第72話「しつこい奴は現実も異世界でも嫌われるもの」
「でもカイ……河西さん可哀想だよ」
「う~ん、俺の読みだと主犯は河西だ。まずIT部の新聞記事を読んだんだけどさ。クラスの事情が細か過ぎだ。これ読んでみ?」
あの女の態度を見れば主犯というよりも黒幕は誰なのか明らかだ。ルリが気付いてないのは他のメンバーと違って事前情報が無いからだろう。そして問題の記事をルリが改めて読み始めた。
「え~っと元クラスのイジメ主犯格で二年一の美少女…………風美瑠理香を無理やり自らの女として奴隷のように扱い……更に転校して来た二人の義妹を学食で侍らせた上に三年生一の美女の姉と友人の生徒会を籠絡している極悪人の秋山快利……」
改めて酷い書かれ方だ、生徒会の奴らが主催していたエリ姉さんの親衛隊の広報の記事にされていた時にも似たような記事の扱いだったのを思い出す。なんて思っていたらルリの暴走が始まっていた。
「そっ、そんな!! 私まだカイにとってはキープ扱いなのに!? 彼女にすらなれてないのに……あれ? でも、むしろ奴隷なら一生傍にいられるんじゃ?」
不意にルリの目の色がハイライトが抜けたような病んだ瞳に変化していた。これはマズい、そして俺はルリをキープ扱いなんてしていないから。真剣に将来を考えてるだけだからと声を大にして言いたい。
「ルリ!? ちょっと待て、落ち着け!?」
「そっか、私、カイに飼ってもらえばいいんだ。そうすれば……ずっと……ふふっ」
ルリが過去の黒歴史と現実からの逃避でヤバい思考に陥ってる。こういう時は手を握る……効果が無い、頭を撫でる……やはり効果が無い、どうすればと思っていたら横から来たセリカが新聞を奪って続きを読み出したら動きが止まった。
「少しお待ちなさいな、続きを読みますわ。なになに、極悪人の秋山快利がさらに謎の美女二人と学食で堂々と密会と有りますわ。ふむ、なるほど」
「瑠理香さんのデートは全力で妨害するとして確かに不自然ですね」
二人は気付いたようだ。さすがは情報戦が命の生き馬の目を抜くような貴族社会にいた元貴族令嬢とそのお付きのメイドだ。
「あの、私と尊も秋山くんのハーレム扱いになってるんだけど……これは」
本当は百合賀の監視なんだけど、まさか目の前の女が元四天王の魔族の転生体だなんて誰も信じないだろうし困ったものだ。
「だがナノ、考えて欲しい彼を隠れ蓑にすれば私たちは堂々とイチャイチャ出来るじゃないか!!」
「そっか、さすが尊だね!!」
いや、そこは生徒会の役員同士なんだから問題無いだろう。どうせ百合賀は俺の力を当てにしてるんだろうけど、だがこの二人とは対等な関係だし庇護下に置いている。まさか元四天王を俺が守る対象にするなんてな。
「それで? カイと私が結ばれて三つ子を産むにはどうすればいいの?」
「ルリ、そろそろ戻って来てくれ、それと子供は授かり物だから任意に双子とか三つ子とか選べないから」
肩をガクガク揺さぶって目の前でパンと手を叩いて見守ると今度こそ完全に意識が戻って来た。
「そうだよね。初産は一人の方が……はっ!? 私は一体……」
「さっきのルリの疑問だけど何で河西が黒幕かと言うとこの記事な、俺らのクラスの事だけかなり丁寧に書かれてるんだよ」
このまま闇堕ちするといけないから俺は早口に話を進める。
「え? だって……そっか、イジメの事はクラス内でしか知られてない!! 私がカイを独占しようとしてたから外に漏れる事はないんだ!!」
その納得のされ方はどうかと思うが間違っていない。そして他に知るのは生徒会の二人だがそんな事をする必要は皆無だ。つまり今言った三名以外のクラス内での密告者がいたという結論になる。
「わたくしとモニカにしても変ですわ。この部分、私達が食堂で侍ると有りますが、食堂では今みたいに結界を張って金田を含めて誰一人見えてないはず」
「その通り、だからユリ姉ぇや慧花さん達が不意に来た時の快利の動画だけが途中まで映っていた。結界発動後の動画は無いからな」
結界は学食に入る前に展開してるし、金田だけが見えるように調整したり消したり色々弄った覚えがある。つまり学食に俺たちがいるのを知っているのは教室から出た所を見ているクラスの人間だけになる。
「それでも河西さんだけが怪しいわけじゃ……」
「そこでトドメ、IT部の部長は3-2の河西拓真。あいつの兄だ」
「え……それで教室でカイに掴みかかって来てたの?」
恐らくは俺がクラスで親族になった二人やルリ以外とは無関係だと言った日から河西は兄に情報を流したのだろう。そしてIT部は防犯カメラの映像を利用した加工動画を投稿し、今朝は畳みかけるように新聞記事まで掲載した。
「そう言う事、そしてユリ姉さんと慧花に関しては謎の美女扱い。これは一見して普通に見えるけど違う見方も出来るんだ」
「あっ、学校外の人間だから二人の情報が無いんだ!!」
「ああ、しょせんは学生のお遊びレベルだ。学外までは情報が集められなかったんだろうな。俺ならブラフでもテキトーな事を書いて動きを見たりするけど……」
俺がそこで言葉を区切って集まったメンバーを見ると代表してエリ姉さんが頷きながら言った。
「そこまで頭が回らなかったと見るべきか?」
「学内賭博を主導していた組織にしては変な気もするが、いずれにしても後は私たちに任せてくれ、元勇者にこれ以上好き勝手に暴れ回られても困る」
百合賀に言われてこれ以上介入するのは憚られると判断するし、何より急いで家に戻ってドラゴン達の世話をしなきゃいけない。
「ああ、こっちとしてはドラゴンの問題の方が重要だしな」
「それについても絵梨花から簡単に聞いたが、大丈夫なのか?」
昼に俺達が学食に行けないと事前にエリ姉さんに連絡した際に生徒会室で食べる事を聞いた俺はついでにドラゴンについての報告もお願いしていた。俺が喋るよりも的確に説明してくれただろう。
「この間コバルトドラゴンが出た時にも校舎に被害が出て、私がこっそり修復魔法をかけておいたのだが骨が折れたんだ」
「そう言えば悲鳴とか聞こえてたけど記憶処理は?」
「魅了と洗脳は得意分野だ。私以上に洗脳は得意な奴が居たが、私だってこの世界の人間程度なら余裕さ」
そうだな四天王の一人のヴェイパールはこの手の裏工作が得意だった。俺がそのように言うと黒幕会長がこっちを見て呟いた。
「それって、もしかして書記の綾吊さん?」
「ああ、ナノには黙っていたけど奴とは元同僚でね」
そう言えば黒幕会長を人質に取られていたから百合賀ことビルトリィーは魔王に従ってたんだ。じゃあヴェイパールは監視がメインの目的だったのか。だがそんなことは一切関係無い。
「ああ、俺のルリに手を出したから完全消滅させたんだ。悪いが謝るつもりはない」
「カイ……あの時はすっごいカッコ良かったよ!! あの時言えなかったから今言うけど!!」
助けた時はバカとか散々な言われようだった気がしたけど、あの時はまだギャルモードだったから素直じゃなかったそうだ。そう言えばルリって素の状態じゃない時は大体が演技してたんだっけな。
「そ、そうか? いやぁ、我ながら、あの時は本当に必死で……」
「だろうな、例の因果律操作魔法をこちらで初めて使ったのも瑠理香のためと聞いた。昨日はユリ姉ぇにも……私は一度も使われてないのにいいいい!!」
変なところでエリ姉さんのコンプレックスが爆発していた。因果律操作なんて使うほどの危機に遭ってない方が良いのに俺は必死にエリ姉さんをフォローしつつ、この後の予定のために生徒会メンバーを残して全員で家まで転移した。
◇
「そう言えばルリは今日は普通にこっち付いて来て良かったんだっけ? 仕事有ったよな?」
「それなんだけど、これ見て」
ルリのスマホに緊急連絡と書いたメッセージが入っていた。相手はマネージャーでお母さんのエマさんだ。
『本日、PV撮影中止。詳細は後で送る。あなたの愛しの勇者様にも連絡求む』
俺に用とは何なのか聞いてもルリも分からないと言って困惑していた。最近ルリは仕事ばかりで気分転換になるから連れて行って欲しいそうだ。
「ま、今回は危険も無いから大丈夫。ユリ姉さん達の到着を待って行くからな」
そしてユリ姉さん達が帰ってくるまでルリとエリ姉さんはマリンとグラスと戯れたり抱っこして触ったりしていた。
「こっちの世界はご飯は美味しいし人間には可愛がってもらえるし天国です~」
「グラスさ、お前ドラゴンのプライドとか無いの?」
「お言葉ですが勇者、私達はそもそもが眷属として作られましたので主などに仕えたりするのが喜びでもあるのです」
そんな話をしていてたら二人が帰宅していよいよ異世界へ、今回は時空魔術の使用者が多いので人数を絞ることにした。そもそも危険も無いから俺とユリ姉さんと慧花とルリ、他はドラゴン三体で向かう。
「じゃあフラッシュ聞こえてるか?」
『聞こえている。マリン姉さんとグラスは私が送るぞ?』
「ああ、頼む。慧花は単身で俺がユリ姉さんとルリを連れて行くから。じゃあエリ姉さん30分くらいで戻るから」
「分かった。二つの異世界を巡ってくるんだよな?」
今回は二つの異世界を回る予定だ。一つは俺が定期的に食品を捕まえて加工してくる世界、もう一つがこの間コバルトドラゴンを倒し、ついでにあの加藤を吹き飛ばした世界だ。
「あの世界ですか、大丈夫なんでしょうか?」
「ああ、今は誰も居ないはずだから心配すんなモニカ、夕飯の買い物頼むぞ?」
あの世界は崩壊しているようなものだがドラゴンにも世界の相性が有るし、コバルトが活動出来たので少しでも可能性が有るならと昨晩マリンドラゴンに乞われて連れて行く事が決まっていた。
「と、言うわけで着いたんだが、どうだ?」
「これは……酷いですね」
そして転移魔術で着いたのは件の荒廃した世界だ。この世界では生物が住める惑星はここしか無く閉じた世界で、ある意味ドラゴン達には良いのだが自然環境が最悪だった。
「住んでいる生物は居ない。この間のコバルトドラゴンとの戦いで……あれ?」
「どうしたのカイ?」
「いや、前にここでコバルトドラゴンを倒したんだが、その時に置いていったコバルト無くなってんだよね」
俺が言った瞬間にユリ姉さんの頭に乗っていたグラスドラゴンが触手を伸ばし、マリンドラゴンが桶から出て10メートル大の大きさに変化した。
「どうしたの二人とも!?」
ユリ姉さんの悲鳴とドラゴンの動きに俺も嫌な予感がしてルリと慧花を抱き寄せて防御態勢を取った。そして最後にフラッシュドラゴンが何も無い空間から出現してユリ姉さん達を守るように展開した。
「コバルトは結晶化して一定時間が経つと復活します!! 首から復活するので早く潰さないと!! あの、どうしました?」
なるほど知らなかった情報だ。それで三竜が慌てたのか、だが大丈夫だ。首なら前回ぶった切って即応式万能箱に封印している。その事を言うと三竜とも警戒を解いた。
「そうなのですか……では復活は無いですね……失礼致しました」
「良いのよ~。私を守ろうとしてくれたんでしょ?」
その通りだ眷属化した以上、主を守るのは彼女たちの義務だからだ。むしろ今回悪いのは俺だ。
「俺も悪かった。その辺りの情報共有ちゃんとすべきだったな」
ドラゴン達も許してくれたようで空気が緩んでいた時だった。慧花が別な疑問を投げかけた。
「待って欲しい。ではそのコバルトはどこに行ったんだ快利?」
「そんなの風で飛んで行ったんじゃないですか慧花さん?」
ルリが当たり前のことを言っているようだがこの星に限っては有り得ない。なぜなら、この星には風が滅多に吹かないからだ。大気が無いわけではないが限りなく薄い。だからこの惑星に来ると自動的に聖なる防壁が展開されている。
「じゃあどこに?」
「――――ゴゴダアアアアアアアアアア!!!」
その瞬間、地の底から響くような声が響き渡る。俺達は再度その声に警戒する。そして目の前の荒れ果てた地面が割れ、全身が透き通ったコバルトブルーの巨人が出現する。
「なんだこれは!? こんな生物存在するのか!?」
「これは……快利のスキルが無ければ今頃こいつの吐き出すコバルトブレスで私たちも汚染されていたな」
「カイ……なんなのこの化け物!?」
ルリと慧花も警戒しているがコイツは危険だ。なぜならコバルトドラゴンと同じ気配がするからだ。
「勇者、恐らくですがこの元の個体はあなたの倒したコバルトドラゴンを吸収して力を取り込んだモンスターです」
「マリンドラゴン、こいつは奇声を発しているから狂っているのか?」
「はい。暴走状態かと……」
俺はすぐに魔法で上級の結界魔法を展開してドラゴンを含め全員を守護した。そして聖剣と神刀を構えると後ろから空気を読まないユリ姉さんが大声を出していた。
「つまり私の出番ね!! 三人ともやっちゃって!!」
「ご主人様~。私まだ力が……」
「私も不完全です。申し訳ありませんマスター」
「私はそもそもお前の眷属では無い」
「そんな、私の人望無さ過ぎぃ!!」
この場合は竜望なのか? いや、そんなお笑いに付き合っている暇は無い。本来なら全てを拒絶する聖域を展開すべきだが、それをした場合ルリの歌が俺に届かなくなる。エリ姉さんを置いて来たのが仇になった。
◇
「とにかく倒すだけだ!! ルリ!!」
「任せて私の勇者様!!」
すぐにルリの歌が聞こえてバフがかかると俺は歌をその身に受けて青く輝き出す。無限の魔力と神気が溢れて俺は二刀流スタイルで殴り掛かる奴の青い腕を斬り飛ばした。
「やった!! えっ!?」
「再生してるだと!?」
後ろでユリ姉さんと慧花の声が聞こえたが俺だって驚いている。聖剣で切り裂いた敵が再生するなんて今までの敵で史上初だ。防がれたり避けられた事は有ったが聖剣で斬られたモンスターが回復された事など初だ。
「くっ、ドラゴンを消滅させるのは難しいが取り込んだだけで再生までするのか!? それとも素体となったモンスターが強いのか!? ガイド!!」
『既に各種チェックを走らせています……解析に時間を頂きます』
俺はガイドの答えに少し焦りながら神刀を構えた瞬間、奴はいきなりコバルトを吐き出しさらに再生した腕に青いシールドを展開していた。
『勇者カイリ、敵は神刀の性質を理解していると考えられます。解析結果出ます……敵はこの世界の動物三体と……人間です!?』
俺の頭の中でパズルのピースがピッタリはまるような錯覚を覚えた。この星、いや異世界には人間は一人しか居ない。それに神刀に警戒する様子も理解出来た。
(まさか、生きていたのか加藤喜好……聖剣でホームランしちゃったのに)
『恐らくは勇者のバッティングで地平の彼方に吹き飛ばされた後に、ここまで戻りコバルトドラゴンの体を取り込んだのでは?』
だが奴は神刀でタコ人間にして吹き飛ばしたはずだ。この惑星自体、水は殆ど存在していないような死の星で、まさか生きているなんて思わなかった。完全に俺のミスでトドメをしっかり刺さなかった己の甘さを反省した。
「快利!! 大丈夫なの~?」
そこでユリ姉さんが大声でこっちに叫んで奴の注意がユリ姉さんの方に向いてしまった。
「ユブウゴオオオオオオオオオ!! オデダアアアアアアアア!!」
「うわっ、キモッ、何かこっち見てるんだけど……マリン、グラスついでにフラッシュ、あれって、あんた達の兄弟でしょ?」
その一部を喰らってモンスター化したユリ姉さんの父親だとは流石に言えなかったし、そんな余裕も無い。それに奴は神刀の強さを知っている。それに俺の勘が正しければ奴は確実にユリ姉さんを狙って来る。
「コバルトは脳筋ですぐに私達を吸収して自分がクロに勝とうと必死でしたから、でも目の前の化け物は少し違いますよ? ご主人様」
「マスター、私も同意見です。コバルトは力押しの戦法を好みますが、あの敵は勇者の力を知っているように見えます。その上で姑息な立ち回りをしています」
マリンやグラスの言う通りで奴は先ほどからコバルトのブレスを腕から出すが他にもコバルトのブレードやコバルトの弾丸などを使って先ほどから俺の後ろの結界を執拗に狙っていた。
(神刀を使いたいが奴は全力で逃げるかシールドで防ぐ、その隙に後ろのユリ姉さん達を攻撃してくる。慎重な戦い方だ。厄介なのは聖剣で使う聖なる一撃をブレスで相殺して避ける事だ。いつもの一撃必殺が通じない)
本当にしつこい男だ。コイツは姉さん達や親父や母さんにも散々関わった挙句に過去に何度も俺の家族にトラウマを与え続けている。しかも今回はモンスター化してまで襲って来た。
「じゃあ、ここは本気で元勇者がゴミ掃除をするしかないな!!」
誤字報告などあれば是非とも報告をお願い致します。(感想ではなく誤字脱字報告でお願いします)
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この作品はカクヨムで先行して投稿しています。
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