光を失ったピアニスト/7
光命は近くにあった子供用の椅子に腰掛け、あごに手を当て思考のポーズを取る。
「研究はほとんど進んでいないと聞きますが……」
「魂を何が結ぶのかがわからんらしい」
精子と卵子という言葉が存在しない神界。統治が変わって数年が経過しているが、専門の研究機関があっても、未だに謎に包まれた神秘の世界なのだ。
子供たちにおねだりされて、よく泊まることになる従兄弟の家。光命とともにきていた知礼は、可愛らしい寝顔を眺めた。
「童子が四人に、姫が一人。全員で五人。まだ生まれますかね?」
次々に生まれて子沢山になった母親――覚師はサバサバとした感じで壁に寄りかかった。
「そうさね? 職場で聞くには、ある一定の数で、ピタリと生まれなくなるらしいよ」
そうでなければ、永遠に増え続けてしまう。しかしなぜ生まれなくなるのかも、まだベールに包まれたままのなのだ。
レースのカーテンの外に広がる庭のライトに、桜の花が雪のように舞い散るのを眺めていた光命がふと口を開いた。
「ですが、五人で最後とは限りませんよ」
従兄弟らしい言い回しを聞いて、夕霧命はあきれたため息をついた。
「お前はまた可能性の話だ」
あごに手を当てたまま振り返った光命の瞳は、氷河期並みに瞬間凍結させるほど冷たかった。
「あなたがそちらの言葉を私に言うのは、これで五十五回目です」
数字に強い男の頭脳で、きっちりカウントされていた。
そして、同じ歳の従兄弟は、あのやり直しをして帰ってきてから、何かにつけてお互いに突っかかるようになっていた。
「お前はあの時もそうだった」
「あなたもそうではありませんか?」
「お前もだ」
「あなたもです」
どこまでも、男ふたりきりの世界で、仲良くジャレ合っているとしか思えない光命と夕霧命。ふたりにはもう女ふたりは眼中になかった。
覚師はあきれた顔で、深くため息をつく。
「また始まったよ」
「そうですね」
子供たちのぬいぐるみを綺麗に並べていた知礼も賛同した。
「お前もだ」
「あなたもです」
未だにもめている子供っぽい光命と夕霧命。二千年以上生きている女ふたりは、若々しい限りでいいものだと思った。
「いつのどの話してんだい?」
「ふたりだけの暗号かもしれませんよ」
何の話をしているのかわからない会話。ふたりだけの世界。覚師はドアのところまで行って、気を取り直して知礼に声をかけた。
「放っておいて、ふたりで飲みなおそうか? 子供たちも眠ったことだしさ」
「そうですね。そうしましょう」
女ふたりは男ふたりを残して、女同士の親睦を深めると理由づけて、ダイニングでまだどんちゃん騒ぎをするのだった。




