。


「そう。じゃあ、連絡先教えて?」

「うん」

「名前何?」


 それを最初に聞いてきた男の前で、孔明は小さくため息をついた。


「やっぱり知らないんだね」


 まわりの客たちがさっきから、大先生をちらちらとうかがっていたが、男はそんなことは消滅させてしまうほど、気にかけてもいなかった。


「どういうこと?」


 いや違う。疑問形を投げかけて、情報収集の罠を仕掛けた。


「ボクが有名人だから、キミは声をかけてきたんじゃないってこと」


 その可能性が非常に高かった。だから、リムジンに乗る前に断ったのだ。仕事はもう終わりにして、今日は家に帰って、プライベートを満喫する。外行きの自分しか知らない人たちに邪魔されないように。


 宝石のように異様にキラキラ輝く黄緑色の瞳は孔明を真っ直ぐ見つめて、純真無垢で平然と言ってのける。


「お前が綺麗だから、声かけたんでしょ?」


 孔明は嬉しかった。単純に嬉しかった。色眼鏡で見られることなく、本当の自身に興味を持ってくれた人物と出会えたのだから。少しだけ心の距離を縮めて、


「諸葛 孔明」


 そして、男も今初めて自分の名前を口にした――情報を開示した。


「そう。俺は森羅万象 焉貴」


 意識下で操作できる携帯電話を、焉貴は見つめたまま珍しく感心した顔をする。


「本当だ、お前マジで有名だね。『帝国一の頭脳の持ち主、大先生』だって。神さまからの贈り物だね、その頭の良さ」


 溶けてしまったアイスをスプーンで何度かすくいながら、孔明は少しだけ表情を曇らせた。


「でも、地球で生きてる時は失敗した」


 いや実は罠だった。この男だったら、自分と同じ理論で考え、可能性を導き出して、成功する高いものを選び取って、言動を起こすということに、どんな方法を見出すのか、孔明は知りたかった。


「そう。どうしちゃったの?」


 焉貴は警戒心もなく、というより、彼はそんなものがなくても、勝てる自信があった。いや人生は勝ち負けではないと知っていた。


 三百億年も生きている教師から見れば、大先生は小さな子供と一緒なのだ。それを居心地よく感じ始めている孔明が可愛く小首を傾げると、漆黒の長い髪が白い着物の肩からさらっと落ちた。


「神さまたちと邪神界は、人間の心の中は聞こえてるでしょ? だから、ボクみたいな考え方したら、作戦が相手にバレちゃうでしょ?」

「そうね。俺みたいに無意識の直感だったら、相手が考える前に動けるかもしれないけどね」


 焉貴なりの方法が出てきたが、直感というものは普通、ひらめいてから使うもので意識化の勘だ。それとはどうやら違うようだった。


 孔明はチョコレートソースと溶けたアイスを一緒にすくい取って、口の中へ入れると甘さが優しく体の内ににじんだ。


「具体的にどんな直感?」

「例えばさ」

「うん」


 焉貴は最後のマスカットを口の中へポンと投げ入れ、シャクっとかじった。


「先の道が右と左に分かれてるわけ」

「うん」

「で、俺は右に行きたいんだよね?」

「うん」


 焉貴の頭の中は『右』という単語でいっぱいに満たされるが、彼の綺麗な唇から、話のオチがやってきた。


「でもね、気づくと、『左』歩いてんの。しかもそっちが正解――近道なんだよね?」


 心の中がのぞけても、何をしでかすかわからない、ミラクル風雲児が焉貴なのだった。孔明はスプーンをあきれたようにテーブルに投げ置いて、疑いの眼差しを向ける。


「嘘〜!」

「嘘じゃないよ! マジマジ!」


 焉貴はナルシスト的に微笑み、マダラ模様の声で必死に言ってのけたが、チャラさが半端なかった。


 孔明はスプーンを手に取り、パフェに突き刺して、無意識の直感の弱点を言う。


「でもそれじゃ、邪神界から勘を受けたら、相手の思う壺だよね?」

「だから、邪神界より上にいる神さまから直感受け取れるくらい、霊層上げちゃえばよかったんじゃないの?」


 長年、神様をやってきた男の言うことは、超ハイレベルな話だった。地上で生きていた孔明からすれば、二段階上の神と交信するということだ。陛下レベルの話である。


「そうかも?」


 孔明は新しい可能性を見出した。陛下は直感と理論の両方を使っていらっしゃるのではないかと。混合型。邪神界も大層手を焼いただろう。というか、最後は消滅させられてしまった、それが結果だ。


 焉貴は街ゆく人の向こうで、ライトアップされた城壁を眺めて、孔明の聡明な瑠璃紺色の瞳にまた戻した。


「何? 他のやつなんて言ったの?」


 ナプキンで手を拭いて、焉貴は手のひらをねじり合わせるようにして、細長い棒にしてしまった。


 まるでデートでもしているような孔明は、夜の街にそびえる城を見上げて、謁見の間で、同じ質問をした時のことを思い出した。


「他のやつじゃなくて、陛下」

「そう。何て?」


 敬意を深く示して、孔明は言葉を紡いだ。


「これがあれで、それがああなるから、そうする?」

「そうね。それが一番シンプルな対策ね。指示語にしたら情報漏洩しないね。いいね、それ」


 焉貴はそう言うと、背もたれにもたれかかり伸びをして、腕枕をするように両腕を頭に回した。


 あと少しで、チョコレートパフェがなくなる。食べ終わったら、お互い仕事で忙しい自分たちはなかなか会えない。いや会う口実が、孔明からは作りづらい。


 焉貴のことは『普通』だけれども、結婚という戦に勝利をしたい気持ちは山々。男である自分を好きだと言う男から、情報は欲しい。


 しかし、あの澄んだ黄緑の瞳を見ると、孔明には利用するという気持ちがえてしまうのだった。

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