第70話「環境問題とドラゴン問題は意外と併存したりする件」
「他の竜達から聞いたぞ、貴様は世界を守るためには何でもするらしいな!!」
「昔はそうだったけど最近止めたぞ?」
夏休み明けから本格的に止めてはいたけどさっき決めた。誰彼助けても俺のブラック度が上がるだけだしとやっと俺は理解したんだ。
「えっ? な、ならばグラスを倒したのはなぜだ!! 奴は攻撃しないよう厳命して送り込んだんだぞ!!」
「いや、普通に俺の姉を襲ったんだが?」
過去改変したとはいえグラスドラゴンは普通にユリ姉さんにブレスを浴びせて襲ったんだからな、しかも本人も多少の人間はとか言ってたし確信犯だろう。
「えっ? す、少し待て……ん、うん……分かったよマリン姉ちゃん」
何か話をしているようだからこちらも慧花の方に視線を動かして目だけで会話……なんて出来ないから勇者コールを介して簡単な意思疎通を図る。
(最悪な場合、お前だけは家まで跳ばす)
(やはり、足手まとい?)
そして頷くと向こうも通信が終わったらしく俺たちに向き直った。
「だ、だとしても!! グラスを倒したのなら同じことだ!!」
「いや、あいつ普通に俺ん家いるんだけど?」
さっき出て来る時に庭の草の状態を気にしていた。何でも緑の多い所で寝たいからと庭で寝る準備をユリ姉さんとしていた。
「えっ? ちょっと待て、うん。本当だと思う?」
また急に話し出したのを見て俺も分かった。こいつは穏健派だから話している相手は最後の一体のマリンドラゴンだろう。先ほどマリンと呟いていたのも聞き取れたから間違いない。
「あのさ、フラッシュドラゴン? もう一体も呼んでいいぞ?」
「え? いや、でも……少し待て勇者……でも、マリン姉ちゃん海から出られないし、えぇ……」
ドラゴン語で話しているけど俺にも聞き取れた。しかしドラゴンに姉とかの概念が有るのか? じゃあコイツは弟か妹という事なのだろうか。
「お前が気になるならそっちまで付き合うが?」
正直、今ここで不意打ちすれば勝てる。こいつが自分で生み出した結界がどれほど強いかは分からないが弱い結界では無い、だから聖なる一撃を放つ事が出来る。だが純粋にこいつらドラゴンの関係が気になった。
「だ、だが……」
「もしかして自由に動けないんじゃないのか?」
今の話ぶりだと動けないような感じに聞こえたが違うのだろうかと思っていると横の慧花も過去を思い出して話し出す。
「それは無いはずだ快利。マリンドラゴンは王国の海を縦横無尽に泳ぎ回っていたのを忘れたか?」
確かに災害級ではあったが凄まじく元気に泳ぎ回っていた。
「それがダメなんだ。こっちの世界の海、特にこの近くの海が凄い汚くてマリン姉ちゃんの体が汚染されるから隠れてる。だからグラスの奴が植物で浄化した水辺を作る計画だったのに、あいつが帰って来ないから……」
聞くまでも無く事情が大体分かった。つまり今朝のあれは、きれいな水源作りをするためにユリ姉さんの大学を襲ってたのか。
「俺の姉と横の慧花を襲って来たからその際に迎撃したんだ。俺の姉にグラスドラゴンはブレスを吐いて敵対行為をした」
「えっ、で、でもマリン姉ちゃんには極力被害は出すなと……」
あれは明らかに大学そのものを樹海化する勢いだった……だから過去改変前の世界では咄嗟に滅ぼした。決してユリ姉さんが消滅させられたから怒りで暴走しただけじゃないんだぞ? あれがあのまま広がれば一日で都内が全て樹海化していた勢いだったからでも有るんだ。
「なあ、お前の力なら俺を振り切る事は可能だろ? グラスが無事なら俺の言うことを信用出来るんじゃないか?」
「お前の住処に着いて来いと?」
「俺がそっちに行ってもいい。どうする?」
悩んだ末にフラッシュドラゴンはマリンドラゴンの下に連れて行くと行って転移魔術の座標を示した。俺たちはその場所に驚いた。
◇
「うわ、空気が都会と違うわ」
「私も初めて来たがきれいな場所だ……向こうの世界を思い出す」
「夜じゃなきゃ、もっとはっきり海が見れたと思う……しかし宮古島に隠れてたなんてな? 会話は初だが会うのは二度目か?」
フラッシュドラゴンに指定された場所は沖縄県は宮古島、そこの透明感のある美しいビーチだった。そこに名前の通り海の化身マリンドラゴンがいた。
「ええ、人間の戦士、勇者カイリと聞きました。久しぶりですね」
「ああ、何か小さくなってないか? 王国の海ではそれこそ海を割るような大きさでコバルトドラゴンなんかより遥かに大きかったはずだ」
俺が王国でコイツを倒すのが大変だった理由は主に三つ。動くだけで津波規模の災害を巻き起こし、海の水は全て自分を守るフィールドとして利用し、トドメはその巨躯から繰り出される強力な水のブレス。確かガイドに調べてもらった時は……。
『当時のデータで全長は約10kmでした』
「そうだよ10kmは有った。そうだシーサーペント食ってたよなお前、駆除しなくて済んだって地元の漁師さん喜んでたぞ」
「そうですか……あなたに敗れた後に力が弱ったのも事実ですが、こちらの自然環境に適応出来なくて、本来の大きさの千分の一以下にまで衰えました。情けない」
横に浮遊しているフラッシュドラゴンは全長約50メートルクラスでグラスは過去改変前が100メートルで、過去改変後が半分くらい、そして今は小型犬サイズまで落ち着いている。
「つまり10メートル弱か、それでも私達よりは大きいさ、お初目にかかるなマリンドラゴン」
「あなたは? 勇者よりは弱いですが魔力と神気を感じます」
「私は転生魔法でこちらの世界に転生した王国の元第三王子、今は女性の体で勇者と結婚を前提に付き合うのに必死な角倉慧花という者さ」
何言ってんだよとツッコミを入れると目の前のマリンドラゴンはクスクス笑って俺たちを見ていた。
「思い出しました。私を倒そうと港町に来てましたね。そうですか。あの時の……以前は教会がどうとか言ってましたね?」
こいつは当時から教会の教義を変えて同性婚を可能にさせるとか言っていた。反対派が圧倒的に多かったが一部の女性からは賛同を受けていた。どこでも一部は腐っているものだとは当時の俺の感想だ。
「それでマリンドラゴン、ここに案内してくれたという事は信用を得たと考えていいのか?」
「それはまだ……ですが交渉は出来る相手と判断しました」
「交渉か……なら私が一緒で正解だったね快利?」
それはその通りで邪神戦争以降、ケニーこと慧花は俺の秘書業務もしてくれる時があった。交渉の場面ではサポートをしてもらったのは一度や二度では無い。
「我々の条件は四つ。グラスの安全の確認、フラッシュの保護、そして私達の住処の提供、最後に栄養分の供給源の保障です」
「快利。条件は私が考えるが構わないか? 何か特に付けるものは有るか?」
「ただ一つだけ、グラスドラゴンは現在俺のスキルの制約下に有る。場合によってはお前達もそのスキルの影響を受ける可能性も有るという前提条件を」
「なるほど、由梨花の……了解した。それ以外だとこちらは至極まともだ。人間に危害を加えない。安易にこの世界を壊してはいけない。他のドラゴン、君ら三竜以外のドラゴンと事を構える場合は静観もしくは助力を願う、どうかな?」
二頭は少し考えると言って相談している。そして結論を出す前にスキルの詳細とグラスの無事の確認を再度問われた。そこで俺は転移魔術でユリ姉さんとグラスドラゴンを連れてくる運びになった。
◇
「そう言えば、お勤めのことを忘れてました。こちらのお野菜凄い美味しいんですよマリン姉さん、フラッシュ姉さん」
「こんのおバカ!! 心配してたのにあんたは一人で供給源を得てウキウキだったの!?」
どうやらグラスは思った以上にマイペースみたいだ。フラッシュが怒ってガミガミ言ってるとユリ姉さんの影に隠れた。
「やはりグラスだけでは不安でしたが……」
どういうこと? みたいな感じでユリ姉さんが他のドラゴンを見ていた。俺が急いで転移魔術で戻るとそこには明日の弁当の分まで野菜を食べようとするグラスと、それを止めようとするユリ姉さんがいた。
そして最後まで小松菜の束を放さないグラスとユリ姉さんを連れてここまで転移してきたのが今の状況だ。
「三人は、というか三竜はどういう集まりなんだ? 見たところ姉妹みたいな感じを受けたんだが?」
「そうですね私達は生み出されてすぐに雌雄の概念は有りませんでしたが成長途上で雌雄を選択できます。あるいは気付けば自然とどちらかになっています」
マリンドラゴンの説明によると成長するまでは雌雄同体というよりも性別不明で、ある程度の知識や認識が揃うと自然と性別の概念が出るらしい。
「ちなみにポイズンドラゴンは雌雄同体のままなので人間的に言うとオカマです」
「昔の慧花みたいなもんかホモ野郎ってことか」
「はぁ、快利それは違うな。私は快利が好きなんだ、好きになった人間が同性だっただけなのさ!!」
抱き着くな。柔らかいから今のお前の体はガチで女の子だから。
「そう考えると慧花も純愛よね、ホステスなのに」
「まったく君たち姉弟は先ほどから差別的だね。こちらの世界では性差別や職業差別はいけないんだよ?」
昨今はキャバ嬢やホステスも飲食店従業員とか真っ当な呼ばれ方になったとか親父も言っていた。安易な言葉狩りが多いからネットもニュースも大変だ。LGなんたらも最近は凄い勢いだし。
「私達は環境を回復させるという使命のために善悪二つの思考を無理やり埋め込まれました。しかしその中で、姉妹という概念をなぜか混入させられたのが我ら三竜なのです。そして気付けば私達は姉妹のような間柄となっていました」
グラスから姉妹関係については聞いて無かったから謎が一つ解けた所でいい加減に本題に入ろう。先ほどから話が脇道にそれてばかりだ。
「それで、どうする?」
「私としては静養したいのですが、この海もポイズンにいつ襲われるか分かりません、もちろん勇者の家の近くのドブのような海に浸かるのは遠慮したいです」
俺の家の近所と考えて思い浮かんだのは東京湾で、マリンドラゴンの懸念というか嫌がる理由も納得した。
「ああ、東京湾か……あそこは汚染が酷いからな下水とか流し放題だし」
「私はお野菜が美味しいから良いんですけどマリン姉さんは致命的なんですよね~。ご主人様、それと弟殿も何とかなりません?」
しかし元勇者でも東京湾の水質問題なんて解決出来ない。力技で東京湾自体を蒸発させるとか排水システムを物理的に破壊出来るが、そんな事しようもんなら皆がトイレに行けなくなるし水も飲めなくなる。
「う~ん。要はきれいな水とご飯が欲しいのよね?」
「ええ、いかにも、それでその……グラスのマスターになったのですよね? この子は一番未熟です。どうかお手柔らかに」
姉と言うよりは母親だな。やっぱあれかな母なる海ってことでマリンドラゴンも母性が強い個体なのか。
「大丈夫ですよ~!! ご主人様だいぶ緩い人なんで~」
「グラス、あんたそんな事言うと明日買ってくる予定の野菜の量減らすわよ?」
「ふふん、そんな事言って家計は弟殿が握っているのは把握しました。いざとなったら弟殿に尻尾を振ります!」
そう言って俺に赤い花が先っぽに生えている尻尾をフリフリしてきた。こいつにドラゴンとしてのプライドはもう無さそうだ。
「あんたねえ!! こうなったら……快利ぃ~!! 何とかして!!」
グラスは顔をぐにぐに引っ張られて、ユリ姉さんは触手でペシペシおでこや胸を叩かれていた。凄い揺れてる……それを慧花に見られため息をつかれた。
「グラス……本当に家の子が……申し訳ないです」
「いえいえ、俺の姉さんも子供っぽいとこ有るから」
「それで和んでいる所で悪いがどうする?」
フラッシュドラゴンが器用にグラスにだけ磁場を与えて動きを止めて謎の光で叱っているのを中断してこちらに振り向く。たしかにフラッシュの言う通り何も解決していない。
「なあ、マリンドラゴン。お前に聞きたいんだが体を小さく出来るのか? グラスみたいに」
「可能ですが、小さくするのは色々と私の存在自体を弱くするので正直なりたくはありません」
フラッシュも嫌だと言う中でグラスは燃費がいいからこのまま野菜生活とか言い出して姉二人に怒られていた。
「お前達に聞きたいんだが今でもこの世界の環境を自分達の住みやすいように変える気なのか?」
「それが我らの生み出された意義ですからね。私は魔族が住みやすいために従わない魔物の排除と水の浄化を、グラスは環境に適応した植物を無限増殖させる。他の皆もそれぞれ生まれた意義が有りますから」
「だが君達は穏健派だとグラスから聞いたんだが?」
グラスから聞いた話を俺と慧花がそれぞれ質問していくと答えはグラスと同じようなので一先ずは安心した。
「我々は創造主、魔王サー・モンローに生み出されましたが必ずしも人間を捕食したい訳ではありません。私の在り様は海がなくては成立しないので」
「そして私は他の個体とは違い発電と放電すれば回復は可能だ。大気の汚れもそこまで気にならない。放電すれば浄化は可能だからな」
フラッシュも付け足して言う。そもそもフラッシュはどんな役割を与えられているんだろうか。発光現象全般って異世界では何が必要なんだろうか?
「そう言えば山のテッペンで何をしていたんだ? 寝てたから後ろから不意打ちしたんだが……」
「磁場の調整を行っていた。あの世界では魔力や神気の流れに磁場が影響するからその調整をしていた。寝ながらでも出来るからな。しかし私の放電や電力供給など何の役にも立たなくて、せいぜいが灯の代わりを一時的に出来るだけ……って、どうした勇者!?」
それを聞いて俺はこの歩く発電所が金の卵にしか見えなかった。こいつすげえぞとしか考えられず横の慧花とユリ姉さんも頷いていた。
「フラッシュドラゴン。恐らくお前がこの世界では一番必要とされるぞ、主に人類からな!!」
「ど、どう言う意味だ?」
「今の世の中、電気が無ければ生きて行けないのが人間なんだよ!! 異世界の王国よりも科学力が発展してるこっちは電気が必須なんだよ」
そら植物や毒やら溶岩とかコバルトなんかよりも電気の方が大事だ。一番は水だからマリンだろうが次は間違いなく電気だろう。向こうの世界では不要でもこっちでは必須だ。
「なあ快利。上手く行けばマリンの懸念も解決出来るかも知れない。私の店の接待客の中の大学教授が水質浄化をプラズマで可能にする研究をしていると聞いたのを思い出したよ」
ちょうど親父を接待した時の相手側という話なので親父に話を聞けば詳しい話が分かるかもしれない。
「私に出来るのか? そもそもマリン姉ちゃんの浄化すら効かないような汚染された海を私の放電なんかで……」
「それなんだがマリンが弱っている以外にも、こちらの世界にはそもそも魔力が足りて無いから浄化が出来ないんだと思う」
ガイドによるといくら東京湾が異世界の海より汚染が激しくてもマリンドラゴンの本来のスペックならば浄化は可能だと試算が出た。そこで考えられる原因も調べてもらっていた。
「確かに私の本来の力であれば……ですが今のままでは静養もままならず、他の竜に吸収される未来しか……」
「この間までは私とグラスで追い払っていたんだ」
なるほど元がエネルギー体だから吸収される場合も有るのか。本当に俺たちはドラゴンの生態を知らなかったんだと実感させられる。
「マリンドラゴン、そこで相談が有るんだがこことは違う異世界なら静養出来るんじゃないのか?」
「ええ、可能でしょうが今の私は転移魔術すら使うのが難しいのです。なのでフラッシュやグラスを使者に」
やはりそうかと納得して更に提案する。ガイドの予想通りの展開だ。
「それも把握してる。だからサイズを小さくして俺の姉さんの守護竜にならないか? そうすれば俺が連れて行けるんだが?」
「そっか三人供、私のドラゴンにすれば良いのか!? 水と草と電気でしょ? ご飯なら用意するわ……快利が!!」
ユリ姉さんはすっかりいつもと同じ感じに戻ってきた。優しいお姉ちゃんタイムは終わったのだろうか?
「ユリ姉さんさぁ……異世界にはユリ姉さんも行くんだよ? 守護竜とか言うけど一応は眷属化なんだから」
俺たちのやり取りに少し考えた後にマリンドラゴンは首を縦に振った。
「…………分かりました。あなたに私の命を預けましょう」
「よっし!! 三竜とも私の下に集いなさい!!」
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