都会はやっぱりすごかった/2
行きはエレベータだったが、一階との距離がわかれば、帰りは瞬間移動で戻ってこれるのだ。
高級ホテルのコンシェルジュと勘違いしそうな、携帯電話売り場へとやってきた。画材を隣の椅子に乗せた、焉貴の前でワシの鋭い瞳が光る。
「ご新規でよろしいですか?」
「そう」
すでに開かれていたパンフレットに、ふたりの視線が集中する。
「どちらの商品をご希望ですか?」
すぐ隣に目立つように携帯電話が飾られていて、焉貴はそのポップが気になった。
「何これ、『この電話、動き極める』って」
四角い薄っぺらい箱が、じっとしていないなどとは、いくら瞬間移動や浮遊、人間以外の人が話す世の中でも、魔法みたいな話だった。
ワシの店員は身振り手振り――いや羽振りで説明を始める。
「こちらはですね、着信時――相手の方から電話やメールを受け取った時に、携帯電話が様々な反応をするものでございます。通常は、マナーモードと言って、音は鳴らずに振動だけでお伝えします」
「他に何があんの?」
「実際見ていただいたほうがわかりやすいですから、少々こちらの電話にかけてみます」
ワシは近くにあったパソコンのキーボードを見つめると、自動でカチカチと入力されて、見本の携帯電話が鳴り出した。
「ジャジャーン♪ ジャジャジャ〜ン♪」
電話はさっと立ち上がって、ぴょんと机の上に降り立ち、右に左にステップを踏み、時にはクルクルっとキレのあるターンをする。
宝石のように異様に輝く黄緑色の瞳は、無機質に見つめたまま、何の感情も持っていないように問いかける。
「何これ? 電話が一人で立ち上がったんだけど……」
「こちらは、ダンシングモードと言いまして、着信すると、音楽に合わせて携帯電話が踊るというものです」
興味がないというように見ている焉貴の前で、電話のノリノリダンスは店員が回線を切ったことによって、健闘むなしく終わった。
「あとは……?」
「次はこちらでございます」
携帯電話が横になり、身を半分に少し曲げるようにして、笑い声を上げ出した。
「あははははっ! うほぉ〜! あ〜ははははっ!」
「何これ、笑ってるみたいでけど……」
「えぇ、お客様のおっしゃる通りで、こちらは大爆笑モードでございます」
「マナーモードだけでいい」
「かしこまりました」
焉貴の無機質な性格の前に、携帯電話の一押し機能が玉砕した。ワシはテキパキと仕事をこなしてゆく。
「それから、失礼でございますが、ご家族はいらっしゃいますか?」
「いるよ」
寂しがりやの子供みたいに、焉貴は椅子の上に両足を乗せて膝を抱え込んだ。
「どちらにお住まいですか?」
「別の宇宙にね」
やる気のあるワシの店員は、この次元にある宇宙の配置図を、焉貴との間にある空中スクリーンに表示させた。
「どちらでございましょう?」
「そうね……ここ」
焉貴の綺麗な指先が端っこにある宇宙を指すと、
「さようでござますか……」
ワシのテンションがちょっと下がった。
「何かあんの?」
山吹色のボブ髪がかき上げられる前で、ワシは「えぇ」と短くうなずき、
「ご家族でご登録いただけると、料金も安くなりますし、今後ご購入の際、商品お渡し時に、ご家族全員の連絡先などのデータを、私ども携帯電話会社で無料で移行させることができるのでございますが……」
個人情報を悪用する存在がいない神世。携帯電話会社がアドレスなどの情報を預かっていて、移行するのは当たり前のサービスだった。
一週間前に飛び立った、ど田舎の空港で見送ってくれた家族を、焉貴は思い出した。
「そう。うち、親と一緒に暮らしてる兄弟だけで、七十二人いるよ?」
「そのようなご家族向けに最初は始めたサービスだったのでございます」
「そう、いいじゃん。全員がやったら、時間の無駄だよね」
この小さな電話に、七十二人分の連絡先を、七十二人全員で入れるとなると、時間がかかりすぎると、合理主義者の焉貴は思った。
ワシは額に困ったように翼を当てる。
「ですが、私どもの技術が不足しているため、電話を使うための電波が届かないエリアなのでございます……」
邪神界が倒されてから数年が経過しているが、宇宙はとても広く、果てを超えるにはそれなりの技術と工事が必要となる。
今目の前にいる男が言っている宇宙は、本当の果てにある空間だ。
誰かのために役に立てると、ワシも期待していたのに、お客様のご要望に応えられないことが、非常に残念でならなかった。
過去は過去、今は今。焉貴は無機質に切り捨てて、焦点が合わないながらも前髪を指先で引っ張って見つめた。
「これから俺が結婚して、新しい家族ができても、そのサービス使えんの?」
復活したようにワシは笑顔で、力強くうなずく。
「えぇ、もちろんでございます。いずれは、こちらの宇宙でも電話がつながるよう、弊社も最善の努力をして参りますので、今いらっしゃるご家族の方々にものちのちはよろしいかと……」
「そうね。じゃあ、それつけといて」
「かしこまりました」
ワシが了承すると、空中スクリーンは消え去り、手元のパソコン画面を見つめながら、購入手続きを始めた。




