名を呼ぶことを許してやる/4
そうして、約一ヶ月後。
静まりかえったオフィスで、かたかたとキーボード打って作業していると、画面の端に異変が起きた。
(メール……?)
グループリーダーからのものだった。
――こちらのメールを送られた方は声をかけたら、一階の会議室へきてください。
しばらくして、一緒に連れ立って、小さな部屋で話を切り出された。
「以前お話しした通り、大変申し訳ありませんが、来月いっぱいで契約は打ち切りになります」
「わかりました……」
倫礼はショックだった。
実家暮らしから結婚をして、初めての一人暮らしは、半年もせずに暗礁へと乗り上げてしまった。
習っとは言え、感覚で生きてきた彼女が理論をすぐに使えることもなく、失敗するまで、対策を取らなかったことが裏目に出たのだ。
ひどいストレスの中、必死に仕事を探す。家賃が払えなかったら、どうすればいいのだろう。食べるものが買えなくなったら、どうすればいいのだろうと。
(仕事が見つからない)
恋人の仕事は急に忙しくなり、連絡がほとんど取れない日々が続く。
(お金がなくなったら、家賃が払えなくなったら、どうやって生活すればいいんだろう?)
携帯電話を握りしめては、忙しくて返事を返す暇もない彼へ、迷惑はかけられないと、首を横に振る。
(頼っちゃダメだよ。自分のことなんだから。でも、悲しい)
感情ではなく理論だ。自分に言い聞かせて、先へがむしゃらに進もうとする。
(悲しんでないで、次のバイトを見つけないと……)
仕事をしながら、次の職を探す。したこともない生活で、倫礼はどんどん疲弊していった。
(また不採用。もう五十件目だよ)
焦るだけ空回りで、
(もう、嫌だ。辛くて苦しい)
くたくたに疲れ切って、彼女はまたこのループへ戻ってきてしまった。
(死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい……)
立っていられないほどの悲しみで、電車に乗っていても、人がそばにいようとも、泣いてしまうばかりで、意識が朦朧としている彼女は携帯電話を手に取り、とうとうこのメッセージを恋人へ送ってしまった。
『死にたい――』
それっきり返事は返ってこなかった。
ひどい後悔が襲う。
彼の以前付き合っていた人は、自分と同じように霊感があった。それはとても怖いもので、死ぬように言ってくるものだった。
結婚をすれば、その恐怖から逃げられると言われたが、式の一週間前に恋人は自殺をしたのだ――。
どうして、大切な人を守れないのだろうと、倫礼は後悔してもし切れず、しばらくひどい喪失感と自責の念に悩まされた。
自分の感情が大きな戦車か何かで、無理やり引きずられてくような感覚で、過ぎたあとにはひび割れた大地が深くえぐられているだけ。
何かが狂っておかしいままなのに、それに気づかず、彼女は懸命に生きてゆくのだった。




