3. 準備は万端ですの
理想の殿方に出会うための準備は毎日欠かしませんのよ。
あるプリの愛され主人公、アリスを目指して! クラスの提出物は率先して持って行きますわ。アリスを見習って、私も親切を心がけますわ。情けは人の為ならず、ですものね。ほっほっほ。
くっ、クラス全員分となると、結構重いですわ。
「ソフィア嬢! 僕が持つよ」
クリストファー様、いいところに……でも私がやると決めましたので。
「大丈夫ですわ」
「じゃあ、半分こしよう」
クリストファー様はそう言ったけれど、明らかに半分以上持ってくれた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
こういうところは確かに紳士的、ですわね。ええ。
「はあ……恋したいです」
フローラ様が虚ろな目でつぶやいた。
私たちは、学校の庭のベンチでランチを楽しんでいた……が、目の前でカップルがいちゃつき始め、彼氏のたるんたるんのお腹に、彼女が頭を乗せる__いわゆる、『お姫様ねんね』が繰り広げられていた。
お姫様ねんねと言えば、女の子の憧れ……と言いますけれど。
「お姫様ねんねしてみたいです。後、あの方々は爆発してほしいです」
フローラ様がカップルに向ける視線が冷たいですわ……
「ふ、フローラ様。実は私、夢のシチュエーションがありまして」
「まあ、なんですか?」
フローラ様の瞳に光が宿った。
「殿方に横抱きしてもらうことなのです。私は『お姫様だっこ』と呼んでいますの」
「それってもしかして、あるプリでローリーがしていた……」
「そうですわ!」
アリスが倒れたときに、ローリー様がアリスをお姫様だっこしたのですわ。でも、アリスがうわ言で王子の名前を呼んだので、ローリー様は彼女を王子のもとへ連れて行き、アリスは王子にお姫様ねんねしてもらう……というシーンでしたが、私はローリー様のお姫様だっこにキュンキュンしてしまいましたの。
「ふふ、ソフィー様って結構、夢見がちですよね」
「う、そうかもしれません……運命的な出会いって、現実にはなかなかありませんわね」
でも、まだ憧れているのです。
「私は運命じゃなくていいから、普通に恋したいんです〜」
そう言ってフローラ様は唇をとがらせると、うつむいて長い睫毛を伏せた。
「実は私、婚約するかもしれなかったんです」
「えっ」
「家柄的には釣り合った方だったんですが、その方には想い人がいて。結婚なんて愛がなくても普通かもしれませんけど、やっぱり嫌で、お断りさせてもらいました」
「そうだったんですの……」
私たちの同級生でも既に婚約している人は珍しくありません。多分、私が夢を見られるのも、学校を卒業するまででしょう。でも……
「まあ、私なんて好きになってくれる人いませんけどね」
フローラ様が苦笑する。
「そんなことありませんわ。フローラ様はとても美しいですし、一緒にいてとても楽しいですわ」
「そう言ってくれるのはソフィー様だけです。わかってるんです、私なんか……」
「これ以上、フローラ様のことを悪く言うなら、たとえフローラ様でも許しませんわ」
「ソフィー様……」
「必ずフローラ様の美しさと魅力が分かる人はいますわ。それに、私のローリー様もきっと!」
半分、自分にも言い聞かせるように言う。絶対に諦めるもんですか!
フローラ様はエメラルドのような瞳を細めて笑った。
「そうですね。私もかわいくなれるよう努力します。でもなかなか太れなくて」
「私からしたら嫌味にしか聞こえませんわ。フローラ様は今のままでかわいいんです。私なんてすぐお肉がつくと言うのに……」
「それこそ嫌味じゃないですか! うらやましい!」
私たちは顔を見合わせて笑った。
しかし……本当に最近お腹がぷにぷにしてきましたのよ……
ケーキを食べすぎたせいかしら……
緊急事態ですわ。
クリストファー様に、さんざん理想がどうの言っておいて自分がこのザマではいけませんわよ。
無限腹筋コースですわ。
* * * * *
学校が夏休みの間、私はがんばりましたわ。
腹筋、背筋は日課。大好きなアイスクリームも我慢です。庭でランニングしていたら、家のみんなに呆れられてしまいましたが……
夏休みも終わりに近づいた頃、私はなんとかお腹をへこませることに成功しました。やりましたわ!
そんなとき、クリストファー様に、乗馬に誘われましたの。
実は私、前から馬に乗ってみたかったんです。
でも乗ったことはありませんでしたので……なんということでしょう。乗馬ができるクリストファー様と二人乗りすることになったではありませんか……
クリストファー様の前に座ります……ち、近いですわ。夏休みの間に、クリストファー様もまた体重が減って身体が引き締まったようで、すっかり……いえ、なんでもありませんわ。ただ、意外と体が硬くて大きいなと思いましたの。
「きゃっ」
予想以上に揺れますわ。ちょっと怖い。
「大丈夫だよ、ソフィア嬢。僕がついてるから」
耳元で、クリストファー様の声変わりして低くなった声が聞こえる。
これが、吊り橋効果というやつでしょうか。歯の浮くようなセリフなのに、ちょっとだけときめいてしま……ってません。
慣れてくると、太陽がぽかぽかで、風も気持ちいいのが感じられます。
「楽しいですね、クリストファー様」
後ろを振り向くと、思った以上にクリストファー様の顔が近い。
「ああ、楽しいね」
クリストファー様も笑顔を浮かべた。
……それから私は後ろを振り向けませんでした。