第9話「ま~た何かやっちゃいました?うちの姉が!!」
俺は聖剣を構えると空間を斬り裂いてワームホールを作りだした。そして、ここでやっと気付いた。推しの為に全力になるのは当たり前だけど、よく考えたら何も説明しないでワームホール作りだしたらこっちの世界では普通にヤバい人間じゃないのかな? そう思ってチラっと後ろを見るとRUKAさんはポカーンとして口を開けていた。可愛い……。
「あっ、えっ……あんた何してんの!?」
「えっと……時空魔術を聖剣に付与して時空の穴を作りました。これで目的地まですぐですよ?」
「は? はぁ? さっきから何を?」
やっぱり説明しなきゃダメかぁ……でも説明なんてどうすれば……。RUKAさんを見ると啞然としてるし、これ説得するの難しい人の顔してる……勇者時代の経験で避難勧告に従ってくれなかった村長と同じ顔してる。じゃあ、昔の手で行きますか!? だって俺は今は勇者カイリに戻ってるんだからな!!
「あの、RUKAさん。事情は後で話しますんで今は行きませんか?」
「なっ!! こんな訳の分からないとこ行けないわよっ!!」
「じゃあ仕事諦めるんですか? ま、それは向こうに着いてから考えて下さい。最初はテレビ局ですよね? 手だけはしっかり握ってて下さい!! 行きますっ!!」
勇者たるもの強引であれ、多少の事は国家が圧力で握り潰すから世界を救えって王様が毎回言ってたからな……だから俺のやり方は勇者時代は強引な事で有名だったんだ。そしてRUKAさんの手を握るとワームホールに入る。そして一瞬で目的のテレビ局の近くに到着した。
「は~な~し~てっ!! 秋山っ!! って……ここ、局の前?」
「はい到着っと、ここで良いんですよね? 時間は余裕だと思いますけど?」
ワームホールは入ったら出る感じだから一瞬なんだよね……目標地点だけ入力しておけば確実。なんか今サラッと呼び捨てにされたな……だけど今はこっちの方が優先だと疑問を振り払う。
テレビ局の仕事、つまりソロのお仕事の方が入りが早いと神社で聞いていたので、まずはこちらに来た。
「えっ、ええ……って本当に……?」
「ま、ワープって奴です。これなら数秒で行き来が出来ますよ? だから、ここの仕事が終わったら次の場所へも送れますけど?」
そう言って彼女の手を放す。するとRUKAさんはペタンとその場に座り込んでしまった。腰が抜けたのだろうか? いきなりワームホールは早かったかぁ……時間魔法で走った方が良かったかなぁ、とか思ってたらすぐに立ち上がった。
「よしっ……えっと、秋山……くん、ありがとう。あの、本当にもう一つの現場にも連れて行ってくれるの?」
なんかさっきとだいぶ態度が違うし随分と距離が近い……これがガチ恋距離なのか!?ヤバイ……もう死んでも良いかも。ファン冥利に尽きるな。
「も、モチロンです。ここで待ってましょうか?」
「う~ん、ここ正面入り口の近くだし。通用口で待機してもらっても良いんだけど時間無いな……どうしよ……そうだスマホ出して!!」
「はい、これです。って何を!?」
俺がスマホを出すと引っ手繰るようにスマホを操作し始めるとRUKAさんも自分のスマホを取り出して何か音がすると返された。
「アプリに私のID登録しておいたから。局から出る時に連絡するからお願い!!」
「えっ!? は、はいっ!! 分かりました。近くの店にでも待機してます!!」
しばらく茫然としているとRUKAさんが局内に入ってすぐ後に遠くから『よっしゃあ!!』とか聞こえたけど、たぶん気のせいだろう……RUKAさんがあんな声出すわけ無いからな。
それから四〇分後、近くの喫茶店で待機していた俺はスマホに通知が入るとすぐに店を出た。
「いたいた秋山っ……くん!! こっち!!」
「はいっ!! って、その格好……セカンドライブの時の衣装!?」
彼女の着ているのは彼女のイメージカラーの瑠璃色のステージ衣装だった。自身のアイスブルーの瞳に合わせるように彼女の衣装は普通の青色より少し深いこの青色を使っているとかインタビューの時に語っていた。
「アハハ、やっぱり詳しいね……このまま残り二人と合流して遊園地でシークレットミニライブなんだ。FCの広報誌にも載せて無いほんとのシークレットなんだよね」
はい、俺も知らなかったんで確実です。でも今はそんな事よりも……。
「それでライブ会場の場所は? あと付近にバレないでワームホールを開ける場所とか有りますか?」
「これがその遊園地内の地図なんだけど大丈夫? あ、ステージはここ」
「……はいっ!! ここなら行けますっ!! じゃあ、このステージ付近のトイレに飛びますっ! 掴まって下さい!!」
いつものように聖剣でワームホールを作り出してすぐに手を繋ごうとするとRUKAさんが先に手を握ってきた。
そして二人でワームホールを抜けてすぐに目的地のトイレに到着した。聞くとあと五分ほど余裕が有るらしいのですぐにトイレを出た。
「ほんと凄いね……これ、そっか……だからこの前も……」
「どうしたんですかRUKAさん? 急いだ方が良いんじゃ?」
何かボソボソ呟いて考え込んでいたので声をかけるとハッとしたRUKAさんが慌てたように動き出してお礼を言ってくれた。
「あっ、そうだ。ありがとう秋山っ!! 今日は本当に助かったよ!! じゃあね!! あとでスマホに連絡するからっ!!」
そう言うと彼女は神社の時とは違う人懐っこい笑みを一瞬浮かべて、すぐに表情を切り替えて駆け出して行った。
関係者口に入る後ろ姿を確認すると今更ながら勇者のことを隠してもらう件を言うのを忘れていた事に気付いてしまった。でも後で連絡くれるらしいし、その時に言えば……って連絡っ!?
「そうだよ……俺ID登録してもらったんだ……」
慌ててスマホを見るとIDが登録されていた。ID名はRUKAプライベートとなっていた……本物だ。仕事やプライベートでアカウント変えてるのか?
何かとんでも無い事になった。でもせっかくだし、ライブを遠目でも良いから見ようとライブステージに近づいたらスタッフの人に捕まってどうなるかと思えば最前列に連れて来られた。何かスタッフさんが関係者の方で~すとか言って周りをどかしてる。
(客層はやっぱガチ勢は俺だけか……本当のシークレットかよ。こんなライブ今どきするんだなぁ……仕方ない即応式万能箱に入れといた1stライブの物販で買った法被と青のペンライト出しておくか……)
そしてライブが始まる前のトークショーで曲の紹介をしている時、RUKAさんが他のメンバーが喋ってる時にこちらを見るとウインクしてくれた。あれ絶対に俺に向かってだ~!!とか言ってる奴居たけど!!違う!!俺だからっ!!俺だよね?
「はぁ……素晴らしかった。しかし、いつもの同士や精鋭が居ないから変に目立ってしまったな……どうやらま~たやってしまったな……」
ライブ中に周りが引くほどコーレスして一人だけ踊り狂っていたが何故かスタッフさんに追い出されなかったのはRUKAさんが手配してくれていたんだろうな。やはり良い人だ。
恩を返そうとわざわざこのような措置を取ってくれたんだろう。だからこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。時間も正午ピッタリ。帰ろう、この時間ならユリ姉さんも大学だからね。
◇
家を出る時間だから憂鬱だったけど絵梨花に相談も出来ないし、母さんにも相談はもちろん出来ない。最初は着慣れなかった、肩出しのトップスも足とか、お尻の形がよく出るデニムにも慣れてしまった。
大学初日は白いワンピースに黒のカーディガンという高校の時の私服を着て行ったら、周りには全然違う人ばかりでカッコ良かったり、綺麗だったり、可愛い恰好した人だらけで焦った。女子大だからと油断していたのもある。
(出遅れたけどオロオロしていた私に声をかけてくれた今の友達が色々教えてくれたから、何とかこの今流行らしい恰好に落ち着いたし、髪も染めたからそれなりになったけどね……)
髪も茶髪に近い金で友人に教えてもらった美容院でこの色にしてもらった。そうしていたらサークルにも誘ってもらったり色々と楽しい事もあった。これで私も完璧な大学デビューが出来たと、昨日までは思っていた。
行って来ますと母さんに声をかけて家を出る。最近買ったお気に入りの赤いミュールは少しだけ歩き辛いけど、初日に絵梨花に勧められて履いていたスニーカーよりかは女の子っぽいし可愛い。
(でも、こう言う恰好しても……高校の時みたいに楽しいなんて思えない。あの頃は小説とかテレビの話とか皆と出来て楽しかったのになぁ……)
高校の時は楽しかったなぁ……とか思って人通りの少ない近道の角を曲がった瞬間に私の目に飛び込んで来た光景は何も無い空間が斬り裂かれて、その中から何食わぬ顔をして出て来た自分の義弟だった。
「問題無し……って、ユリ姉さん……」
「…………あっ、ああ……」
悩みや懐古の情とか全て吹っ飛んで頭が真っ白になった。
◇
RUKAさんのライブ会場から足早に立ち去るとワームホールを開いたトイレまで引き返しそこから帰って来た。そしてRUKAさんのライブ後だったから少し油断して索敵をしないで外に出てしまったのが間違いだった。
まさか出口付近にユリ姉さんが居るなんて思わないだろ!!と、ここまでが今の状況だ。見てよ姉さん固まってるじゃん。勢いで押せたRUKAさんと違ってこの状況は色々とマズイよ……どうしよう。上手い言い訳が思いつかない。
「あの、ユリ姉さん……その」
「快利、あなた……じゃなくて、クズ快利あんた一体何してんのよっ!!」
「えっ? ちょっとワームホールを使ってからのライブ帰りだけど?」
よし、やっぱここは強引に行ってみよう。RUKAさんも勢いで押せたしそれに今のユリ姉さんはギャル系だし案外勢いで行ける。あれだよね『バイブスが上がる』って言うんでしょ?
こういうのって……と、基本は陰キャの数日前までイジメられキャラだった快利だったが、現在、自分の方向性に悩んでいる割と常識的な由梨花には効果は薄かった。
「いや、あんた何言ってんの? それよりもワームホールとかどんだけチート使いなのよ……はっ!?」
「えっ? てかユリ姉さん……詳しいっすね、あれですか? オタク君をからかうネタを集めてた系ですか? バイブス上がる系なんですか?」
取り合えず「バイブス」と「上がる」の二つを使えばギャルと会話出来ると本気で考えている元勇者だった。
「はぁ……止めてくれない。そもそも我が家で陽キャは絵梨花だけでしょ……あんただって知ってるでしょ」
「いや、だってユリ姉さんも大学デビューして陽キャなギャルになったんじゃないの?」
「いや、それは……そうだ大学……どうしよう……」
大学って言ったら露骨に落ち込んだ。まさか遅れて来た不登校!?俺だって高校一年の後半からイジメが本格化して来て不登校になりそうになったけど、エリ姉さんが居るから絶対に不登校になれなかったからな。そしたらある日転移だったし。
「じゃあユリ姉さん大学頑張ってね!! 陽キャギャル!! ファイト!!」
「待ちなさいよ。あんたが何でワームホール開けたのか説明しなさいよ。てか昨日の絵梨花にしてた事とかも話しなさいっ!! 母さん……に言っても仕方ないから、警察に言うわよっ!!」
「母さんの扱いがヒドイ……でも警察かぁ……広域殲滅魔法とか使えば三〇箇所くらいは同時に殲滅出来るから上手く行けばワンチャン……」
本当に危なくなったら聖なる防壁で防いで、その間に神々の視点でロックした人間をピンポイントで魔法で狙撃するのも手だな……と、妙に物騒な考え方をするのは今日は勇者に戻っているからだ。今の快利は気分は常在戦場、戦略と敵の排除を優先して考えてしまうのであった。そしてその表情の変化に気付く由梨花。
「ふぅ……私が悪かったわ快利。話し合いましょう」
「ちょっとユリ姉さん弱過ぎぃ~!!」
「ぐっ……あんたねえ、それより話しなさいよ。クズ……じゃなくて快利……」
やっべぇ何か姉さんが「ぐぬぬ」状態になってるのが面白い。会う度にクズとかアホとか言って来たんだから仕方ないよね? エリ姉さんと違ってユリ姉さんは一方的に嫌われてたからこれくらいは言っても良いはず……だよね?
「で? 真面目な話なんだけどさ俺帰りたいんだけど?」
「だから、そのあんたのチートはどこで……」
「ユリ姉さん……悪いんだけどさ……今の姉さんって俺が一番嫌いなタイプの人間の顔してるんだよね……普段のクズとかアホとか言ってる方がまだ好きだよ」
今の姉さんみたいな顔をした人間を俺はよく見た事ある。俺が異世界で戦っていた時に何か厄介事を頼んで来る時の王や貴族そして国民の、困っていながらどこか媚びを売ってくる顔と同じだったからだ。出来れば家族の、特にユリ姉さんのこんな顔は見たくなかった。だってユリ姉さんは俺の初恋だったから……。
「嫌いな顔ってどんな顔よ……どうせ私は絵梨花に比べたら顔だって……」
「いや顔だけなら俺はユリ姉さんの方が好きだけど……って、これエリ姉さんに言わないでよ!! 後で教育されるから……」
「なっ……そうなんだ。私の方が……って、そんなチート能力持ってても絵梨花が怖いんだ。それで昨日は押し倒されてたの?」
どうやら絶対に聞く気らしい、だけど一つ問題が有る。そう言って姉さんを見つめると姉さんは不思議そうな顔をしている。
「ユリ姉さん……周りご近所さんに囲まれてる……」
「えっ……本当だ……ど、どうしよ……」
見た目どう見てもギャルなのに、凄いあわあわしてるのがキッチンに居る時の母さんにどこか似てる……やっぱ親子なんだな……と、思いながら周囲を索敵すると五人は居るみたいで、ご近所さんの噂にこれ以上なるのはマズイ。だから姉さんを連れて離れないといけない。
「スキルで隠れる事も出来るけど目の前でやったらバレる……大学に急いでるなら後で転移術式使うから一度家に帰らない? 家なら聞かれないし……どう?」
そう言って頷くと二人でぎこちなく歩いて家まで戻る。家に二人で着くとパタパタと母さんが玄関に来て俺たち二人を見てキョトンとしていた。
「あれ? 快くんおかえりなさい。絵梨花? 今大学に行ったんじゃ?」
「ただいま母さん。そこで姉さんと会ってそれで――「今日なんか緊急休講らしいのよ。さっき友達から通知あってさ。ク……快利とそこで会ったから一緒に帰って来たってわけなの」
「そうだったの……最近なんか休講多いわね? あ、じゃあ今夜は久しぶりに家族四人でご飯ね~!! お母さん頑張るから!!」
待って母さん頑張らないで!! 俺が頑張るから!! ご飯は俺に任せてね!! そう言って母さんと一緒にキッチン行きながら後ろの姉さんを見て頷く。
姉さんもスマホを見せたからアプリで連絡するって意味だろう。
俺は母さんを何とか思い留まらせると若干不満顔をしていたのに後ろ髪を引かれる思いのまま部屋に戻った。そしてスマホを確認すると『部屋に行く』とあったのでOKと返信した。
◇
ノックがあったのでどうぞと言うと姉さんが入って来た。エリ姉さんと違ってユリ姉さんは割とラフな格好で体のラインが丸わかりなTシャツに中学の頃のショートパンツとかでウロウロしたりするから気になってたけど、さっきの服装のままだった。期待なんてしてないぞ!!ほんとだぞ!!
「わっ、あんま部屋変わって無い……っと、お邪魔するね」
「はいはい。どうぞ……で?」
「で? って、そっちが話す方が先でしょ?」
この期に及んでまだ話す気が無いらしい……でもここで折れたら何か負けな気がするから話したくない。それに俺はともかく困った事になるのはユリ姉さんの方だと思うから持久戦にはならないと判断する。
こう言う駆け引きはあっちの世界でも将軍や宰相とやりあった過去が有るから一介の大学生には負ける気は無い。そして先に折れたのは俺の読み通りユリ姉さんだった。
「その……大学でさ……サークルでトラブルがあって、その……来週までにサークル会員を新しく四人集めなきゃダメなんだよね……」
「あぁ……なるほどね。そらまた……」
やっぱ母さんの血だなぁ……厄介事には事欠かないや……俺が急激に冷めて白い目で見るとユリ姉さんがほとんど無くなった威厳を総動員して文句言って来た。
「何よ!! その大体分かった。コイツやらかしたなって目は!!」
「うん。自覚はあって良かったよユリ姉さん……母さんよりはマシだね。それで? 他にも有るんでしょ?」
「うっさい……だから集めようと必死なんだけど友達みんなそのサークル出身だし、キャンパス内で他人に声なんてかけられないし、絵梨花に助けてもらおうと思ってさ……」
う~ん思った以上にダメ姉だった。高校生のエリ姉さん巻き込むなよ。はぁ、これでも一度は好きになった相手なんだよなぁ……こんな典型的なマルチに引っかかるなんて……。
だけどこれならまだ隠してるだろうから全部聞き出さなきゃね?ほんとやらかしたねユリ姉さん。さて、あっちで習った拷問官の尋問術が役にたちそうだ。
誤字報告などあれば是非ともよろしくお願い致します。
ブクマ・評価なども有ればお待ちしています。
この作品はカクヨム様で先行して投稿しています。