第105話「全てはここに至るための『茶番』だ」
第七部終了です。第八部は週末を予定しています。よろしくお願いします。
母さんの独白は続いた。爺ちゃんとの交渉は完全に言い争いだったらしい。そもそも両者の同意をいきなり反故にしたから当然だと母さんは言った。
「私も抵抗はした……でも、あの人は恐ろしい事をしたのよ」
爺ちゃんが一体何をしたんだろうか。爺ちゃんは親父に見捨てられた後も俺の面倒を見てくれた人で母さんが言う恐ろしい人じゃない……はずだ。
「さっき私の生まれ故郷は山奥の田舎って言ったでしょ、でも今は山奥でも田舎の村でもないのよ」
「どういうこと?」
「今は巨大なリゾート施設に変わった、今や私の故郷の村はリゾートホテルの下なのよ、ちょうど貴方の親権の話し合いをしていた時に一気に計画が進んだの」
よく聞く話だとダムの下に消えた村とか、山間部の再開発計画とかネットの記事で見た事が有ると答えたら母さんは正にそれだと言って話を続けた。
「村の人も私の両親も行き場が無くなって私はお腹の子と農家だった両親をこっちで養って生きていくしかなくなったの」
「そ、そうなんだ……あっ!? それで俺を迎えに来れなくなったの?」
頷いて再度「ごめんなさい」と謝られ俺の心は軽くなっていた。母さんは親父を裏切ったのかもしれないが俺のことは迎えに来る気だったと分かったからだ。それだけで俺の心は少しだけ救われた。
「恥ずかしい話、私も多少の蓄えは有ったけど四人は厳しくてね」
「そうだったんだ、待ってよ、じゃあ爺ちゃんは何をしたの?」
先ほど言っていた爺ちゃんがした恐ろしい事とは一体何だったのだろうか。俺の問に母さんは凄いシンプルな答えを返した。
「そのリゾート事業の用地買収をしたのは秋山グループの会社よ」
「え? それって……」
それって母さんの故郷を消したのが爺ちゃんだって言うのか。いやいや、たまたま偶然だろうと俺は思ったが続く母さんの言葉が決定打となった。
「最後に会った時に今までの迷惑料と手切れ金だと言って職場の退職を迫られ大金を渡して来たわ、私の両親の立ち退きの際のお金だとも言ってね……私は悔しかったけど受け取るしかなかった、貴方を置いてでもね……」
「そ、そんな、爺ちゃんが……きっと何か理由が!?」
爺ちゃんは俺をこっちの世界で俺を見捨てなかった人だ。だから爺ちゃんが、そんな事しないという思いと母さんが調べれば分かるような嘘を言う理由も無いという二つの考えが対立して混乱した。
「あなたにとって大事な人なのは分かる、でも私にとっては子供を奪った相手なのよ、もっとも今はもう何も聞けないけどね」
「真相は分からない……か、死んでるもんな爺ちゃん」
その後の母さんの話で慣れない都会暮らしで体調を崩した祖母と、その祖母のために必死に仕事をして最後は過労で倒れてしまった祖父の介護と入院費で生活は困窮し最後はこのアパートに転居して来たらしい。
「酷い話だけど両親を看取った後は身軽になったから楽になった……でもそうしたら今度はね」
「自分が入院……だった」
因果応報だと母さんは自嘲気味に笑っていた。両親の介護が終わり数年で職場で倒れ自分も同じ病状で入院と言われた時は乾いた笑いが出て運命を呪ったらしい。
「あなたを置いて行った報いだと思った、今さらこんなこと言われても困るわよね……どんな形であれ私はあなたを捨てたのだから」
「そうだったんだ、じゃあ言い辛いかもしれないけど母さんは何で、その……親父と別れて、その……他の男と?」
もうここまで来たら全部ハッキリさせたいと俺は一気に切り込む事にした。まさか実の母親に何で不倫したのと聞く事になるなんて思わなかったけど元勇者は怯まない突き進むのみだ。
「ふぅ、あなたには聞く権利が有るわね、はぁ、情けない話よ、女として蔑ろにされて相手にされず最後は酒と一時の気の迷いで行きずりの男に走ったのが私よ、母親として最低な女でしょ」
「そっか……」
酷い話だけど納得した。だって親父は休日はいつも俺達を放って家の事も全て母さん任せで休日に遊んでもらった事など稀有だ。いくら親父が人助けのためとはいえ当時は人妻だった夕子義母さんに肩入れしているのも普通に考えたら異常だ。
「次第にあの人は家に帰らずに外であの女と会うようになった、私と幼い貴方を置いてね、いつも保育園の迎えの時間がギリギリだったの覚えてるわ」
母さんも当時は親父から話は聞いていたが社内では嫌な噂も聞こえて来たらしい。それでも母さんは幼馴染の相談に乗っているだけだという話を信じ応援していた。
だが自分の家庭を顧みず他人を優先すれば当然のように家庭不和は避けられない。俺が幼い頃見た二人の言い争いはその時の光景で、そして母さんは家庭の問題と育児のストレスから酒に逃げてる内に一夜の過ちを犯した。それが真相だった。
「つまり大体は親父が悪いんじゃねえか!?」
「だから私は秋山家の血筋が嫌いなの……あの人は私と離婚するまでは本当に善意であちらを助けようとしていたはずよ、ほんと嫌になる」
それで俺の事を心配していたのかと納得した。俺が周りの女性陣に自重しろと言われたと話すと溜め息つかれて注意するように言われてしまった。
「そっか……じゃあスッキリしたから今日は帰るね母さん、明日また来るけど何時頃なら都合が良い?」
「え? あなた、今の聞いて幻滅、しないの?」
俺が知りたかった事は聞けたし何より俺は事情が有って置いてかれたのが分かった。要は捨てられたのは親父だけだ、ざまあみろ。
「う~ん……酷いと思うし俺は親父と母さんの喧嘩に巻き込まれて置いてかれたのは分かった、でも、それでも俺の母さんなんだよ……ね?」
「今さら私が母親を名乗るだなんて……虫が良過ぎるわ」
俺が立ち上がると母さんも立ち上がり不安な顔をして俺を見ていた。今は俺の方が背も高く目線は昔と逆、それに体形も退院してすぐだからか華奢で触れたら折れそうなくらい痩せている。
「それはそれ、これはこれ……少し複雑だけど、俺はまた母さんて呼びたい」
「ありがとう……でも昔は”ママ”だったわよ? 成長したのね快利」
そして俺は母の腕の中に帰った。不思議な感覚で安心すると言う意味を初めて理解すると同時に絶対に泣かないと思っていたのに自然と涙が溢れて見ると母さんの頬にも涙が伝って微笑んでいた。
「俺は……ずっと、こうしたかった」
俺達はしばらく無言で泣いたまま抱き合った。十年振り以上の母との抱擁は体格の差とか色々と違ったけど確かに昔と同じで温かった。
◇
「おはよ、カ~イ」
「……うん、おはようルリ、これは一体どういうこと?」
昨晩、俺は実の母との本当の意味で関係修復を果たし家に帰り部屋に戻って眠った。そして昨晩、確かに一人で寝たはずのベッドの中で目を覚ますと青い目の美少女が微笑んでいた。推しのアイドルで中学からの同級生の女の子と目が合っていた。
「来ちゃった……」
「それリアルで初めて聞いたんだけど」
「うん、私も初めて言った」
おかしいぞ、俺は昨日までは割と真剣に修羅場乗り越えてたのに朝起きたらラブコメ時空って、この件について誰か答えて下さい。
「ほんとはコッソリ寝顔だけ見ようと思って入ったんだけど途中でバレなかったから、そのまま一緒に寝ちゃった」
「これ男女逆なら犯罪になるからなルリ?」
「たぶん逆じゃなくてもダメだよ?」
つまり目の前のアイドルは確信犯です可愛いなぁチキショー。よく考えたら向こうから来たんだし俺は悪くないんじゃ無かろうか。それに昔の人は言った据え膳食わぬは男の恥と言えども儀に反すると。
「カイ、難しいことなんて忘れちゃお?」
「ああ、そうだな、もう俺は――――「そこまでです!! 淫行アイドル密着二十四時の現場に童貞誘惑罪の疑いで、ただ今現場に到着!!」
いきなり天井を突き破る大きな音がして見ると屋根から入って来たのは那結果だった。転移魔術で絶対に普通に入れただろと睨むが無視される。
「今日は居ないって絵梨花さんが言ってたのに那結果……」
「ふっ、私は元勇者の危機に常に駆け付けます、そう、脱童貞の危機にね!!」
ドヤ顔して言わないで、あと朝から屋根に大穴開けて人を童貞呼ばわりしないで下さいお願いします。
「よし、とりあえず二人とも俺の部屋から出て行ってくれ」
天井と屋根を修復魔術で直すと二人を廊下に出して俺は着替える。今日も一日の始まりだ。午後からは母さんと弟の様子を見に行くし大忙しだ。
◇
「気付けばあっという間に放課後か、準備も整ったし行くか」
俺はゲーム屋を出て両サイドのセリカとモニカに言った。ちなみに今日はルリは朝の事が有るからと那結果に連行される形で仕事場に連れて行かれた。
「それなんですが私達は遠慮しますわ」
「ええ、やはり親子三人で楽しんだ方がいいです」
少し悩んだが二人の言うことに甘える事にした。今度埋め合わせすると言って二人と別れ駅に向かう。最近は転移魔術の使い過ぎで俺の行動が怪しまれたりするので普通の移動を心掛けている。
「魔術もこうなると考えもんだな」
昔からの癖の独り言も治す必要が有ると思いながら俺は手元のゲーム屋の袋の中を見る。これは狩憮へのプレゼントで昼休みに金田や他の男子に聞いて購入したソフトを数本、ハードの方は俺のを貸すために即応式万能箱に入れて来た。
『お出口は――――』
電車内のアナウンスと周囲の人の動きに合わせるように電車を降りると一瞬何か感じたが気のせいだろう。
「さぁ~て行きますか」
「快利兄ちゃん!!」
俺が駅を出ると改札口では小さい体でピョンピョン跳ねる俺の弟がいた。改札を抜け合流すると先に一人で俺を待っていたらしい。
「お迎えご苦労」
「うん!!」
「もしかして今日来たのは、これが狙いか?」
そう言って用意しておいたソフトとハードの袋を見せると目を輝かせて俺まで嬉しくなる。
「ち、違うよ兄ちゃんが来るからだよ」
「はいはい、じゃあ家に帰るぞ狩憮」
そう言って手を繋いで家までの道を歩いてる間ずっと強く手をギュッと握られビクッとした。子供にしては意外と握力が有るなと思いながら歩いていると見覚えの有る集団がいた。
「あいつらか……」
「あっ……」
それは狩憮をイジメたり財布まで盗んでいた小学生四人組だ。しかし狩憮と視線が合った後に俺を見ると脱兎の如く逃げ去った。
「あれから酷い事はされてないか?」
「うん、大丈夫だよ快利兄ちゃんのおかげだよ」
「そうか何か有ったら兄ちゃんに言うんだぞ?」
狩憮の頭を撫でながら振り返ると、逃げるように走り去るのを確認して一安心する。子供相手に手を出したらさすがにマズイから逃げてもらって内心助かった。
「でも快利兄ちゃんがいれば安心だね、僕も母さんも!!」
「ああ、兄ちゃんに何でも任せとけ!!」
その瞬間、俺の中でゾクリと嫌な予感がして空を見た。久しぶりの時空震だった。一般人には感じる事が出来ないから俺が反応し、いきなり手を握っていた狩憮が驚いてキョトンとした顔をした後に笑っていた。
「悪い悪い、少し思い出した事が有ってな」
「変な快利兄ちゃん」
そんな話をしている内に家に着いて母さんと三人で話したり俺が買って来たゲームをやったりして俺は幸せを噛みしめていた。弟は嫌だとか母親なんて居なくて良いと思っていたけど今の空間はあまりにも居心地が良過ぎた。
◇
それからさらに数週間、俺は最近は週末には母さん達のアパートに顔を出していた。そしてある提案をしていた。
「え? 狩憮をあなたの家に?」
「うん、ここ最近はこっちで遊んでたし……それに母さんは週末は仕事で遅いって言ってたから、だから俺ん家でどうかなって?」
母さんは昨日から職場復帰し週末は復帰祝い兼忘年会も有るらしく家を開ける時間が多い。そこで俺は週末は狩憮を預かろうと考え姉さん達や他のメンバーにも許可を取り付けていた。
「その、いいのかしら……」
「大丈夫だって、皆良い人で家族だからさ」
俺の言葉で何とか母さんは折れてくれた。今日はすぐに帰るようにと姉さん達に言われていたから二人と別れ適当な場所で家に連絡を取ろうとスマホを開いたら通知が入っていた。
『至急連絡が欲しい――――工藤彰人』
「先生? どうしたんだろ?」
俺が家に戻ってから連絡すると明日学校で直接話したいと言われ転移して会いに行くと提案したがやはり断られ再度、明日学校でと言われてしまった。極秘の話なのだろう。
◇
「え? 母さんが怪しい?」
翌日、学校のプール脇の更衣室、前に何度か転移先に使った場所で工藤先生の話との密談内容がこれだった。
「ああ、実はあれから例の事件の事後調査していたんだが信矢が矛盾点に気付いて俺に連絡をくれてな上と話した結論だ」
例の事件とは言わずもがなルリ達トワディー襲撃未遂事件だろう。話によると千堂グループの実働部隊を指揮した信矢さんの手によって黒幕は捕まったらしい。
「例の少年、つまり君の弟らしき人間が持っていた招待状を覚えているか?」
「ツッコミ所が満載ですね先生、まず狩憮は俺の弟ですし」
招待状とは綾華さんの学校内に侵入する際に奴らが利用したもので学校側が最後まで招待客の名を出さないで欲しいと梨香さんに言っていた、あの招待状だ。
「それについては後で話す、そして招待状の名前は君の母親だった」
「は? まあ、そりゃあ綾華さんの高校と母さんの母校が一緒で狩憮が利用されたなら当然では?」
「たかが一卒業生を庇う理由がどこに有る?」
確かに母さんは海外で活躍したし国内での職も地位もそれなりに築いていたが、それでも一社会人で庇う程の人間では無い。
「そして、もう一つ君の弟だが出生届が存在していない」
「は? 何を言って……」
調査報告書を渡されたが意味が分からない俺に先生が色々と説明してくれた。どんな形であれ役所に記録が無いという事は公的には存在しないという扱いだという説明がされた。
「でも書類が無いだけで……そうか、だから”らしき”なんですか?」
「まだ調査中だがな、父親が誰か分かってない上に彼女が密かに一人で産んだとか闇医者に頼んだなど言い訳は考え着くが常識的な範囲で考えれば君の弟とは言い難い、それこそDNA鑑定が必要だな」
納得は出来ない中で先生の話は続いた。ここからが本題で俺に依頼だと言う。内容は週末の母さんの監視で正確には監視の付き添いをして欲しいとの事だった。
「君に黙って動いた場合のリスクが高いとグループ内の有る人物が意見して君の参加、無理ならば事前に報告するという話になった」
そして改めて千堂グループの依頼内容を聞くと母さんの会社の同僚として侵入しているエージェントの話を近くからモニタリングして欲しいという話だった。
「テレビ番組でドッキリの場面を近くで見てるアレですか?」
「ああ、信矢と俺、それと那結果もだ」
ここで那結果の名前が出た瞬間に驚いたのは一瞬で、その後に妙に腑に落ちた。家探しだの土地探しなんてアイツにしては仕事が遅いと思っていた。
「そういう事か、そっちと独自に連絡を?」
「その代わり君のために相当な千堂グループの科学技術を持って行かれたと最高顧問は苦笑していたよ」
「あいつが……分かりました母さんの疑いを晴らすためにも協力します」
そして数日後、俺は朝からアパートで母さんを見送ると狩憮と家に帰る。家には慧花やルリも呼んで皆に改めて狩憮を紹介する予定だ。那結果は俺と監視だから後で合流予定だ。
「じゃあ狩憮、お姉さん達の言うことをよく聞くんだぞ?」
「うん!! 快利兄ちゃんも、はや~く戻って来てね?」
「ああ、帰って来たら遊んでやる!!」
「うん、僕も遊んで欲しい……待ってるよ、お兄ちゃん」
そしてエリ姉さん達に目配せして頼むと俺は先行している那結果たちと合流するために物陰から転移した。
◇
「ここまで特に怪しい所は無いですね先生」
まるで移動基地のようなキャンピングカーに乗せられ俺達は母さんを監視していた。この車も運転手も広い意味で千堂グループの持ち物らしい。
「だから言ったでしょ信矢さん、母さんは怪しくないって」
「はいはいマザコン勇者は黙りましょうね~、すいません皆さま我が家のマザコンが聞き分け悪くて」
那結果に頭をペチペチ叩かれるが無視だ。マザコン上等だチキショー、こちとら十年以上は愛情に飢えてんだよバーカ。
「二人とも進展が無いからって遊ぶな、だったの三時間しか経ってない」
「そりゃ先生は元刑事だからですよ、それに快利くんは実の親を疑えと言われてるんだ心中は察するよ」
「でも一番疑ってるのは信矢さんすよね?」
俺が睨むと苦笑しながら俺に渡してくれたのはドーナツだった。手作りで気になって聞いたら工藤先生の奥さん、つまり梨香さんが作って持たせてくれたらしい。
「そこは何とも、ただ今回の事件の黒幕は元ヤクザで僕や先生の因縁のある連中でね『蛇塚組』という今は無いヤクザ組織なんだ」
「もしかして例の動乱の?」
「ああ、だから頼野さんを狙った……彼女の父親に恨みを持ってるから」
信矢さんの話では例のS市動乱の中心にいたのは綾華さんと何と奥さんの狭霧さん更に工藤先生の奥さんの梨香さんだったらしい。だから今回の事件の解決には並々ならない想いが有るそうだ。
「なるほど、それで……じゃあ残りのルリ達は巻き添えかよ」
他の二人は完全に巻き込まれた事になる。綾華さんには悪いが巻き込まれた側は、いい迷惑だ。そんな話をしていると母さん達の方に動きが有った。ちなみに今日の飲み会のメンバーの殆どは千堂グループの息のかかった者で母さんの同僚も含めて今日の飲み会も全て仕込みらしい。
「でも、ここで何を明らかにするんですかね?」
「うん、実は明らかにするのは君のお母さんの嫌疑だけじゃないんだ快利くん」
「いや、だってさっきまでは那結果も、まさか騙したのか!?」
「快利、どうか、これから起こる現実を見て下さい、その上で騙したと言うなら私を廃棄処分でも何でもして下さい、どうか」
那結果の真剣な言葉に渋々頷くと飲み会は始まった。職場復帰の挨拶や母さんが居ない間に入った新入社員(こちらの仕込み)と挨拶をしていて雑談に入った。見た感じ母さんが家より硬くてデキる女という感じに見える。
「快利くん、そろそろ仕掛け人が動くよ」
信矢さんの声で俺たち四人は画面に注視しる。ここは店の前の大通りだが遮音性能は高いようで音声がクリアに聞き取れた。
『北見課長一ヶ月振りの職場どうでした?』
『そうね気が引き締まったわ』
『一回しかお見舞い行けなかったじゃないですか私達、その時より笑顔増えてますし何か良い事でも?』
『ええ、そういえば貴方には話したわよね、息子とね……関係修復出来たのよ』
俺のことだ。やっぱり母さん色々と気にしてくれてたんだ。俺は嬉しくなったが逆に他の三人は真剣な顔をしている。
『ですよね~、だって一人息子さんですもんね?』
『ええ、入院してあの子が来てくれた時は嬉しかった、もう会えないと思ってたから……最近はよく来てくれるのよ二人でご飯食べたりね』
信矢さんが「最悪のパターンだ」と呟いて那結果や先生も黙った。そして俺も固まっていた……意味が分からなかった。
「母さん、何言ってんだよ……一昨日、三人で飯食っただろ……あんたの息子は二人いて……」
俺達がモニターを見ている間も母さんは次々と理解出来ない話をしていく。三人でやったことが全て俺と二人でやった事に置き換えられていた。そして俺が何かの間違いだと叫ぶ前に運転席から叫び声が聞こえた。
「信矢氏!! アキ殿!! 秋山邸の監視用ドローンが全て機能停止である!!」
「くっ、思ったより早い……勘付かれた? やはり仁人先輩の読み通りか!?」
信矢さんの緊張した声に運転手の叫んだ内容で完全に俺は混乱していた。目まぐるしく変わる状況に俺も叫んでいた。
「信矢さん、ドローンて、それに弟は一体……母さんはどうしたんですか!?」
「落ち着て下さい快利、今は冷静に――――「なれるかよ!! あと俺の家にドローンで監視って……とにかく家に戻る!!」
俺は転移魔術を使って家まで戻る。後ろで声と反応が有ったから見ると繋がった時空で背後から那結果が信矢さん達に叫んで俺の後に続いて転移するのが見えた。
◇
「何で家の中に転移しない……これってジャミング、家の結界が……」
「ええ、結界のパターンが変更されて家の前に強制転移、ですがこの程度!!」
那結果が結界を破壊し一緒に家に入るとリビングでユリ姉さんとルリが倒れ、モニカとエリ姉さんが魔術で拘束され更にセリカと慧花が血だらけで何者かと対峙していた。
「な、何やってんだよ……おまえら……」
「快利、すまない気付くのが遅れた」
そう言うと慧花が倒れた。俺は慌てて側に駆け寄るが幸い命に別状は無さそうだ。那結果は隣のセリカに並んで目の前の子供を睨み付け言った。
「私が一度でも遭遇していれば貴様の正体など簡単に見抜けたのに……迂闊でした」
「それは仕方ないよ元情報体、だって快利お兄ちゃんに僕の洗脳魔法で君を連れて来ないように誘導したんだからさぁ……」
その子供、俺の弟の出戸狩憮はいつも以上にニヤリと嫌味な笑顔を俺達に向けて何か恐ろしい言葉を放った。
「お、おい……狩憮、何言ってんだよ、お前……」
「快利お兄ちゃん、いや英雄カイリ、貴様の結界を書き換えるのに苦労したのだぞ」
「お前、何だその口調は……」
「あの女にかけた暗示は俺が側に居ないと解ける、知ってるだろ英雄、洗脳魔法は効果範囲が狭いからな」
脳が理解するのを拒んでいた。まるで目の前の弟が異世界の魔王のように見えて一瞬だけ頭に浮かんだ考えをすぐに否定するように俺は叫んでいた。
「狩憮、悪い冗談止せよ変なゲームに影響を――――「いい加減にしなさい快利!! あの気配、あの魔力、忘れるわけ無いですよね!?」
「だけど奴は俺が……倒した、何で? それにアイツは俺の弟だ……俺はお前のお兄ちゃんだ、ぞ」
両ひざを付いて俺は装備すら付けずに目の前の弟だった者を茫然と見ていた。横に居る那結果に叱責されるが俺はもう訳が分からなくなっていた。
「これが、これが狙い……快利の心を壊し無力化する、そのために、ここまで手の込んだ事を!! 新生魔王イベド・イラック!!」
「アハハハハハハ!! 凄いな、やはりお前を手に入れておけば良かった知識の魔法の案内役よ、その通り、全てはここに至るための茶番だ!!」
目の前の小さい弟は質量保存の法則なんて完全無視して変化していく。あまり見たことが無いが変化系の魔法か魔術だろう。成人男性の平均よりも明らかに大きい体躯に全身の肌の色は魔族特有の青紫色、黒い二本の角に赤い眼、肩にまでかかる金の髪……そこにはもう弟の姿なんてどこにも存在していなかった。
――――第八部『元勇者の願いと未来への決意』へ続く
誤字報告などあれば是非とも報告をお願い致します。(感想ではなく誤字脱字報告でお願いします)
感想・ブクマ・評価などもお待ちしています。
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