都会はやっぱりすごかった/3
焉貴は椅子に横向きで座り、夏休みの街角を眺める。子供の数が急上昇中の世の中、ほとんどが親子連れ。ふと気になることが起きた。マダラ模様の声で店員に聞く。
「いくつぐらいになったら、携帯電話って持つの?」
「そうですね……?」
ワシが顔を上げると、焉貴の彫刻像のように彫りの深い顔が、滑らかな頬を見せていた。
「一概には言えませんが、小学校へご入学される、五歳のお子様からが多いですよ」
あの日、宇宙船がきてから、家でずっと過ごしていた小さい兄弟たちは、近くに学校が作られ先生が募集され、そこで勉強をするという日々に変わった。
学校で新しい友達や先生に出会って、小さな彼らの世界は広がり続けている。誕生日パーティーというお祝い事にみんなで参加するのが、最近の流行りだ。
「あ、そう。学校で使えんの?」
「私も五歳の子供がおりますが、あくまでも緊急事態用として、学校での使用は基本的に禁止されていますよ」
あの小さな弟と妹たちに携帯電話を渡したらどうなるのか、焉貴には目に見えていた。
「そうね。じゃないと、子供っていつまでもやってるからね」
「夢中になるのが子供ですからね」
ベビーカーを押して、高級な包紙を持って帰ってゆく人々が自動ドアから出てゆく。反対に入ってくる人は、素晴らしい品物に目を輝かせながらエスカレーターへと飲み込まれてゆく。
ワシの翼が忙しなく動き出し、小さめの紙袋が用意された。
「それでは、ご登録が終わりましたので、商品をお渡しします」
「『お金』とかいうやついんの?」
同じ次元の果てからきた男からの質問に、ワシはどんな場所なのか理解していた。
「収穫物などでもお支払いは可能ですよ」
「この宇宙にないって聞いた、変わったフルーツ持ってきたんだけどさ、さっき別んとこで全部渡しちゃったんだよね」
男の隣にある、画材道具に全て果物は換金されていた。手ぶらの男。それでも、ワシはにこやかな笑みを向ける。
「さようですか。それでは、あと払いもできますよ」
「じゃあ、そっちにして。俺、まだ仕事ついてないからさ」
「かしこまりました」
ワシは青い光を発しているパソコン画面に視線だけでデータを打ち込んでゆく。代金を踏み倒す人間などどこにもいない。
一週間もかけて首都へときて、携帯電話を買った焉貴を前にして、ワシはちょっとした世間話をする。
「何かされたいことがあってこちらの宇宙へいらっしゃったんですか?」
「画家をね、やろうと思ったんだけど……。ここにきて、才能あるやついっぱいいるって気づいた」
焉貴は大きなガラス張りの向こうに立っている、アーティスティックなビルや道路の柵、石畳の配置や色などを眺め、世界の広さを改めて知った。
ワシは机の上で、手を組むようにして羽を合わせ、感慨深げに神がかりな街の風景を眺める。
「首都には様々な宇宙から人が集まって参りますからね。ですが、切磋琢磨するにはいいところでございます」
「そうね。今は難しいけどさ。いつかやりたいね」
永遠の世界では夢は終わらない。死ぬまでにという期限もない。見合った努力をしていけば、夢は叶う。それが神世の法則だった。
出会った人から人へと聞いてしまったほうが、初めての都会は素晴らしく短時間で物事がそろう。ということで、焉貴は黄緑色の瞳をワシへ向ける。
「で、仕事探してんの。どこ行けば見つかる?」
「それでしたら、そちらの入り口を出て、真正面の大きな建物が職業案内所となっております」
羽振りで背後のガラス扉を指し示したのを視線で追って確認して、焉貴はナルシスト的な笑みをする。
「そう、ありがとう」
「それではどうぞ」
紙袋を渡されたはいいが、携帯電話どころか、電話が初心者の焉貴は、器用さが目立つ手で、真紅の電話機を取り出して、店員へ少しだけ近づける。
「これ、どうやって使うの?」
「思うことで電話は操作できますから、使い方がわからない時は、『ヘルプ』と心の中で思えば、自動音声が尋ねてきます。その後は通常の会話と同じようにお話しください。的確に操作方法を答えますので……」
「そう。便利ね」
焉貴は軽くうなずくと、ガラス扉からは外へ出ないですうっと消え去って、いきなり向かい側にある建物の入り口に立っていた。




