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最後の恋は神さまとでしたR  作者: 明智 颯茄
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ナイフの向こうに憎しみがある/2

 広い世界で見れば、神の上にも神はいるが永遠に続いている。ということは、緑も大きな運命の歯車のひとつに取り込まれているのだ。


 陛下はマキャヴェリズム。人間一人の幸せのために、多くの人を犠牲にすることはしないのだ。それは裏を返せば、たくさんの人の幸せのために、人間一人は組み込まれる――言い方は決して良くないが、利用されるのだ。


 しかしそれでも、彼女の心はとても澄んでいた。


(神の手足となれたことを、感謝いたします)


 それから数時間後、江はいつもと違った視界の高い車の助手席に揺られていた。


(結局、車は走れる状態じゃなくて、レッカー車で運んでもらって、代車で家に帰る)


 暮れてゆく西の空を眺めながら、背骨がずれているところが治ったのは喜ばしかったが、体の違和感は他にも当然あった。ブレーキとアクセルを踏み間違った車が後ろからぶつかってきたのだから。


(これは首をやられてるな。追突されると、おかしくなるって言うもんね。止まってるところに突っ込まれたから、ゼロ十。こっちの保険会社は動かない。かかる費用は向こうが全て持つ。後遺症が出たら大変だから、病院に行こう)


 翌日、乗り慣れない代車でウロウロとしていた。東京に上京した時から十年以上も経って、国道の位置がずれたお陰で、町並みが変わってしまった実家周辺。


 暑さに弱い彼女だったが、何とか病院を見つけ、診察を終えて大きくため息をついた。


(リハビリだって。向こうの保険会社と交渉しないと……)


 結婚している間は、配偶者が何でも手を先に出してやってしまう、父と娘みたいな関係だった。それが原因で、江は何もできない大人になってしまった。


(勝手に出かけて事故に巻き込まれたんだろうって、家族に言われて、誰も手伝ってはくれない。まぁ、それを頼りにするのも大人気ない)


 それでも、彼女は何とか前向きに、新しいことを覚えられる機会に恵まれたと納得することにした。


 そして、翌日の事件当日。全てのことが一気に重なった。今までのすれ違いの日々で生まれた憎しみと恨み。事故の怪我。治すためにリハビリに通う当面の未来。


 手一杯のところに、江は遊んでいないで、裏手にある空き家の掃除をしろと、父親に怒鳴りつけられたのだ。


 三十四年あまりの怒りが爆発し、修羅場を迎えた。彼女は至って、今まで大人しく、理不尽なことも、納得できないことも、黙って言うことを聞いてきた。反抗期もない、いわゆるできた子供だった。


 しかし、それが自分の心を歪めている原因となるのなら、いやそれを解消するために、実家に戻ってきたのだ。それがなければ、彼女はどこかで一人で暮らしていたのだ。


 目的を果たすために、今の彼女なりの方法で挑む。初めての出来事で、心臓がバクバクと大きく脈を打つが、江は遅い反抗期になり怒鳴り散らした。


「私は小さい頃からいつも思ってた! 世間体などどうでもいい! 大切なのは心だ! ただ言わなかっただけ。だから、あなたたちとは価値観が違う!」


 両親は唖然としていた。彼らにしてみれば驚くだろう。自分と同じだと信じて疑わなかった娘が、いきなり違うと言い出したのだから。


「一人きりだといつも思ってた! 自分は誰からも必要とされてない! 毎日、死ぬことばかり考えてた!」


 両親は弱かった。自分と価値観の違うものは、こうやって排除しようとするのだ。


「だったら死ねばいいだろう――!」


 父親の暴言に、何度も自分の中で再生されていた暴力を実行してしまった。江は右腕を大きく振りかぶって、


「っ!」


 顔面にパンチをした。それを見ていた母親が目を吊り上げてヒステリックに叫ぶ。


「悪魔だ! 悪魔みたいな顔してる!」


 江の怒りはぐつぐつと煮えたぎった。


「心を無視するやつに、言う権利などない!」


 母親の両腕を両手で強くつかんで何度も揺すぶり、壁に向かって突き飛ばした。


 そのあとのことは、もう覚えていない。江はただひとつ学びを得た。


 ――暴力を振るっても、人は自分を理解しない。

 暴力を振るっても、人は自分の話を聞かない。

 聞く耳を持たない人に話しても、時間と労力の無駄。

 だから、二度と暴力は振るわない。

 憎しみと恨みは今も消えないけど、とりあえずそれは置いておこう。


 ――この事件について、家族に罪を問われた。母親の腕にはあざができていたと聞かされたが、人ごとのように思えた。


 それは憎しみから生まれる、仕返しをしたと言う気持ちからくるものではなく、まったく違うことのような気もしたが、彼女に答えは見つけ出せなかった。

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